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おたまと人の歩む道

ふすまが開くと同時に、立ち上がって不思議な体制になっている会長と目があった。

奥に置かれた事務机と、手前にある応接セット。

2つの間という立ち位置を考えると、出迎えようとしてくれていたようだが……

……もしかして躓いた?


そのまま会長は表情をピクリとも変えず、厳格な雰囲気を醸しながら出迎えてくれた。

もしかしておっちょこちょいな一面があるのだろうか。


歴戦の武将のような会長に少し親しみの湧いたリカは、勧められるまま応接ソファに座った。


鈴本も会長に耳打ちをしたあとリカの隣に座り、本題が始まる。


「会長。こちらの青山さんは『おたま』についてご存じで、好伊津々海(すくいつつうみ)神を調査されているようです。青山さん、『おたま』について話していただけますか?」


促されるまま、リカは車で説明したように『おたま』について話した。

別世界から来たこと、『おたま』は調理器具であること、元の世界に戻るすべを探していること。

元の世界に戻ったらおたまに謝りたいこと。


会長が鈴本と目配せしているのが目に入る。

突拍子のない話にもかかわらず、鈴本と同じく驚くことも馬鹿にすることもなかった。


「よく分かった。我々の学会について、鈴本から何か聞いただろうか。

我々は好伊津々海神を祀り、研究している組織だが、好伊津々海神はまたの名を『おたま』と言う」


この世界で初めて聞いた、リカと同じものを指すであろう『おたま』という言葉。


リカにとって好伊津々海神はどう見ても『おたま』でしかなかったが、世間にはその影すらなかった。

どうしてここの組織だけがリカと同じく『おたま』と呼ぶのだろうか。


「『おたま』はもともと、神様ではなかった。縄文や弥生時代には、人とともに暮らすいたって普通の生物だったのだ」


驚いたリカがすごい顔をしていたのか、会長は少し口元を緩め話を続けた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「人々から『お玉』という愛称で呼ばれたその生物は、君の言う通り、

銀色でお椀に取っ手がついたような形をして人々の調理を手伝っていた。

しばらくの間お玉と人間は仲良く暮らしていたが、次第に人間はお玉を『道具』として粗雑に扱うようになる。古墳時代に入ったころ、耐えかねたお玉たちは団結して反乱を起こした。お玉の乱だ」


どこからか鈴本が持ってきた書類が机の上に広げられる。

丁寧にファイリングされた資料には、人々が投げ捨てたと思われるお玉の山の壁画や、お玉との争いを示唆した鉄剣の図が印刷されていた。


「反乱に勝ったのはお玉たちだったが、死力を尽くしたお玉は力を失い、洞窟を伝って地下深くへと身を隠した。その戦いを耳にした当時の王は胸を痛め、お玉たちの洞窟を訪れた。

会話の内容はもはや分からないが、その後、歴史書から『お玉』の文字は全て消され、王はお玉を『好伊津々海神』と神格化したのち、祠を我が祖先に託された」


思っていたより壮大な話に、リカは反応できずにいた。

この世界は、お玉を粗雑に扱ったが故におたまを失った世界だったのだ。


「当時の王が我が祖先に託されたことは2つ。『祠の管理』と『2度とお玉が道具として扱われないよう監視すること』。この2つを目的とするのが、この全日本おたま学会だ」


「この世界に調理に関する『おたま』がないのは、学会が監視しているから……」


神社で『料理をすくいやすい』と言ったリカに、鈴本は何を思ったのだろうか。

思わず鈴本を見上げたが、穏やかな顔からは何も読み取れなかった。


おたまを粗雑に扱ったリカがこの世界に来たのは、お玉の意志か、王の意志か。

歴史を知ってしまうと、もはや謝ることが正解なのかリカには分からなかった。


でも。


「その洞窟や祠には、私もいけるのでしょうか?」

行動しないのはもっとダメな気がした。


「会長。私が青山さんについていきますから、特別に訪問を認めてくれないでしょうか」


鈴本が援護をしてくれる。丁寧に整えられた境内といい、面倒見の良い人柄なのだろう。

あの神社も地域の住民に慕われているはずだ。


「……構わない。私もともに行こう」


しばらく難しい顔をしていた会長だが、直々に協力してくれるという。

リカは2人の親切さに心の中で感謝した。


もうすぐ日が暮れる時間だったため、祠での注意点を確認したあと、

訪問日を決めて解散することとなった。


神社の最寄り駅まで送ってもらい、リカが車から降りる直前。

鈴本は鞄からおたま柄のスカーフを取り出した。


「祠に行くときに持ってきてください。

……これは私の好きな話なのですが、(つつみ)満月は統治者の衣服に用いられたといいましたよね?

それは、おたまの乱の時代から『お玉との友好を忘れない証』として統治者たちに受け継がれてきた文様だからなんですよ」


だから、きっとうまくいきます。と微笑んだ鈴本を、

リカはまぶしいものを見るように見つめていた。

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