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「マサに告白でもされた?」
僕はチラリと目を向けて頷いた。
「あいつ、強引だったんじゃない?」
「……強引でした。僕は……宝来さんの気持ちは嬉しかったけど、怖かった」
「何が怖かったの?」
「………いつかは飽きて捨てられるから」
「……マサに?」
「はい」
「シロちゃんが捨てられるの?」
「はい」
「マサを捨てるんじゃなくて?」
「え?」
僕がビックリして先生を見れば、先生は至極真面目な顔をして僕を見ていた。
「ぼ、僕が捨てられるんです。僕は誰にも愛されないから。現に宝来さんだって……」
「マサがどうしたの?」
僕は高坂さんと居た宝来さんを思い出し、口を噤んだ。胸の奥がズキズキと痛みを訴える。
「あのバカが何をしたの?」
先生は僕の顔を覗き込む。
「悪いようにはしないわ。シロちゃん、話して?」
僕が先生と目を合わせると、ね?と優しく笑う。先生から漂う穏やかな気配に、僕は隠れて聞いた話をポツリポツリと話し始める。
先生は黙ったまま僕の話を聞き、終わったあとは「そっか。それは辛かったね」って言って頭を撫でてくれた。
「愛されるはずがないって、分かっていたはずなのにどこかで期待してしまったんだと思います。僕のしたことを許してくれたんじゃないかって……だから優しくしてくれるんだって……でも、やっぱり僕は」
「シロちゃん、内緒の話を教えてあげる」
先生は僕の言葉を遮りふふふと笑う。
「……内緒の話?」
眉を顰める僕に、先生が頷いた。
「そう。本当ならマサがすべき話なんだと思うんだけど、今のシロちゃんに必要だと思うから、私から話しちゃう」
聞いてくれる?優しい眼差しを向けられ、僕は戸惑いながらも頷いた。
「シロちゃんとのことがあったあと、あいつは自身の消滅を願ったのよ」
僕は大きく目を見開き先生を見た。
「レベル5の怪我を負ったのは事実よ。でも、あいつの精神力の高さなら、治癒は可能だった。それなのに、本人に治す意思が全くなくてね。周りが必死になって説得するんだけど、誰が何を言っても聞く耳を持たなかったわ。――私やカオも、マサとは仲が良かったから、一緒になって説得したの。でも、あいつはほっとけって言って窓の外ばかり見てた。日に日に魂が弱って行くのを見てるしかなかったのよ。――そんな状態がしばらく続いたんだけど……ある日、シロちゃんのことを訊ねてきたの。あいつはどうなったんだってね」
「僕……?」
「そう。ちゃんと助けたんだろうなって。……シロちゃんには酷な話を聞かせてしまうけど、シロちゃんの処遇については、人の魂を喰らった悪霊は消滅させるベキだって意見が大半でね。ほぼ処分が決まってた。でも、それを聞いたマサが、目を吊り上げて怒り出したの。それはもう見てるこっちが驚くほどの怒りようだったな」
先生が当時の宝来さんの様子を思い出したのか、苦笑いした。
「どうして……」
僕は訳が分からなくて戸惑う。僕の処分は妥当だと思った。
ショックを受けなかったかって言われたら、そりゃショックだったけど、僕はそれだけのことをしてしまったのだから。
でも、どうして宝来さんが僕の処分のことで、そんなにも怒りを露わにしたのかが分からなかった。
――僕は恨まれている訳ではなかったの?
「『だったら今すぐにでも治してあの子を救いに行きなさいよ。こんなところで不貞腐れていても、あの子は救えないわよ』って、マサにハッパをかけたのはカオよ。マサがいくら病室で喚いていても、奴らには声は届かないし、処分が覆る訳でもない。相手と交渉したいのなら、先ずは自分の怪我を治して大したことなかったんだってアピールをしろって、カオが言ったのよ」
「カオさんが……」
僕はカオさんの笑顔を思い出し、何だか涙ぐんでしまった。
「実際、マサの状態がシロちゃんの処分に影響を与えているのは分かっていたからね。そのあとのマサの回復は驚異的だったわ。あんなにうだうだしてたのが嘘のように、一週間も経たずに退院にまで漕ぎ着けたんだもの」
魂が負った傷は、薬や香などでも治癒するが、一番有効なのはやっぱり本人の気力だ。助かりたいと思う気持ちや、何かを成し遂げたいと思う本人の強い意志が一番の活力になる。
それでも、傷の深さによっては助からない場合もあって……レベル5の傷を放置してしまっていたのなら、もうそれは助かる見込みがない状態にまで陥っていたはず。
――奇跡に近い所業。
きっと、宝来さんの傷は、宝来さんだからこそ癒すことが出来た。
――その奇跡の要因が、僕を助けるためだったの?
消滅を願っていた宝来さんの、僕は拠り所になったの?
僕の尻尾がファサリと揺れた。
「最終的な決定を下す裁判に乗り込んで行って、『あいつを処分するなら、俺も一緒に処分しろ』って啖呵を切ったのよ。危険因子を放っておくことは出来ないって言われても、なら俺が傍にいて見張っている。もし、あいつを消滅なんてしたら、お前らも道連れだって最後には脅しまでかけて、シロちゃんを守ろうとしたのよ」
鬼気迫る迫力でね。青ざめた奴らの顔が見ものだったのよと、先生はほんの少し意地の悪い顔をして笑った。
「ああ、こいつはあの子のことが好きなんだなって、その時思ったの。いつ、どこでなんて私には分からないけど、必死な様子のマサを見て真剣なんだなって、思ったわ」
だからねと、先生が笑う。
「許す許さないで言えば、とうの昔に許しているし、高坂との話の内容の真偽は定かではないけど、シロちゃんの誤解だと思うの。あいつは、せっかく手に入れた宝物を易々と手放すほどバカな奴じゃない。ちゃんとシロちゃんは愛されてる」
とうの昔に許しているし、僕は愛されている。
先生の確信を持った口調に、僕の心臓が跳ね上がった。尻尾がわさわさと揺れ動き、僕の心情を吐露する。
――本当に僕は許されているの?
宝来さんに愛されている?
そうだったらいいと思いながら、僕は緩む口元を手で隠した。




