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『二人に必要なのは話し合いだとは思うけど、マサにはシロちゃんを悩ませた罰を与えてやらないとね』


 先生は意味深な笑みを浮かべ、誰かに電話をかけた。そのあと直ぐに葛城さんがやってきて、戸惑う僕を車に押し込み、見たことのないマンションの入り口に連れて来たんだ。


「葛城さん、ここはどこですか?」


 目的地だと思われるマンションを見上げて、僕は質問する。


「大丈夫、大丈夫。シロちゃんは、何の心配もいらないから」


 何度も似たような質問を繰り返す僕に対する答えがこれで……明確な答えを返してくれない。

 僕は眉間にシワを寄せて、胡乱な眼差しを向けた。


「質問の答えになっていません」

「いいから、降りるわよ」

「イヤです。ちゃんと説明してくれなきゃ、降りません」


 シートベルトに捕まってゴネる僕に「だったら、抱き上げてでも連れて行くけど、どっちがいい?」葛城さんはそう言ってニコリと笑う。


「私はどっちでもいいのよ?シロちゃんを抱っこだなんて役得だしね」


 うふふと笑われ、僕は渋々シートベルトから手を離した。

 この人は絶対やる。


「抱っこは必要ありません」


 憮然とした顔で呟き、僕は車を降りた。


「あら、残念だわ」


 ちっとも残念そうに聞こえない。

 揶揄われたんだと分かり、僕はムッとする。


「意地悪しないで下さい」

「だってねぇ、好きな子ほど、意地悪したくなっちゃうじゃない?」


 どこかで聞いたことのあるセリフだ。


「シロちゃんの反応が可愛くて、ついつい構っちゃうのよ」


 全然、全く、嬉しくない。

 葛城さんは、僕の腕を掴みマンションの出入り口へと向かって行く。僕は最後の足掻きとばかりに必死に踏ん張るんだけど、葛城さんの力には敵わなくてズルズルと引き摺られて行った。


「本当にどこに行くんですか!」


 どこに連れて行かれるのか、分からないままなのは怖い。(先生の依頼だとしても)葛城さんが悪い人じゃないのは知ってるけど、訳の分からない状況は不安で、葛城さんに対して不信感でいっぱいになる。


「ちょっと、嫌がってんじゃないの。なんで拉致紛いなことになってるのよ」


 僕たちの背後から女性の嗜める声がかけられた。僕はその声にピクリと耳を揺らす。


「拉致だなんて、大概失礼な女よね。私はヨリに依頼されて、わざわざムカつくあんたのところにまで、シロちゃんを運んで来て上げたのよ?サプライズで内緒にしてたから、ちょっと抵抗されてただけじゃない。嫌がるシロちゃんも、最高に可愛いかったわ!」


 嬉しくない。


「そこで喜ぶところが、あんたよね。だから性格が悪いって言われるのよ」

「主に言ってるのは、あんただけね。――そ・れ・よ・り・も!感謝の言葉が聞こえない」


 耳に手のひらを当てる仕草をする葛城さんに「はいはい。ありがとうね」と、おざなりな返事を返す。


「ちょっと、感謝の気持ちが足りないわよ?」

「感謝はしてるわよ。態度に表してるでしょ?」


 快活な声音。容赦のない口調。高くもなく低くもないその声には聞き覚えがある。

 この二人はいつもそう。顔を合わす度に口喧嘩を始めるから、いつも僕は間に挟まれてオロオロしちゃうんだ。


「どこがよ。思いっきり文句タラタラじゃないの。大体、あんた外出して大丈夫なの?誰かに見咎められたらコトじゃないの?」

「散歩よ散歩。ずっと家に篭ってたんじゃ、本当に病んじゃうわよ。外出は気晴らしにもいいのよ」


 僕は逸る気持ちを抑えながら、ゆっくりと後ろを振り返った。肩口のところで切りそろえられた髪。ほっそりとした頬に、意思の強さを表した目。僕より少しばかり高い身長に、ジャージのような服を着た女性。僕を見た彼女の顔に優しげな笑みが浮かぶ。


「……カオさん」


 カオさんだ。カオさんがいる。

 せっかくカオさんが目の前にいるのに、僕の視界は急に歪み、はっきりと見えなくなってしまう。僕の尻尾がブンブンと音を立てて振りたくり始めた。


「たく、泣くんじゃないわよ」

「だって……」


 先生は元気だって言ってたけど、自分の目で見るまでは安心出来なかった。先生は知らないだけで、本当に病んでしまっているのかもしれないから。

 でも……。


「ほら、おいで」


 手を広げてくれたカオさんに抱き着いた。

 会えたのが嬉しくて、いつもの元気なカオさんが嬉しくて、僕は子供みたいに縋り付き、声を上げて泣きじゃくったんだ。




 何とか泣き止んだ僕を、カオさんは部屋へと招待してくれた。

(葛城さんはいつの間にか居なくなってた)

 グズグズと鼻を啜りながらカオさんと手を繋ぎ歩いた。


「甘えんぼう」


 カオさんはそう言って僕を揶揄うけど、手を離すつもりはなかった。


 カオさんの部屋は大きなリビングと、部屋が二つ。女性らしさのある優しい色合いの部屋だった。リビングに置いてあるベージュのソファには、オレンジ色したクッションが二つ。下に敷かれた肌触りの良さそうなラグ。ガラスのテーブルには、ファッション雑誌が置かれていた。


「飲み物はコーヒーかお茶しかないけど、どっちにする?」

「……お茶」

「了解。適当に座ってて」


 カオさんはそう言うと、右奥にあるキッチンに入って行った。


 僕は埃ひとつない部屋に緊張して、尻尾を抱き締め、立ち尽くしていた。キョロキョロと辺りを見渡し、ぎゅっと尻尾を強く抱き締める。


「……何してんの」


 呆れたような声音に顔を向けると、カオさんがおぼんを手に僕を見ていた。


「……綺麗な部屋だから、緊張して」

「そう?……まあ、シロん家と比べれば、大概のとこは綺麗よね」


 かなり悪辣なことを言われたような気がしたが、事実なので頷いた。

 今のところ、かろうじて保ってはいるが、それでもここに比べれば散らかっているレベルだろう。


「ほら、こっち来て座りなさいな」

「うん」


 僕はコクリと頷き、そろりと歩いた。


「なんで、そんな歩き方?」

「……毛が落ちるといけないから」

「バカなことを気にしてるんじゃないの。嫌なら部屋に上げないわよ。それより、ほら、座って。顔を良く見せて頂戴。積もる話もあるんだから急ぐ」


 困った子ねと言いたげな口調で、カオさんが苦笑する。

 僕はカオさんの心遣いが嬉しくて、うんと返事を返してカオさんの座るソファへと向かった。


カオさん登場。


ありがとうございました。



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