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「これは何の真似ですか。離して下さい」
キッと睨み付けて怒りを露わにする僕に「抱っこだ」と、平然と返す宝来さんの気が知れない。
「離して下さい」
「暴れるな。あんまり暴れると、不可抗力で尻尾を掴んじまうぞ」
バタバタと手と足を動かしていた僕は、その言葉にピタリと動きを止めた。
「……脅しですか?」
「そういうこともあるかもしれないって言っただけだ」
シレッと答える宝来さんを、胡乱な目で見た。
「ずっと、誤解を解きたいと思ってたんだ」
「誤解?……さっきも言ってましたね」
「ああ、辰とのことだ。俺と奴は付き合ってなんかいない。ただの仕事仲間だ。まあ、時たま飲みには行くがな。それだけの間柄だ」
「でも」
あんなに仲良かったのに?
「でも、なんだ」
「……二人で良く戯れてたじゃないですか」
「なんだ、その理由は。気は合うからな。話もするし、それなりに仲良くもするさ。でも、奴にキスしたいとも思わないし、こうやって膝に乗せたいとも思わないぞ?」
「………」
「俺が好きなのはシロだけだ。もちろん、恋愛の意味で惚れてる」
恋愛の意味で……。僕は宝来さんの顔が見れなくて俯いた。
「シロ?」
「ぼ、僕は、僕は……ぬいぐるみだから、そういう感情は良く分かりません」
宝来さんの気持ちを、素直に嬉しいと思う僕と、ダメだ騙されるなと、騒ぎ立てる僕が頭の中でせめぎ合っていた。
シャボン玉のように綺麗だけれども、直ぐに弾けて飛んでしまうような儚い気持ちに囚われるなと、切々と訴えてくる。
結局――最後には捨てられてしまうのだから。
ぬいぐるみである僕を大好きだと言ってくれた彼は、新しい仲間に夢中になって、僕をおもちゃ箱の奥深くに仕舞い込んだ。
小さな人は子供だったからしょうがない。なんて思えない。
だって、僕は悲しかったから。
だから、恋や愛なんていらない。そんな移ろいやすく、あやふやな思いなんて僕には必要ないんだ。
「尻尾は素直なんだがな」
ボソリと呟かれた言葉に顔を上げる。見てみろと促されて、僕が目を向けると尻尾が嬉しそうに左右に揺れていた。
「こ、これは……」
「これは?」
訊ね返されて、僕は視線を彷徨わせた。
裏切り者の尻尾の動きを止めたくて、僕は尻尾を掴み抱き抱えた。
「こ、壊れてるんです。さ、最近、僕の言うことを聞いてくれなくて、困っているんです」
「ほう?」
「だ、たから、尻尾のことは気にしないで下さい」
今見たことは忘れさって欲しい。
「何を怖がってるんだ?」
「怖がってなんていません」
プルプルと頭を振って否定するけど、本当は怖い。だから宝来さんの気持ちを、素直に受け入れることが出来ない。
「じゃあ、お試しで付き合うか」
「……お試し?」
「ああ。その間に、俺はシロを口説き落とすから、お前は俺が信用に足る男かどうか見定めればいい」
宝来さんは、僕の心の中にある不安を見透かしたようにそう言った。この人は知っているのだろうか。僕も知らない僕自身のことを。
じっと窺う目で宝来さんを見る。この人が何を知っているのか、僕を本当はどうしたいのか分からなかったから。
警戒心も露わな僕に宝来さんは、まるで安心させるかのように微笑み、頭を撫でてくれる。
「シロ……俺はお買い得だぞ?料理も掃除も得意だ。お前の好きなホットケーキもオムライスもハンバーグだって、好きなだけ作ってやる」
宝来さんが料理上手なのは、本当だ。まだ、半分しか食べてないけど、オムライスも美味しかった。
「好きなだけ甘やかしてやる。寂しい時は傍にいてやる。絶対にひとりにしない。だから、俺を選べ」
僕の心を包み込むような眼差しと、優しい手の温もりに僕の頑なな気持ちが解れていく。
ダメだって警告する声がだんだんと小さくなって、聞こえなくなってしまった頃、シロと、甘やかな声に名を呼ばれ、僕は小さく頷いた。




