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「あれ?あんた一人?」
昼休憩に入り、食堂で食事をしている僕に声がかけられた。
僕が振り返ると、そこには高坂さんと相棒の宮代さんが立っていた。
今日の格好は・・・中世の魔女のような出で立ちで、今にも黒魔術でもしそうな雰囲気だ。(この前の僕より怪しげだ)
宮代さんもそれに合わせてなんだろうな。黒いマントを頭からすっぽり覆い、顔が影になって見えなかった。
女神様に憧れてるんじゃなかったのかな?
「雅親は?」
「今日は用事があってお休みです」
「……用事?ああ、あれか」
高坂さんは納得したように頷くと、何故だか僕の前に座った。
食堂は全然混んでなくて、あちこちに空席があるのに。
高坂さんは『ああ、あれか』って言っていた。つまり、彼女も知ってるってことだ。
僕の胸がツキリと痛む。
「仕方ないとはいえ、本当に腹立たしいわよね」
彼女はもしかしたら宝来さんが休んでいる理由も、知っているのかもしれない。
備品庫に来る人たちに、僕は何気なさを装って訊ねたのだけど、誰もその理由までは知らなかった。
もし、知ってるのなら……彼女に聞いてみようかな。
何となく、イヤだなって思う気持ちと、気になるんなら聞けばいいって気持ちがせめぎ合う。
僕の脳内では、僕と僕のケンカまで起こりそうになっている。
―――知りたいなら聞けばいい。
僅差で勝ったのは、知りたい僕だ。
「……宝来さんは、どこに行ってるんですか?」
僕の質問に、高坂さんは怪訝な顔をした。
でもすぐに、勝ち誇ったような顔をする。
「どうしよっかなぁ」
高坂さんが意地悪く笑いながら、意地悪を言う。僕の反応を見て楽しんでるのが、丸わかりだ。
「一応、これ緘口令が敷かれているからなあ」
「え?」
緘口令って、緘口令だよね。宝来さんの月一のお休みが?
「特殊な事例だからね。本来ならあり得ない話だし?」
意味深な言葉に、僕はちょっとだけイライラした。
聞かせたくないなら、そんな言い方しなければいいのに。
「まあ、私は寛大な女だからね。話して上げてもいいわ。あんたに言いたいこともあるしね」
かなり上から目線でそう言うと、高坂さんは僕に向かってちょいちょいと手招きした。ヒソヒソと内緒話をするかのように声を潜める。
「雅親は病院に定期検査に行ってるのよ」
「定期検査?」
それに緘口令が敷かれてるの?
「そう、月に一度義務付けられてるからね」
義務付けられている。それに何らかの意味があるのかもしれない。
でもと、僕は首を傾げた。理由は分からないけど、僕には宝来さんの魂が傷付いているようには見えなかった。
仕事だって精力的にこなしている。
「あいつが元々、討伐にいたことは知ってるわよね」
高坂さんの問い掛けに僕は頷いた。
レベル5に近い怪我を負って回収に来たって聞いている。
「その時にね、魂を半分以上悪霊に食われたのよ。半死半生の状態で救出されて、ダメだって思われてたんだけど、奇跡的に雅親は持ち直した訳。でも、定期的な検査を義務付けられているの」
その内容に目を見張る。悪霊に半分以上魂を喰われて持ち直した人の話なんて、今まで一度も聞いたことがない。
例え無事に救いだされたとしても、自我をなくしてしまうか、起き上がれないほどのダメージをくらい、いずれは消滅の道を辿るしかないと言われている。
ここで僕は、向井さんの言葉を思い出した。
『宝来くらい精神力が高けりゃな』
独り言のように呟いた言葉の意味。
それはこのことだったんだって、僕は思った。
「雅親の魂は、そうは見えなくても傷が癒えている訳ではないのよ。だから、定期的に検査を行って状況を把握する必要があるの。雅親のような状態に陥った者は、本来なら現場に戻ることは許されない。魂が消滅するまで一生ベットに固定されるか、討伐によって消し飛ばされる運命よ。でも、雅親は現場に戻って来た。討伐へ、ではないにしろ、ちゃんと戻って来たの。これがどういう意味だか分かる?」
訊ねられ、首を振った。
「それだけあいつが稀有な存在だってこと。だから上も、雅親がこの仕事に戻って来ることに異論を唱えなかった。部署は回収になってしまったけど、並外れた能力を認められたからに他ならない。今は無理でも、雅親はいずれは討伐に戻って来る。私はそう信じているわ」
高坂さんはキッパリと僕にそう告げた。
以前、僕は宝来さんに討伐に戻りたいかって聞いた。宝来さんは何も答えてはくれなかった。
いずれは戻りたいと、思っているのかもしれない。
「で、ここからが本題」
高坂さんはそう言うと、僕を真っ直ぐに見つめた。
「あんたは雅親に随分と懐いてるみたいだけど、あいつの足を引っ張るのだけは止めてよね。さっきも言ったけど、雅親はいずれは討伐に戻って来る。その時、変に同情引いて引き止めたりしないようにして。――分かった?」
まるで、僕と宝来さんは釣り合わないって言われたような気がした。
「僕は……僕は、そんなことしない」
ぎゅっと拳を握り締め、僕は絞り出すようにそう告げた。
耳がぺたりと倒れ、尻尾がきゅっと丸まって椅子の下に隠れてしまったけど、僕は虚勢を張った。高坂さんは「ならいいけどね」って言って、冷めてしまった食事を食べ始めた。
僕は目の前にある食べかけのご飯に目を移す。
食欲なんて全く湧いて来なくて、食べるのを諦めた。
ふと、宝来さんの魂を喰らった悪霊のことが気にかかり、高坂さんに訊ねた。
「あの、宝来さんを喰らった悪霊ってどうなったんですか?」
僕の問いに高坂さんは、知らないわよと返す。
「私は雅親の浄化に追われていたからね。そっちにまで気が回らなかったのよ。でも、討伐されたんじゃない?」
どうでもいいと言いたげな態度でそう返された。




