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一件目の仕事場は、二車線の大通りだった。車も人も多い交差点で事故は起きる。
車との接触で起きる死亡事故の案件はかなり多い。しかも突然の出来事だから、対象者は自身の身に何が起こったのか分からず呆然としているか、そのまま自分には関係ないとばかりに、普段の生活に戻ろうと行動を起こしたりする。
今、君は事故に遭って死んだんだって説明されても、大抵の人は認めない。
何かの間違いだと、逆に僕達を不審者のような目で見たり、ひどい場合は罵られたりもするんだ。
まあ、気持ちは分かるけどね。突然現れた黒ずくめの怪しい二人連れに、警戒するなって方が難しいだろう。
しかも、コスプレかと見紛う格好で真面目な顔をしたって、信用出来ないと思う。
それでも仕事だから、回収はきっちりするんだけどね。
「10時30分だ」
宝来さんが時間を読み上げる。僕はピコピコと可愛いリズムを刻み始めた交差点に目を向けた。車が停車し、歩行者が横断歩道を渡り始める。
「ーー5秒経過」
平穏な日常が目の前で繰り広げられる。このあと、直ぐにそれは崩される。
「ーー10秒」
感情を伴わない声でカウントをする宝来さんを見上げた。黒いサングラスをかけたその目は、右腕にはまった時計を凝視する。左手には鞘に納められた刀。黒いスーツの上下。
僕の手にあるのは身長より大きな鎌。頭に耳を生やし、今はコートに隠れて見えないけど、尻尾だって生えている。
日常の中の非日常に居る僕ら。
どうしたって相入れることの出来ない現実の世界に憧れなんてないけれど、あやふやで不確かな存在なのだと、ここに降り立つ度に思ってしまうんだ。
僕達は何のために存在しているの?と。
「ーー15秒」
宝来さんの声と共に、キキキッィィィと耳をつんざく音と、ガシャンッて何かが激しくぶつかり合う音が響いた。
一瞬の静寂が落ちる。まるでこの世の時間が止まってしまったかのようにシンと静まり返った。
「時間だ」
ほんの僅か数秒の時を刻み、辺りは騒々しさを取り戻す。女性の悲鳴のような声に紛れて子供の泣き声と男性の救急車と叫ぶ声。
交差点では、路肩に突っ込んだトラックが見える。人が血溜まりの中で何人も倒れていた。痛みを訴える呻き声が、辺りに響く怒声が、事故の凄惨さを物語っていた。
「本当に犠牲者はひとりなのかな」
「今の時点では、だろうな」
僕の呟きに冷静な声が返ってきた。見上げれば、サングラス越しの目が見返してきた。
「慣れないか?」
労わるような声音に僕は目を瞬いた。
「どうして?」
「……いや、なんとなくな」
目を逸らした宝来さんから、僕も顔を背けた。ほんの少し気まずい沈黙が流れる。それに耐えられなかった僕は、言い訳がましい言葉を口にする。
「僕は元々、心を持たないぬいぐるみだったから、よく分からないよ」
自分でも空々しく響く声。でも、宝来さんは突っ込んだりはしなかった。そうかと小さく呟き辺りを見渡した。
「ーーーー対象者だ」
騒然とする現場で、ひとり立ち尽くす女の子を発見する。僕たちは自分の足元をジッと見つめる彼女の元へと向かった。