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 僕は城戸くんと別れ、ふらふらと自分のデスクへと戻った。


 あのあと城戸くんは、焦った顔で僕に口止めをした。


『この話は内緒にして下さいね。宝来先輩にも、他の人にバレると恨まれるかもしれないから、理由を聞かれたら、レベル3の診断書を提出したからだと、説明するように言われているんです。シロ先輩にはすごく良くして頂いたのと、先輩は回収にその身を捧げているって知ってるから本当のことを話したんです』


 は?と思った。

 何言ってるの?僕は今まで一度だって、回収に身を捧げた覚えはない。

 ふざけるな。僕は今すぐにでも異動したいんだって、その場で叫びそうになった。


 城戸くんの胸倉を掴んで『何でお前なんだ』って詰ってやりたい衝動に駆られたけど、なけなしのプライドを駆使して我慢した。


 尻尾が逆立ってプルプルと震えていたけど、多分気取られてはいないはずだ。



 さっき、城戸くんがレベル3の診断書の話をしていたけど、これは僕達にとってとても重要な話になるんだ。


 僕達は、現世の人達のような病気に罹ったり、通常なら怪我をすることもない。

 僕達に怪我を負わせることが出来るのは、悪霊化した魂だけ。そして、病気や怪我を負ってしまった時は『消滅の危機』も考慮しなければならなくなるんだ。


 怪我も病気も、この身を形作る魂が傷付くと起こる現象だから。

 傷付いたまま放っておくと、最悪な結果として魂が消滅してしまう。

 だから、医師の診断書に書かれたレベルの数字は、僕達の唯一無二の絶対的なルールになる。


 傷付く原因は悪霊による外的損傷と自分自身による内的損傷の二種類。

 どちらも軽視することが出来ない深刻な問題だ。


 レベルは全部で5段階。


 1は通常の状態。

 2は日々の生活の見直し。

 3は原因の排除に努めること(周りの協力必須)

 4は仕事を休み、家か病院で必ず養生すること。

 5は施設での隔離となる。


 城戸くんはレベル3。原因を排除する。イコール仕事の異動だね。

 診断書の話を出されたら誰も何も言えない。逆にそこまで追い詰められていたのかと、同情さえされるだろう。


 それが分かっているから宝来さんは、城戸くんに指示したのだと思う。

 ーー何だかズルイよね。僕だって、異動したいのに。

 診断書……は、無理か。だって、半年に一度義務付けられている健康診断で、僕は1だった。健康優良児のハンコを貰ったばかりだから。

 特別にと、花丸まで押してくれた。それを覆すのは難しい。


 くそ〜悔しい。


 僕はチラリと斜め前のデスクに目を向けた。

 そこには、白銀に輝く長い髪の男が座っている。僕の体よりふた回りは大きな背中。筋肉の張った肩。そこから伸びる分厚い腕。身長はゆうに190を超えて、男らしい体躯に、色気が迸る切れ上がった目。鼻筋の通った彫りの深い顔立ちは、威圧感すら覚えるほどだ。


 夜のお姉さまたちから、素人娘まで幅広く虜にするさまは伝説にすらなっていた。

 宝来雅親。

 元々は討伐に居て、レベル5に近い怪我を負い、暫く病院に隔離されたあと、回収に異動してきた。

 

 猛者だ。

 仕事もデキて顔もいい。所謂イケてる男……らしい。


 僕は宝来さんが苦手だから、挨拶くらいしかしたことはないんだけど、もしも仲良くなれたなら、城戸くんのように上司に進言してくれたりするのだろうか。

 この仕事が嫌いな訳じゃない。忙しくてプライベートなんて全くないけど、元々大事にしたいプライベートすらない僕には関係ない。


 ただ、僕は自分の立ち位置が良く分からなくて、今ここで、忙しいけど平和で、平穏な毎日を送っていていいのだろうかと疑問が常に付き纏っているから。


 回想に異動になれば、少なくとも誰かの役に立てる。

 自分の存在意義が少しでも生まれてくるんじゃないかと思っているんだ。

 じゃないと僕はまたーーーーしてしまうから。


(……え?僕は今、何を思った?)


 眉を顰めて、己の頭の中に疑問を投げかけた。さっきまでハッキリとしていた、悔恨に近い思いや感情が霧散する。

 必死に手繰り寄せようとする僕に、能天気な声が掛かった。


「犬の尻尾が百面相をしている。随分と器用な尻尾だな」


 僕は瞬きをして思考を振り払う。慌てず騒がず、チラリと目線だけを声の主に向けた。

 もちろん、意思の力で賑やかだったらしい尻尾は押さえつけた。


「おはようございます、辰さん。誤解をされているようですが、僕は熊です。従って、百面相をしていると指摘された尻尾は、犬ではなく熊の尻尾です」


 て、言うか百面相ってなんだ。


「君も大概、往生際が悪いよねー。素直に間違いを認めれば楽なのに」

「間違いを認めるも何も、僕は熊ですから」


 僕はキッパリと言い切った。


『わぁーくまさんだぁ』


 脳裏に小さな人の声が響いた。彼が僕を見て熊だと言った。

 だから僕は、その日から熊になったんだ。



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