転生
初投稿です。よろしくお願いします。m(_ _)m
気がついた時には、深いまどろみの中にいた。何も見えず、何も聞こえない。ただ、ぬるくて、心地よい。
今まで何をしていたのか思い出せない。体も、思うように動かせなかった。けれど、パニックにはならなかった。なぜなら、僕は温かいものに包まれていた。不思議と、不安はなかった。
──まあ、どうでもいいか。せわしなく生きるのにも、少し疲れていたし。このまま、眠り続けるのも悪くない。僕はただ、そのまどろみに身を任せた。
記憶がおぼろげだ。その片鱗が、ぼんやりと浮かんでは消える。ビルの窓、雑踏、怒声。誰かの泣き顔。……そして、自分の手についた、温もりのない血。
しかし、やがてそのまどろみにも変化が訪れた。それは、確かな“方向”を持ち始めたのだ。温かさが次第に流れとなり、そして──締め付けられていく。
苦しい。何かが僕を押し出そうとしている。助けてくれ──!
もうこれまでか、そう思った瞬間。急に、世界が開けた。冷たい空気。強い光。誰かの叫び声、荒い呼吸、濡れた布のざわめき。音が一気に押し寄せ、皮膚が焼けるようにヒリついた。そして、息が──できない。肺が焼けるように苦しい。
助けてくれ──!
叫ぼうとしたその瞬間、耳元に鳴き声が響いた。高く、かすれた、けれど力強い……。
それは──紛れもなく、自分の声だった。
僕は、生まれたのだ。──これは、もしかして……転生ってやつか?
最初のうちは、視界も霞んでいて何もよく見えなかった。周囲から聞こえてくるのは、聞き慣れない言葉ばかり。不安にかられて、しょっちゅう泣いていた。体も自由に動かせず、糞尿は垂れ流し。そのたびに気持ち悪くて泣きわめいていた。……もう、思い出したくもない。
ただ──そんなとき、必ず僕を抱き上げてくれた温かな腕の感触は、今でも心の奥を温めてくれる。
母さんの笑顔。父さんの静かなまなざし。初めて目が合ったときの、あの安心感は忘れない。
初めて“言葉”を発した日、母さんは泣いて喜んでいた。
父さんは照れたように背を向けたけど、その肩が微かに震えていたのを僕は覚えている。
──ああ、家族って、こんなにあたたかいんだ。
やがて、妹が生まれた。僕はまだ赤子だったけれど、抱かれたルナの小さな手を見て、「守らなきゃ」と思ったのを覚えている。言葉もないのに、なぜかそんな気持ちになった。
それから、弟も生まれ、家の中はさらに騒がしくなった。母さんが笑って、父さんがほんの少し困った顔をして。でも、その顔も、どこか幸せそうだった。
家の空気は、賑やかで、温かくて、やさしかった。
そんな日々を重ねながら、家族に見守られて少しずつ成長し、気づけば僕は八歳になっていた。
最近では、家の手伝いも一通りこなせるようになってきた。水汲み、薪拾い、畑仕事……見よう見まねだけど、少しは役に立てていると思う。
言い忘れていたけど──ここは、どうやら“中世ファンタジー”的な世界らしい。
モンスターとか魔法とか、そういった言葉を、大人たちが当たり前のように口にする。
とはいえ、僕の周りにそういう存在が実際に現れたことは、まだない。
ただ、森の向こうには「神気魚」とか「精霊の泉」とか、そんな神秘的な名前の場所がいくつかあるらしい。
村の長老たちの話では、かつて神々が地上を歩いていた時代、その名残が世界中に残っているんだとか。
魔法――いや、この世界では「神気術」と呼ばれるらしい。
教会の老司祭が、たまに簡単な術を見せてくれる。光を灯したり、空気を震わせたり。
まるでゲームの魔法のような……でも、それ以上に厳粛で、神聖なものとして扱われていた。
朝の光が、小さな窓から差し込んでくる。
石造りの壁に朝日が跳ね返り、薄金色の光が部屋をぼんやりと染めていた。
冷たい床の感触に、まだ眠気の残る体がほんの少し震えた。
「ユウリ、朝ごはん用意できてるわよー!」
母さんの明るい声が、家じゅうに響いた。
この声で目を覚ますのは、もはや毎朝の儀式だ。
エレナ・セイル。25歳。活発でよく笑う、若々しい母親。
村の中では頼りにされる存在で、家の中でもエネルギッシュに動き回っている。
僕が前世を思い出してちょっとした失言をしても、笑って受け流してくれる器の広さもある。
そんな母さんが作る朝食は、決まって硬い黒パンと、塩味の効いた根菜のスープ
最初は物足りなく思ったけれど、今ではこの素朴な味が「朝」の合図だ。
「今日は前の畑だ……ユウリ、そっちの鍬、頼む」
低く、落ち着いた声が土間から届く。
ライガ・セイル。28歳。寡黙な父さんは、今日も朝から仕事に出る準備をしている。
畑仕事と自警団、どちらにも関わっているけれど、決して無理はしない。
慎重に、着実に生きることを大事にする人だ。
言葉は少ないけれど、目が合うとふっと優しい笑みを浮かべることがある。
「にいちゃ!」
次の瞬間、背後から勢いよく飛びついてきたのは、妹のルナだった。
ふわふわの栗毛が揺れて、小さな手が僕の腰にしがみつく。
ルナ・セイル。四歳。元気いっぱいで、毎朝こうして僕にじゃれついてくる。
母さんの真似をしてスプーンを振り回したり、洗濯物を手伝ってみたりするけれど、たいていすぐ飽きて遊びに行ってしまう。
でも、その無邪気さが、家の中に柔らかな光をもたらしてくれる。まさに、“癒し担当”だ。
「にー……」
くぐもった声が聞こえ、足元を見ると、弟のノアが眠たそうな目で僕のズボンを握っていた。
ノア・セイル。二歳。つい最近ようやく「にー」「まー」と言えるようになったばかりの、ちびっこ冒険者予備軍。
笑うと口元に小さなくぼみができて、家族中がつられて笑顔になる。
まだ言葉もおぼつかないけれど、僕のあとをトコトコついてくる姿が愛おしくてしかたない。
パンの香り、スープの湯気、にぎやかな声、ぬくもりのある空気。
そんなものに包まれながら、今日も、家の朝が始まる。
──転生した直後は、どうなることかと思ったけれど。
今では、ここが僕の世界で、僕の家族だと、心から思える。
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