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「状態を見せて貰ってもいいかな」
僕はその言葉に頷いた。先生は乗り上げるように僕へと覆い被さり、僕の目の奥を見つめる。
じっと黙ったまま、僕の奥底まで暴くような瞳に見つめられ、僕は居た堪れなさと、沸き起こる罪悪感にも似た感情に突き動かされ、目を逸らしたくなる。
でも、体はまるで金縛りにあったかのようにピクリとも動かない。ただじっと見つめる視線を見つめ返していた。
「まだ、かなり不安定ね」
先生は視線をピンクの小瓶へと向けた。
「香じゃ無理なレベルかもしれないわね」
「僕はどうなるんですか?」
以前、瘴気に入り込まれた時は、浄化の香で追い払ってくれた。今回はそれでは無理だってことなのだろうか。僕はまた悪霊になってしまう?
「そんな不安そうな顔をしないで?大丈夫よ。手立てはいくらでもあるからね」
先生はニコリと笑い、椅子に座る。手立てはあるって言われて僕はホッとした。
「でも、それにはシロちゃんの協力がいるの。私はシロちゃんの魂の状態を見ることが出来る。でも、原因までは分からないわ。何がシロちゃんの心を蝕んでいるのか、それはシロちゃんにしか分からない。――それを、私に教えてくれないかな。誰かに話をするだけで、気持ちが落ち着いて楽になれたりするものよ?ここで話すことは、私の一存でどうにでも出来るわ。決してシロちゃんの不利になるようなことはしないと誓うから、話してみない?」
先生は真っ直ぐな目で僕を見る。その目には一点の曇りもない。僕を助けたいと、寄り添いたいのだと、その目が訴えかけてくる。
あの時――僕はひとりぼっちだった。
僕の心の中に巣食う悲しみや苦しみに気付いてくれる人は誰も居なかった。
でも、今回は違う。僕を守ろうと、手を差し伸べてくれる人がいる。
僕はひとりぼっちじゃないんだ。
「……先生は……僕のことを知っていますか?」
それでも、はっきりとは口に出来なくて曖昧に問いかけた。
「それは……シロちゃんがぬいぐるみの中に居た時のこと?」
「はい」
頷く僕に先生は知ってるわと、答えを返した。
「記憶を取り戻したのね」
確信に満ちた言葉に、はいと頷いた。
やっぱり、先生は知ってたんだ。僕のこと。
「ここで働いている人のデータは、全て目を通して記憶しておくのも私の仕事なのよ。だから、シロちゃんのことも、マサと何があったのかも知っているわ」
先生はそこで一旦言葉を切ると、そう思い出しちゃったのねと、嘆息した。
「マサがシロちゃんに近付きたいと言い出した時に、その可能性は危惧していたの。だから、カオも突っぱねてたんだけど……あいつしつこいからカオも突っぱね切れなくてね。最後には絆されてしまったんだけど………仏心なんて出すもんじゃないわね」
「えっ、ちょっと待って下さい」
今、先生は何て言った?今の言い方だと、まるでカオさんに無理を言って、バディを交代して貰ったように聞こえる。
そんなのはおかしい。
だって、カオさんからレベル4の診断書が提出されてしまったから、バディが居ないもの同士組むことになっただけなのに。
…………あれ?そう言えば、宝来さんのバディが回想に転属されたのって、宝来さんが推薦したからだって言ってた。
――タイミング良く、僕のバディと宝来さんのバディが居なくなった……?
え。それって……?
混乱する僕に先生は「落ち着いて」と声をかける。
落ち着けない。落ち着いてなんていられない。僕は縋るように先生を見た。
「シロちゃんの考えていることで正解よ。カオは心を病んでなんていない。腹が立つほど元気よ」
「でも、じゃあ、どうして」
「さあ、それは私にも分からないや」
先生は困った顔でそう言った。
「あの、起き上がってもいいですか?」
横になったまま話をするのが嫌で、僕は先生に訊ねた。
「大丈夫?ふらふらしない?」
先生に手を貸してもらい、体を起こす。少しだけ頭がクラっとしたけど、直ぐに治った。
「大丈夫です。ありがとうございます」
「しんどくなったら、我慢せずに言ってね?」
「はい」
僕の返事に先生はひとつ頷くと、さっきの話だけどと、少しだけ逡巡する素振りを見せながら口を開いた。
「マサは、異常なほどシロちゃんに執着しているの」
「執着……?それはやっぱり恨みからですか?」
「シロちゃんは、そう思うんだ?」
先生の問いに、僕は俯いた。宝来さんの優しさを疑う訳じゃない。僕を心配してくれていた宝来さんも、僕を好きだと言ってくれた宝来さんも嘘じゃなかったと思う。
でも、高坂さんとの話しを聞いて、僕は宝来さんの真意が分からなくなったんだ。
「……本音を言えば、思いたくないです。でも……僕がしたことを思えば、恨まれていてもおかしくないのかなって…思うんです」
僕はそれだけのことを宝来さんにしたんだ。
「シロちゃん、マサと恋人になったの?」
「え?」
「さっき、マサが言ってたけど」
「あ……」
『俺はシロのバディでもあり恋人だ』
宝来さんはどんな顔であんなことを言ったのだろう。僕は恥ずかしくて、顔を赤くした。




