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カオさんのマンションを出た僕たちは、車で宝来さんの家へと向かった。
宝来さんは仕事が終わると直ぐに医務室に行き、先生に話を聞いたらしい。そのあと一旦家に帰り、車で僕の家に行ってから、カオさんのマンションへと向かったのだと、宝来さんは説明してくれた。
僕は宝来さんの話を聞きながらも、眉間にある深い縦ジワが、気になって気になって仕方なかった。
かなり不機嫌な様子に見えるのは、気のせいじゃないよね?でも、原因が分からなくて、僕は戸惑っていたんだ。
テーブルを間に挟んで、僕たちは向かい合わせに座った。険しい顔をした宝来さんが怖くて、僕は視線をうろうろと彷徨わせた。
「シロ」
「はい」
僕はピシッと背筋を伸ばし宝来さんに目を向けた。
「……一つ、聞いてもいいか?」
「はい」
コクコクと頷く。
「カオのこと……好きなのか?」
「はい。大好きです」
僕はニコリと笑って答えた。
「俺は……」
「え?」
ゴニョゴニョと言葉を濁す宝来さんに、僕は首を傾げながら聞き返した。
「いや、何でもない」
こほんと咳払いをして僕を見る。その宝来さんの雰囲気が、ほんの少し和らいだような気がしてホッとした。
「高坂のことだが」
「はい」
「どこから、どこまで聞いた?」
「……宝来さんが、高坂さんのそういうところは嫌いじゃないけどなって、言ってました」
その時のことを思い出すだけで、胸の奥が軋みを上げた。
「……僕が子供だって、宝来さんが言ったのを聞いて……僕はそれ以上聞いてるのが辛くなったから……」
僕はぎゅっと目を閉じた。あの時感じたイヤな気持ちに囚われたくなかったから、僕は気持ちを落ち着かせるために大きく深呼吸をした。
「……シロ」
ギシリとソファが音を立てる。体が左に傾ぎ、温かな腕に包まれた。
僕は体の力を抜いて宝来さんにもたれ込む。
こうやって、抱き締めて貰えるだけで気持ちが落ち着いた。僕の中に巣食う、黒くてモヤモヤとしたものが、宝来さんの温もりに触れて消えていくのを感じた。
「……高坂さんのこと、宝来さんはどう思ってるんですか?」
だからだろうか。こんな直球で聞くつもりはなかったのに、つるりと口から滑り落ちた。
「嫌いじゃないが、恋愛対象としては見れないな。美耶とは、俺がまだ討伐にいた頃からの付き合いでな、怪我を負った時もアキラと共に必死になって治療してくれた。感謝してもし足りないくらいだ」
そっか……高坂さんたちが宝来さんを助けてくれたんだ。
「だが、もしお前が気に病むのなら、もう関わらないと約束する。俺にはお前以上に大切な存在は居ないからな」
お前以上に大切な存在はいない…………その言葉に僕の心臓がドキッと跳ねる。
「か、関わらないで欲しいってのとは違います」
噛んじゃった。
「えと、僕……宝来さんは……高坂さんのこと好きなのかなって思って……だとしたら、僕はどうしたらいいのかなって……」
最後は語尾が小さくなって消えた。要領の得ないことを言ってしまった。自分の気持ちを言葉で表すのは難しいね。でも自分自身、上手く整理ができなくて、これが僕の精一杯だったんだ。
仕事なら、もう少し上手に喋れると思うんだけど……本当に難しい。
「美耶と俺はシロが思うような関係じゃない。俺の気持ちは、さっき言った通りだ。美耶は……あいつは、妙に俺に執着してるように見えるが、男女の色恋とは違う、と思う。打算的な気持ちが強いように感じるんだ。以前はもっと、純粋な好意を向けられてたように思うんだが……女心はよく分からないから何とも言えない」
打算的。
僕は彼女を良くは知らないけど、そんな風には見えなかったな。
雅親と呼ぶ声や、見つめる目には思いが籠っていたような気がするけど……僕の勘違いなのかな。
「討伐に何故戻らないのかって、問い詰められた。俺は、回収より討伐が似合うらしい。何をもってそう言うのかは分からんが」
……筋肉かな?
