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「兼松弥生さん?」
僕の声に、彼女はビクリと肩を揺らした。恐る恐る顔を上げた彼女は、僕達を見て目を見開いた。
「あ……」
「初めまして。僕はシロ。彼は宝来と言います」
僕の隣で、宝来さんが頭を下げる。彼女は僕達を見ながら、今にも泣き出しそうな、諦めたような、複雑な顔をした。
「僕達は死神です。貴方を迎えに来ました」
「…………私、死んだんだ」
彼女は視線を落とし、自らの亡骸を見つめた。
「10時30分20秒。貴方は事故に巻き込まれ、お亡くなりになられました」
「どうして!」
兼松さんは、背後を振り返り事故現場に目を向ける。
「他にも巻き込まれた人はいるわ。私だけじゃない。なのに、どうして私なの?」
「それは僕達にも分かりません。でも、人は生まれ出た時には既に、死にゆく時間も場所も定められています。それは、どう足掻いたところで変えられません」
ただ、例外はある。それは自らの手で命を手放してしまった場合に起こる。
定めを無視し、運命を捻じ曲げた彼らの行く末は悲惨だ。
それは、どうしても僕達の対応が遅れてしまうから。不測の事態として、早急に対応を命じられるけど、その時点で既に後手に回ってしまっているんだ。
だから、見つけた時には彼らの魂は悪霊化してしまっていて、回収は不可能になっている場合が多い。
浄化で済むのならまだましだ。討伐を呼ばなければならない事態に陥ると、魂は消滅しか道はなくなってしまう。
僕はまだ、そんな魂を相手にしたことはない。でも担当した先輩達は、皆一様に辛い顔をする。
「何かの間違いじゃないの?誰かと間違えているとか……私じゃない。本当は私じゃないのよ。――あんた達が私を殺したんでしょ。だって、あんた達死神よね?その物騒な物を使って、私を勝手に殺したのよ。元に戻してよ!私を……元に戻して!」
彼女の悲痛な叫び声が響き渡った。
「落ち着いて下さい。僕達にそんな力はないし、そんな権利もない。ただ、お亡くなりになられた方をお連れするのが仕事なんです」
「そ、そんなの信じられるはずがないでしょ?私はただ、信号が青に変わったから道路を横断してただけなの。それなのに…どうしてよ……今日は、デートだったの。初めて出来た彼氏とデートの約束をしてたのに……」
兼松さんはそう言うと、ハッとしたような顔をしてポケットを探り始めた。
「どうかしましたか?」
「今、何時?これからデートなの。遅刻しちゃうじゃない」
「遅刻って……」
「ずっと好きだったの。玉砕覚悟で告白したらOKを貰えて、付き合うことになって……楽しみにしてたの。――行かなきゃ」
ふらりと移動しようとする彼女に「忘れてませんか?貴方はお亡くなりになりました」と、殊更ゆっくりと告げた。
「だ、だから何よ」
「仮に待ち合わせ場所に行かれたとしても、デートは出来ませんよ」
意地悪な言い方をした自覚はあった。僕の話を聞いてくれない彼女に対して、僕はひどい言葉を投げつけてしまった。
言い過ぎたと思った時には、その言葉は既に滑り落ちていた。
「シロ、止めろ」
「な……何よ、あんた最低!」
宝来さんの諌める声と彼女の声が重なった。
彼女は目から涙を零し、僕を睨み付けていた。