図書館はすべてを知っている(はず)
残念ながら目が覚めてもおたまは世界にあふれ続けており、
最初の数日は新鮮に驚いていたリカも週末にはすっかり慣れていた。
おたま型未確認飛行物体の乗り降りもスムーズだ。
月曜日に定時退社をしたツケで翌日から大量の伝票処理に追われてしまい、
この1週間おたまについて考えられたことは少ない。
部長の席にある卓上ライトの形がおたまだったり、おたま柄のネクタイ(かわいい)をしたサラリーマンとすれ違ったり、職場の隅で行われていた後輩女子のお誕生日会でプレゼントに貼られた「Happy birthday!」的なシールのモチーフがおたまだったりしたことが、新しい情報だろうか。
(リカは職場でプレゼントをもらったことがないので羨ましかった。毎年町田から「うぃっす~」とアメリカ式ハイタッチを求められるのがリカにとっての誕生日だ)
感じたのは、こんなにも世界におたまがあふれているというのに、
キッチンや調理にまつわる箇所でおたまを見ることは全くないということ。
衣食住の「食」の部分にだけおたまが全く介在していない。
「よし!!!!!調べるぞ!!!!」
土曜日の朝、疲れがまだ取れない体に気合を入れ、リカは図書館に向かうため自転車に跨ったのだった。
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「うーんと……調理器具の歴史とモチーフの歴史が分かる本かな……」
図書館に来たのは学生のとき以来で、リカはわくわくしていた。
「調理」と札のつけられた棚を見つけ、右上から左下まで隈なく歴史本を探す。
何冊かそれらしい本を見つけ、内容を確認したがおたまのことは少しも出てこなかった。
昔はおたまがあったけれど、何かを機に木ベラに代替された……わけではないようだ。
「次は、モチーフの歴史かな」
少しがっかりしつつ、リカは「文様・デザイン」と称された棚に移動する。
布などに使用される細かい柄がいくつも載った本を手に取ると、冒頭から1/4程のページに、小さなおたまが多数あしらわれた可愛らしい柄を見つけた。隣に柄の紹介もある。
「『朝のほほえみ』-その日は、起きた瞬間からいつもと違う日になると確信していた。もちろん良い方向に」
なるほど……分からない。
その本をそっと閉じ、隣にあった和柄集を手に取る。すると、3ページ目におたまが現れた。
「『包(津々海)満月文様』 - 丸を五つ隣接させて円形に並べ、中央に五芒星を描くよう棒線を交差させた柄。古くは統治者の服装に使用され、中世からは貴族の服、近世からは庶民の服へと広まった」
これだ。おたま柄はこの世界で「包満月」と呼ぶらしい。
「かっこいいな……」
その後もいくつか服装についての本を調べ、
包満月は古くは6世紀の絵画から出現すること、中世に至るまでは身分の高いものにしか許されていない柄であったことを知った。
月曜日にネットで調べていたよりは詳しく知れたが、元の世界に戻る手段としては活用できなさそうだ。
せっかく図書館まで来たのだ。本のプロに支援を仰ごう。
そう考えたリカは、人生で初めてレファレンスサービスのカウンターを訪れ、緊張の面持ちでベルを鳴らした。