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今回から、シロと宝来の話が中心になります。
もうしばらく、お付き合いください。
午前の仕事を終えたあと、宝来さんが消えた。一緒にご飯を食べようって約束してたのに、どこにも姿が見えなかった。
社内をウロウロと歩き回り、宝来さんを探した。ジュースが売られている休憩所で、僕は宝来さんを見つけたんだ。
「ーーまぁ、お前のそういうところは嫌いじゃないけどな」
声を掛けようとした僕は、宝来さんがひとりじゃないことに気付いて、咄嗟に物陰に隠れた。
「ホント、捻くれてるわよね。そこは素直に好きって言いなさいよ」
一緒に居るのは高坂さんだ。
謹慎中じゃないの?どうして宝来さんと一緒にいるの?
「お前は直ぐに調子に乗るからな」
「でも、好きでしょ?」
自信ありげな問い掛けに「ああ、そうだな」と、宝来さんが苦笑混じりに返した。僕はその言葉に大きく息を呑む。
脚がガクガクと震えた。立っていられなくて、壁にもたれ込んだ。
――今、宝来さんは何て答えた?
「やっぱりね」
僕を好きだって言ったその口で、今度は高坂さんを好きだって言うの?
「じゃあ、あんなガキ放り出して、早く帰って来なさいよ」
「あんなガキって、お前なあ」
「だってそうじゃない」
「まあな」
まあな……宝来さんの声が僕の心を突き刺した。
あっと、声にならない声を出し僕は慌てて口を塞いだ。これ以上聞きたくなくて、震える脚を叱咤しながら僕はその場を後にした。
涙は出ない。
この体は涙が出るはずなのに、僕の目からは何も出て来ない。ただズキズキと痛む胸を持て余し途方に暮れる。
いつかはって思っていた。でも、こんなに早いなんて思わなかった。僕はどこに行けばいいのか分からなくて、ふらふらと社内を歩き回った。
――違う。どこに行けばいいのか分からないんじゃない。どこにも行き場所がないんだ。
――ああ、まただ。僕はまた、居場所をなくした。僕の欲しいものはいつもいつも、この手からすり抜けていってしまう。
どうしてかな。
僕はどうして…………こうなっちゃうんだろう。
こんな風に、負の感情に囚われたらダメだって思うのに、僕の心はそればかりに囚われてしまう。
何も考えたくなんてないのに、宝来さんと高坂さんの会話を反芻しては勝手に傷付き落ち込んで……挙げ句の果てに、過去にまで囚われて、また抜け出せなくなってしまうんだ。
このままだと僕は、また悪霊に取り憑かれてしまう。
…………違う。そうじゃない。
僕が、僕が悪霊なんだ。
立ち止まり自嘲する。ふっと目の前が暗くなり、僕の意識が急速に低下する。
意識を失うんだって思った。失ったあと僕はどうなってるんだろうと思うと、すごく怖くなった。でも僕にはどうすることも出来なくて、ふらつく体を支え切れず、その場に倒れ込んでしまった。
意識を失う直前、シロって宝来さんの声が聞こえたような気がした。
――ふわりと鼻先に嗅いだことのある匂いを感じた。甘ったるいその匂いが全身を包み込み、僕の心の中にある混沌とした濁りを溶かしていく。
…………浄化の香?
薄っすらと目を開ければ、見覚えがあるような、ないような白い天井が目に入った。
目線だけを動かして辺りを見渡す。クリーム色のカーテンに覆われた空間。寝かされているベットの脇には、ピンク色をした小さな小瓶が置かれていた。
「――だから、あんたしつこい。シロちゃんは面会謝絶。会わせるつもりはないって言ってんでしょ?」
「俺はシロのバディでもあり恋人だ」
「だから何。私は医者よ。この場所では、医者である私の権限と発言が一番重要視されるの。例え恋人だろうが、上のお偉いさんだろうが、誰であっても逆らうことは許さないわ」
先生と宝来さんの言い争う声が聞こえた。
どうやらここは医務室らしい。廊下で倒れたことを思い出す。
あの時、宝来さんが僕を呼ぶ声が聞こえたような気がしたけど、気のせいじゃなかったのかな。
「……頼む。一目でいいから会わせてくれ」
宝来さんの弱々しい声に、胸がズキリと痛みを訴えた。でも、宝来さんには申し訳ないと思うけど、今は顔を合わせたくなかった。
「あの子の魂は闇落ちしかけたの。原因がマサじゃないとは言い切れない限り、会わせる訳にはいかないわ」
あんただって…分かっているはずよと、キッパリと言い切る先生に、宝来さんが黙り込む。
闇落ち………やっぱり僕は闇落ちしかけたんだ。
「心配する気持ちは分かる」
でもねと、先生の声が幾分か柔らかくなる。
「今は我慢して、私に委ねて頂戴」
「……ヨリ。じゃあせめて、ここに居させて欲しい」
「ダメよ。マサは仕事に戻って。午後の業務が終了したら、またここに来ればいいわ。その時、会わせてあげられるかどうかは、今は約束出来ないけどね」
しばらく沈黙が続いたあと、分かったと、宝来さんは小さな声で応えを返した。床を歩く音と扉の開閉音が聞こえてくる。
ガチャリと鍵を掛ける音に、僕はホッと小さく息を吐き出した。
「シロちゃん、起きてる?」
先生がカーテンの隙間から顔を出し僕を見る。
「起きてたみたいね」
ニコリと笑い、中へと滑り込むと、キッチリとカーテンを閉め切った。
ありがとうございました。