「戻りたい?」
この前、はぐらかされた問い。その答えを、今なら返してくれそうな気がした。
「戻りたくはないな」
「……そうなの?」
「ああ。せっかくシロとバディになれたのに、討伐に戻ったら離ればなれになるじゃないか」
「え、そんな理由?」
「まあ、それだけじゃないけどな。一番はそれだ」
「そっかぁ」
言葉とは裏腹に嬉しい気持ちが湧き上がる。
バサッバサッて音がして、宝来さんが僕の後ろを覗き込んだ。
「素っ気ない返事に落ち込みそうになったが、嬉しいんだな」
「どうして、僕の尻尾を見るんですか。話をしてるのは、尻尾じゃないですよ」
僕は尻尾を抱きしめて宝来さんを、キッと睨んだ。
「何よりも正直だからな」
確かに僕の尻尾は、僕の感情にすんごい左右されるけど……僕はムゥと小さく唸る。
「そう、怒るな。可愛いだけだぞ」
「可愛いって言われても嬉しくないです。僕はカッコいいがいい」
男に使う褒め言葉じゃないから。
「そうか……じゃあ、カッコいい」
「じゃあって何ですかじゃあって!無理に言わなくていいですぅ」
自分がカッコいいからと言って、あんまりだ。
僕も筋肉を付けるべき?ムキムキになれば、カッコよくなれるのかな?
「僕、鍛えます。宝来さんよりムッキムッキになって、見返してやる!」
鼻息荒く宣言すれば「どこの話からそうなった」と、呆れた声が返ってきた。
「たぶん、シロは筋肉が付きにくいと思うぞ。体を鍛えようとする心意気は立派だが」
「無理かな」
片腕を曲げて、ふんっと力を込めてもふにゃんとなるだけだった。
「まあ、やって損はないからな。付き合うから、その時は声かけろ」
「うん」
「で、だ。話がかなり脱線したが、納得したのか?」
「あ……」
そうだ。大事な話の最中だったのに……でも、全部宝来さんが悪い。
「…………高坂さんに、恋愛感情はないんですよね」
「ないな」
キッパリと言い切る宝来さんの目を見つめた。見つめ返してくる目に、嘘は感じられなかった。
「うん。分かった。なら、いいや。」
宝来さんの気持ちが彼女にないなら、それでいい。
彼女の気持ちは考えない。もし仮に、宝来さんを好きだったとしても、僕は譲る気はない。
「僕を子供扱いしたのは?」
「子供だって言ったことは認めるが、あれには続きがある。どうせなら、そっちを聞いて欲しかったな」
「……なんて言ったの?」
「『でも、その純粋さに惹かれている。どうしようもないくらい好きなんだ。やっと近付くことを許されたのに、そう易々と手放すつもりはない。シロの傍に居ることを、望んでいるのは俺の方だ』ってな」
僕は体中の血が沸騰したんじゃないかと思うくらい、体が熱くなった。ぶわっと顔が赤くなる。
「そ、そんなことを高坂さんに言ったんですか?」
「ああ。少し割愛したがな」
ーー割愛?まだ、他にも恥ずかしいセリフを言ったってこと?
「聞きたいか?」
「い、いいです。僕の心臓が持ちません」
僕は赤くなった頬を擦る。
「こ、高坂さんは何て?」
「引いてたな」
僕はその応えに項垂れた。そうだよね。引くよね。
僕は恥ずかしいよ。
「その話のあとで、シロとの約束を思い出して直ぐに別れたんだ。あちこち探し回ってやっと見つけたと思ったら、目の前でいきなり倒れるから慌てた。急いで抱き上げて医務室に運んだんだ」
倒れた時、宝来さんの声がしたと思ったのは、気のせいじゃなかったみたいだ。
「ベットに寝かせた俺に、ヨリが向こうで待ってろと言った。離れるのはイヤだったが、仕方なしに言われた通りにした。診察を終えたヨリに、お前が闇落ちしかけている。応急処置はしたが、容態は安定しないから面会謝絶だって言われたんだ」
僕が目覚めた時の会話だろうか。
「仕事を終えて医務室に行ったら、シロが居なくて慌てた。このままシロに会えなくなるんじゃないかと思うと怖かった」
「……どうして………どうして、僕をそんなにも思ってくれるんですか?」
僕を生かす為に驚異的な早さで体を治癒し、上の人たちに物申して、脅してまで守ろうとしてくれた。
僕は宝来さんに酷いことをしたのに。
おまけの宝来&シロ
「聞きたいことがある」
「なに?」
「シロは・・・カオが好きだよな。さっき、大好きって言ってたよな」
「?・・・好きだよ?」
「もちろん、恋愛感情はないよな?」
「うん。カオさんは僕のおか・・・お姉さんみたいな存在かな」
「ヨリは?」
「先生も優しいから好き」
「因みに・・・辰は?」
「好きだよ?」
「森さんや葛城は?」
「うん、好き」
「・・・都築や向井は」
「・・・えと、好きかな」
「自分で聞いたくせに腹が立ってきた」
「なんか、ごめんなさい……?」
ボツにした会話です。
ありがとうございました。




