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揺れる祈り

 夜更けの静けさが、村の中心にある古びた教会を包んでいた。老司祭セレンは、誰もいない礼拝堂の奥で、祭壇に向かって膝をついていた。


 砕けたステンドグラスから差し込む月光が、床に色彩を失った模様を描いている。この“神の家”が、実は旧文明の遺構を覆い隠すようにして建てられたものであることを知る者は少ない。セレンは、その数少ないひとりだった。


「……確かめねばなるまい」


 彼は静かに立ち上がり、祭壇裏の封印扉へと向かう。鍵を外し、古びた石の扉をゆっくりと開けた。奥へと続く細い通路──それは教会内でもごく一部の者にしか知られていない、封印された記録庫へと至る。


 埃に覆われた棚。劣化が進んだ古文書の束。セレンは慎重に一冊の記録書を取り上げた。かつて北方で発見された“制御不能な遺物”について記された報告書。その中に描かれた装飾具の意匠──それは、今日ユウリたちが持ち帰った品と酷似していた。


 それは、セレンの記憶にある“神気術制御装置”に極めて近いものだった。


 あの意匠。金属と透明結晶の複合構造。中央に浮かぶように刻まれた複雑な術式紋。見るだけで、脳の奥にかすかな圧迫感をもたらす──意識干渉の兆候。それは、明らかに“ただの装飾品”ではなかった。


 若き日のセレンは、教会の巡察団に随行して北方の廃都市を訪れたことがある。そこで同様の装置に触れた神官たちは、昏倒し、意味不明の術式を口走り、あるいは自我を崩壊させていった。装置は異端指定とともに封印され、それに触れた者は表舞台から消えた。


 封印庫を後にし、礼拝堂に戻ったセレンは机の前に座る。本部宛ての報告書草案が、白紙のままそこにある。


──今、報告すべきなのか。


「……だが、あの子たちは無事だった」


 それが、何よりも異質だった。ユウリもロルフも、恐れることなく、むしろ誇らしげに語っていた。あれを“冒険”と呼ぶその無邪気さが、セレンの胸を締めつける。


「このまま、見過ごしていいのか……」


 彼は報告書に手を伸ばす。だが、ペン先は紙の上で止まった。


 報告すれば、間違いなく中央から調査団が派遣される。遺跡は封鎖され、装飾具は押収されるだろう。そしてユウリとロルフは、“特異存在”として記録され、教義に基づく監視と管理の対象となる。


──あの無垢な笑顔を、教義の名のもとに曇らせてよいのか。


「……私は、何を守るためにここにいるのだ」


 セレンは目を閉じ、胸元でそっと手を組んだ。


「主よ……もしこれが、彼らの運命を歪めるものであるなら、私にそれを見抜く知恵を。だが、もし希望であるなら──彼らの歩みを遮る者とならぬよう、導きたまえ」


 報告書の紙は、そっと脇に置かれた。まだ、その時ではない。


 静まり返った教会に、月光だけが静かに差し込んでいた。


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