決戦 - 祠に向かう
「好伊津々海さんって、超キュートっすよね!まず見た目がかわいい」
車内に町田の声が響く。
持ち前のコミュニケーション能力ですぐに鈴本と仲良くなった町田は、
なんとそのまま会長ともフランクに盛り上がっていた。
高校時代の会長のドジっ子エピソードや幼少期の鈴本の話まで、
祠までの移動中に話題が尽きることはなく、その点でも町田が来てくれてよかったと感じる。
(町田のいつもの雑談グセが役に立つとは……)
「会長ったら忘れ物がひどくて、中学校の運動会でゼッケンを忘れたときは隣の小学校から私が届けに行ったんですよ」
最初に会ったときの威厳のある感じは何だったんだろう……。
鈴本・町田と談笑する会長は、もはや武将ではなく普通のお爺さんだった。
車内に明るい声がこだまする中、
リカは握りしめたおたま柄のスカーフを見つめる。
祠に行くことで元の世界に戻れるのだろうか。いや、祠でお玉に何を思うだろうか。
ここ1週間で学会の資料を読みつくしたリカは、対面のときを前にひどく緊張していた。
緊張からうまく雑談に乗ることもできずに手に力を込めていると、
いつの間にかいくつもの田畑を超え、山道を進み、ついに山の中腹で車が止まった。
駐車場とも呼べない1台分の小さなスペース。
新緑の季節にも関わらずうっそうとした森は、どこか人を寄せ付けない空気を醸していた。
落ち葉の重なる薄暗い森をしばらく進んだところで、突然差しこむ光にリカは驚き、足を止める。
顔を上げると、森の中の一部だけが開けたような場所に辿りついていた。
突き当りには入口の小さな洞窟があり、そこから半径20mほどの半円型に草が刈られている。
手前の小さな祠に花が添えられているのが見え、鈴本に視線を移すと、
「会長が毎月花を供えているんです」と静かに教えてくれた。
森の中の洞窟に小さな祠、決して広くないスペース。
歴代の王や神主たちの「お玉を静かにさせてあげたい」願いがくみ取れるような気がした。
「さあ、青山さん。ここが好伊津々海神の眠る祠だよ」
一足先に祠へ近づき、新しい花を手向けていた会長が手招きをする。
後ろに立つ町田の顔を少し見上げ、リカは決意を込めて前に進んだ。
近くで祠を見ると、祠はかなり古くに建てられたものだということがよく分かる。
材質は色褪せた古い木で、ところどころ薄く苔が生えている。
どこか涼しい風を感じて辺りを見渡すと、背後の洞窟には小さな穴があるようだった。
鬱蒼とした森の中にある祠と洞窟だが、
不思議と怖い感じはせず、ただ静かに穏やかに時が過ぎていた。
リカに少し遅れてついてきた町田が、興味深そうに辺りを伺っているのを感じる。
普段の町田ならウロウロして歓声を上げていそうだが、今日は鈴本と会長に遠慮して首と目だけで抑えているようだ。
「ふふふ」
珍しい姿を見てリラックスしたリカは、静かに祠と向き合った。
『好伊津々海さん。いえ、お玉さん。
私は別の世界から来た青山リカと言います』
お玉たちに思いをはせ、かがんで祠に手を合わせる。
この1週間は、間違いなく人生で一番おたまについて考えた1週間だった。
元の世界に戻る方法は見つからないが、この世界に来た意味を感じる時間。
祠へひと通り祈りを捧げ終わり、会長たちにお礼を言おうとリカが立ち上がると、
洞窟の入り口で町田が手招きしているのが見えた。
「思ったより深いわね……」
せっかくだからと洞窟をのぞき込むと、小さな穴の先は思ったよりも深く黒い世界が広がっていた。
山奥の立地といい、ここに逃げ込むことになったお玉たちを想像すると胸が重くなる。手すりに守られているとはいえ、リカは暗闇に本能的な恐れを感じた。
キラッッッ
「???」
「おい!!!!!!!!」
リカが自分の所在を見失った瞬間、
初めて聞く町田の焦り声が聞こえた。……気がした。