おたま伝説
「包満月という文様について、成り立ちや歴史を知れる本はありますか?」
カウンターのベルを鳴らして約1分、優し気な司書の女性が出てきてくれた。
淡い茶色に染められたふわふわのボブヘアーにふっくらとした肌。
眼鏡の奥に笑い皺と小さな目がのぞく、初老の女性である。
『こんなお姉さまになりたいな……』
……ではなく、今の問題はおたまだ。
リカがどうでもいいことを考えている最中も、司書はパソコンを操作し情報を探してくれていた。
「包満月と申しますと、和柄や衣服の歴史について書かれた本が1F『な』のエリアにございます。また郷土資料の一部にも、建築家 安達康秀が包満月をモチーフに駅舎を立てた際の記録が残っております。気になる書籍はありますか?」
「うーん……『な』のエリアには先ほどお伺いしたので……その他だとこの図書館にはないでしょうか?」
図書館でもあまり手掛かりは得られないのだろうか。
目の前のリカに合わせたように困り顔になった司書は、更にカタカタと手元のパソコンを操作する。
「あとは、包満月の名前にゆかりがあるとされる『津々海神社』に関する書籍でしょうか。紹介パンフレットのような書籍で、柄についての記載はあまりないようですが」
『名前にゆかりのある神社……!なるほど……!』
口を『O』の形に開いて驚きを表現したリカは、司書に微笑み感謝を述べた。
「ありがとうございます。そちらの本を確認してみます」
話を聞くと地下書庫にあるようで、司書が取りに行っている間リカは司書への申し訳なさでいっぱいだった。
今度こそ、おたまについて手掛かりが得られるだろうか。
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「ええっと、津々海神社とは隣県にある神社を中心に日本各地に広く分社があり、好伊津々海神を祀っている。友好や良縁、豊作にご利益がある」
司書から本を受け取り、近くの読書スペースに移動したリカは思ったよりも薄いその本を熟読していた。薄いので学生ぶりに書籍を読むリカでも隅々まで読むことができるだろう。
確かに柄としての包満月の記載はほとんどないが、境内写真の至るところに包満月文のデザインが含まれている。
「なになに?好伊津々海神は絵画などで、包満月文にみられるようなお椀に取っ手がついた形で描かれる。気まぐれに農耕地に現れ、現れた地域の田畑は豊作に恵まれた。好伊津々海神の現れた治世は安泰とされ大きな名誉を受けたたため、統治者たちはこぞって衣服の模様に取り入れた」
(そんな準伝説ポ〇モンみたいな扱いなのか……?)
おたまによく似た形の神様。
元の世界に戻すきっかけになるかはわからないが、現状一番の手掛かりだ。
ちょうど隣町に分社があるという情報を巻末に見つけ、リカは図書館を出た。
朝早くに活動を始めたから、まだ時間はお昼どきである。
隣町にお気に入りのレストランがあるから、そこでランチをしつつ神社に行ってみよう。
次の行動が決まったリカはにっこりしていた。