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「熊の写真と犬の写真を見せて説明してあげたよね?」
「はい。おかげ様で僕の大事なお昼休憩がなくなりました」
少し根に持ってる僕が嫌味ったらしく言っても、辰さんは悪びれた様子すら見せない。
端整な顔をニヤリと歪めて「シロの休憩がなくなったのは、俺のせいじゃなくて、急な仕事が入ったからだろ」と言った。
辰さんこと、辰巳悟さんは宝来さんとはまた違ったイケメンさんだ。ほっそりとした眉に涼やかな眼差し。通った鼻筋と薄い唇が冷たい印象を与えるけど、口元にある小さなホクロが妙な色気を醸し出す美人さんだ。
宝来さんと仲が良く、よく連れ立って飲みに行っているらしい。
本当かどうかは定かではないが、二人は付き合っていると、一部では噂になっていた。
「シロ!宝来!ちょっと来い」
部長の声に僕は顔を向けた。どうして、僕と宝来さん?
「シロちゃん、上がお呼びだよ」
辰さんがニヤニヤ笑いながら僕を促す。僕はその意地の悪い笑みに首を捻った。
「用事はなんだろうね」
チラリと視線を僕の背後に向ける。僕が反射的に振り返ると、そこには眉間のシワを濃くした宝来さんが僕を睨んでいた。
僕が宝来さんを苦手な理由はこれだ。いつもあの人は僕を睨み付ける。何を怒ってるのか知らないけど、文句があるなら掛かって来いって、僕が睨み返せば直ぐに視線を逸らすのだけど。
大体、僕が何をしたって言うんだ。怒りたいのは僕の方だ。
ぐるると喉の奥で唸る。尻尾を逆立て睨み付ける僕の頭にポンと手が乗った。そのままの体勢で見上げれば、僕より背の高い辰さんが、苦笑を浮かべながら僕を見ていた。
「早く行った方がいいんじゃないの?」
そう言って視線を向けた先には、早く来いと言いたげな部長の顔。
僕は慌てて部長の元へと向かった。
部長は難しい顔で腕組みをしながら「今日からお前ら二人バディを組め」と、言い放った。
「え?」
ちょっと待って。今、何て言った?宝来さんと僕でバディを組め?
「聞こえなかったのか?」
部長が不機嫌そうな顔で僕を見る。僕は耳と尻尾を忙しなく動かしながら、そんな部長に詰め寄った。
「ぼ、僕にはカオさんが居ます。僕のバディはカオさんです」
死神は通常、二人一組で行動する。宝来さんは城戸くんが異動になってしまったから、ひとりだけど、カオさん……僕にはちゃんと、松前薫さんが居るのだから、僕が宝来さんと組むのはおかしい。
詰め寄る僕の顔に、用紙が一枚突き付けられた。僕は首を傾げながらもそれに目を向けた。
診断書と大きく書かれた文字に目を剥いた。それは、カオさんの診断書だった。
ひったくるように手に取ると、僕は書かれた内容に目を通す。
『心身衰弱が著しく、仕事を続けることは困難である。半年の自宅療養にて様子見が必要』と、書かれてあった。
診断の結果はレベル4。
僕は眩暈を感じて頭を抑えた。
昨日、カオさんは半休を取った。用事があるとは言っていたけど、病院に行くためだったなんて気付かなかった。
だって、お疲れさまでしたと、帰るその時まで、いつものようにパワフルなカオさんだったから。
「今日届いた。仕事の異動は希望していないようだが、医師の了承がおりるまでは、仕事に復帰出来ない。宝来のバディも回想に異動になったからな。丁度いいだろ?」
いいだろ?と言われて素直に頷ける訳がない。僕はこの人に嫌われている。僕だってすごく苦手なんだから。