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カオさんの部屋でまったりと寛いでいると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
カオさんは素知らぬ顔で、聞こえないフリをしている。
もう一度、チャイムが鳴る。僕は気になって、カオさんと壁に備え付けられているドアホンを見た。
「……カオさん、誰か来たよ?」
「大丈夫よ。ロックを解除しなきゃ入って来られないから。ほっとけばその内帰るでしょ」
どうやら、出るつもりはないらしい。
「でも……いいの?」
「いいの。いいの。今日は誰も訪ねて来る予定はないから」
「……うん」
僕は気にはなったけど、部屋の主であるカオさんには逆らえなくて、それ以上は聞けなかった。
「それよりシロ。あんたは今日、泊まりね」
「え?」
「昼間のこともあるから、ひとりにはさせておけないわ」
「でも、大丈夫だよ?」
「大丈夫じゃないから言ってんの。頼子の話じゃ、まだ安定してないらしいじゃないの」
先生にはあの時、まだ不安定だって言われた。でも、話を聞いて貰えて、カオさんにも会えて、僕はかなり状態が落ち着いていると自分では思っている。
最終的な判断は、先生に診てもらわないと分からないけど。
「薬も預かっているしね。今日は泊まりなさい。明日の仕事は、医務室で診断を受けてからにするのよ?」
有無を言わさない口調に僕は「はい」と頷いた。
「よし、決まりね。今日の夕ご飯は何にしようか」
にこやかなカオさんの言葉に被せるように、軽快なリズムが部屋の中に響いた。
チッと舌打ちする音が聞こえ、僕は首を竦ませカオさんを窺う。
「……カオさん?」
「シロ」
「はい」
「風呂入っておいで。入浴剤もあるからゆっくり浸かって来るといいわ」
また、音楽が鳴り響く。今度は二回。
「シャワーだけじゃ疲れは取れないからね。やっぱりお風呂は大事よね」
完璧に無視を決め込むカオさんに首を傾げる。
さっきのが、下の入り口で鳴らされた音なら、今聞こえてたのは玄関じゃないのかな?
「……誰か来たんじゃないの?」
「シロは気にしなくていいの。それよりも、風呂に入っておいで」
誰も訪ねて来る予定はないって言ってたけど、もしかしたら安西さんが来たのかもしれない。
だったら、僕はお邪魔虫だ。
「お客さんなら、僕帰るよ?」
「今日は泊まるって約束したでしょ?」
「そうだけど……」
うるさいくらいに鳴り響く音楽と共に、玄関を容赦なく叩く音も聞こえて来た。
「たくっ、あいつは玄関を壊すつもりなの」
吐き捨てるように呟き、カオさんが立ち上がる。
「シロは風呂。しばらく出て来るんじゃないわよ?」
「え?」
「分かった?」
反論は許さないとばかりに睨み据えられて、僕は顔を引きつらせながらも頷いた。
怖いよ、カオさん。
リビングから玄関に通じる廊下に出た。忙しなく叩かれるドアの音に体を竦ませる。
「ほら、シロは風呂場」
カオさんは、追い立てるように、風呂場に繋がるドアを開ける。僕は訝しみながらも、風呂場へと向かう。
「カオ!開けろ!!居るのは分かってんだ」
僕はドアの向こうから聞こえて来た声に、ピクリと体を揺らした。
「宝来さん」
僕がドアに向かおうとすると、カオさんはまたチッと舌打ちをして、僕の腕を掴んだ。
「カオさん?」
カオさんは、しっと人差し指を唇に当てる。
「気付いちゃったなら仕方ない。私が先に宝来と話をするから、シロは隠れてな」
「えっ?」
「私がいいって言うまで、出て来ちゃダメよ」
カオさんは早口でそう言うと、僕を風呂場へと押し込め、隙間を少しだけ開けて閉める。
「うるさいわよ。近所迷惑でしょ」
カオさんは玄関まで歩くと、ドアを開けた。
「ホント、迷惑なんだけど」
「お前が無視するからだろーが」
「あんたの顔を見たくないんだから仕方ないわよね。で、何の用よ」
「シロを迎えに来た」
――僕を迎えに?
「シロが闇落ちしかけた原因に、私が会わせる訳がないでしょ?」
「ヨリに聞いた。そのことで、シロと話がしたい」
「先ずは、私が話を聞くわ。納得出来たなら、会わせて上げる」
「お前に弁解するつもりはない。どう思ってもらっても構わない。俺が誤解されたくないのはシロだけだ」
「じゃあ、話し合いは平行線ね。とっとと帰ってちょうだい」
カオさんは、容赦のない口調でキッパリと告げた。
「俺はシロを迎えに来たんだ。一緒じゃなきゃ、帰らない」
「会わすつもりはないって言ってるわよね」
「シロ!話がしたい。出て来てくれないか」
「ちょっと、うるさいわよ」
玄関口で宝来さんの呼ぶ声が聞こえた。切羽詰まったようなその声音に、僕の体が無意識に動いた。
僕も話がしたい。あのことについて、違うんだって否定して欲しい。
でも、それだけじゃない。僕は宝来さんに会いたい。
ドアノブに手をかけて、僕は扉を開ける。スッと開いた扉から僕は顔を出した。
「――シロ!」
「え?……あちゃー、いいって言うまでダメだって言ったでしょ」
振り返り、僕を見たカオさんが、しょうがないわねと、言いたげな顔をして僕を見た。
僕はそんなカオさんに、ごめんなさいと謝って、僕をじっと見つめる宝来へと視線を移した。
僕と目が合うと、宝来さんはホッとしたような顔をした。
「……宝来さん」
「大丈夫みたいだな。ヨリに聞いてはいたが、会うまでは不安だった。高坂との話を聞いたんだよな。全部誤解だ。そのことでお前と話がしたい」
「僕も、僕も話がしたいです」
「所詮、私は出歯亀よね」
カオさんが、諦めたようにため息を吐き出した。
「カオさん……」
僕はカオさんの心遣いを無にした形になったことが申し訳がなくて、もう一度ごめんなさいと謝った。
「そんな顔しないの。馬に蹴られる覚悟だったけど、シロが聞いて納得するのが一番だもんね。でも――ひとつだけ。生温くしちゃダメよ。とことん問い詰めて、シロが抱えている不安を解消してもらうの。分かった?」
「うん。カオさん、ありがとう」
僕は腕を伸ばし、カオさんに抱き着いた。
「カオさんに会えて良かった。ずっとずっと会いたかったんだよ」
「私もよ」
カオさんには感謝しても仕切れない。右も左も分からない僕に、回収のイロハを叩き込んでくれた。上手に出来なくて落ち込む僕を、大丈夫って言って慰めてくれた。
いつもいつも、カオさんには助けて貰ってばかりだった。誰よりも優しくて、カッコいいカオさんが僕は――
「大好き」




