Journey to おたま②
目が覚めると、目の前に一面の緑が広がっていた。
見慣れた初夏の田んぼ。整理された区画には、まだ短い稲の苗が植えられている。
「またワープした……?」
となると、大切なのは「この世界におたまはあるのかどうか」そして「お玉がいるのかどうか」の2つである。
リカはさっそく状況確認に動こうとした……動こうとした。
「またお玉の意識に憑依したようね……」
一歩も動けない。
先ほど飛ばされた戦場とは違い、のどかな農地だ。
余裕をもって置かれた状況と向き合おうとしていると、またしてもリカの意志と反して体が動いた。
リカの憑依したお玉は踊るように天を駆け、田んぼの上で体を揺らし、楽しそうな笑い声をあげている。
遠くで農作業をする2人の若い男女がお玉に気付き、空を見上げて微笑み合うのが見えた。
そして2人はお玉と一緒に踊り始める。
幸せそうだ。
これはおたまの乱が起きる前の古い記憶だろうか。
心地良い高揚感に身を任せていると、村人の後ろからもう一つのお玉が飛んできた。
「え」
リカの体が固まる。
あれは、リカのおたまだ。
命こそ吹き込まれているが、どう見てもリカがあの日捨てたおたま。
お椀の形、取っ手の先、取れなくなった汚れ、すべてが同じ。
『そういえば、戦場で目が合ったお玉もそうだったような』
どうしてリカのおたまがここに。
リカのおたまは村人たちの踊りに混ざろうとウキウキしている。
……おたまに謝れるだろうか。
憑依した状態でリカの声は届くのか。緊張で更にリカの体は固くなる。
「……スウゥゥ」大きく息を吸い込む。
「ねえ!酷い捨て方してごめんなさい!!」
勇気を出して、目一杯の声で叫ぶ。
ふたたび視界が真っ白になる直前、
リカのお玉がこちらを見たような気がした。
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「青山!!勝手に進むなよ」
町田の声が聞こえる。
どうやらワープする前の洞窟に戻ってきたらしい。
念のためリカは頬をつねる。「痛い」
ここは戦場でも農地でもない。周りにお玉たちはいないし、薄暗い洞窟はとても静かだ。
「町田、好伊津々海さんの声が聞こえたよ。姿も見た」
「え?どうして?」
「このネックレス。きっと好伊津々海さんの時代のものなのよ」
顔を輝かせた町田は「それなら」とネックレスに手を伸ばしたが、特に何も起こらなかった。
ワープで見たものを伝えながら、町田に片側を支えられ洞窟の入り口まで戻ると、
どこから用意したのだろうか、長い木の枝が垂らされていた。
掴まれば鈴本が引き上げてくれるらしい。つくづく今日は皆に迷惑をかけてばかりだ。
「青山さん!大丈夫ですか!!痛いところは?よかった無事で」
鈴本と会長が早口で安否を確認してくれる。
「ご心配をおかけしてすみません……。左足が痛みますが、体は大丈夫です」
リカは腕をぐるぐる回して無事であることを表現した。
腕で輪を作っておたまのポーズもしてみせる。
鈴本と会長は安堵の表情を浮かべたが、すぐにお説教モードに入った。
「だいたい、洞窟の穴をのぞき込むなんて危ないでしょう。
町田くんの叫び声で私がどれだけ驚いたか。どれだけ怖かったか分かりますか?
青山さんがいなくなったらどうしたらいいんですか」
「すみません……」
「でも、あの手すりを放置していた我々も悪いですね。申し訳ないです」
「すみません……」
「青山さん、危険な目に合わせてしまって申し訳ない。私の責任だ。本当に無事でよかった」
「すみません……」
会長にまで謝らせてしまい、リカは恐縮する。
勝手に落ちたリカが全面的に悪いのだ。心配をかけた上に謝らせてしまうのは申し訳なさすぎる。
「そういえば、洞窟の奥に古いネックレスがありましたよ」
鈴本・会長と一緒にひとしきり怒った後、町田がふと思い出したように言った。
そうだ。
「ネックレスに触ったら、好伊津々海さんの世界にワープしたんです」
顔を見合わせる会長と鈴本。
「好伊津々海さんの世界に?それは、どういうことでしょう……」
「気が付いたら『おたまの乱』の戦場にいて、彼らの意識に憑依していたんです。そこでは人とお玉が揉みくちゃになっていて、『乱』にかける彼らの決意を聴きました。次にワープした先では農民とお玉が楽しそうに踊っていて。……どちらにも私の捨てたはずのお玉がいました」
「えっと……」
鈴本は信じられないという顔をしている。
リカが落下で頭を打っておかしなことを言っているのか、本当にファンタジーのようなことが起きたのか、測りかねているのだろう。
「初めから話すので聞いていただけますか?私は洞窟に落ちる瞬間……」
「えっと、1つずつ聞かせていただきたいのですが、まずは病院に向かいませんか?車内でじっくり聞かせてください」
弁明しようとしたところ、鈴本に遮られてしまった。
確かにリカとしても、左足はかなりまずいぐらい痛い。
せっかくお玉たちを知れた空間。早々に洞窟や祠を去るのは名残惜しいが、ここは素直に従った方がよさそうだ。リカたちが祠の空間から出ようとした瞬間。
『そこの娘さん。ちょっと待って』
少年のような声に呼び止められた。




