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「だから、俺を呼べ。何とかしてやる」
「でも」
「でもじゃねーよ。お前に任せたらこの有り様なんだから、考えるまでもないだろうが」
「いつでも……?」
「ああ。躊躇するな。直ぐに呼べ。お前の代わりにお前が捨てられない物も捨ててやる。それならシロも、少しは気が楽になるだろ」
宝来さんは、僕の気持ちを分かった上で言ってくれてるんだって、その言葉で理解した。
それがすごく嬉しくて、反面どうしてって気持ちも湧き上がったけど「いいな」って、反論を許さない強い口調で言われて僕は頷いた。
「よし。じゃあやるぞ」
そう言って、宝来さんは作業を再開した。時々、僕に指示を出しながらテキパキと片付けていく。あんなに溢れていた荷物がどんどんとしまわれて行くのを、僕は感心しながら見ていた。
「掃除機はあるか?」
「はい」
言われて戸棚から掃除機を取り出すと、コンセントを差し込んで溜まったホコリを吸い込んで行く。
「棚の上や床の拭き掃除を明日して、もう一度掃除機をかける。キッチンと風呂、洗面台の水回りは今日中に終わらせる」
「そんなにいっぱいするんですか?」
「ある程度だがな。人が住めるようにはしてやりたい」
それは、誰も住めない状態だって、暗に言われているのだろうか。
「シロ、尻尾が萎れてんぞ。今日、明日と掃除をするって言ったろ?」
「でも、綺麗になりましたよ?」
「最初に比べれば、どんな状態でも綺麗だろーよ」
上出来だって褒めてくれたのは誰さ。僕はツンとソッポを向いた。
はははっと笑い声が聞こえて顔を向ければ、宝来さんが声を上げて笑ってた。ほんのついさっき腹を立てていたのに、それを忘れ、僕は惚けたように見惚れてしまっていた。
「ほら、キッチンに行くぞ」
笑った顔のまま促された僕は、素直にキッチンへと向かった。
水回りを掃除したあと、宝来さんは夕ご飯を作ってくれた。
「シロはお子様口だよな」
僕のリクエストのオムライスをテーブルに置くと、宝来さんが言った。ケチャップライスを卵で包んだシンプルなオムライス。
卵には僕の名前入り。因みに宝来さんのオムライスには、マサって名前が書かれている。
「ホットケーキに、オムライス。ハンバーグ、唐揚げにカレーだったよな?」
「僕は和食も好きです」
「サビ抜きの寿司が好きなんだろ」
「ごくごく一般的な和食も好きです。魚も野菜も肉も、僕は好き嫌いがないから」
「ほう、そりゃすごいな」
何だかバカにされた気分になって、僕はムッと唇を尖らせた。
「宝来さんが、意地悪します」
「俺は昔から好きな奴ほど、いじめたくなるんだ」
「…………へえ?」
返す言葉に困った僕は、聞かなかったことにして話を流した。
だって、大した意味はないと分かってはいても、どんな反応を返すのが正解なのか分からない。
だから僕は、スプーンを手にして「いただきます」と、オムライスを食べることにした。
「美味しいです」
「可愛い顔して食べやがって。人の告白を流してんじゃねーぞ」
「告白?宝来さん、何か告白したんですか?」
首を傾げる僕に、宝来さんは顔を引きつらせた。
「……ああ、お前が好きだってな」
「……僕も宝来さん好きですよ?」
宝来さんの好きは、バディとして。仲間としての好きだ。僕だってそうなんだから、慌てる必要はない。落ち着け、心臓。何も特別なことはないから。
「そうか。じゃあ、二人は相思相愛だな」
何だか意味が違うような気がしたけど、間違ってはいないよなって思い、僕は頷いた。
「シロ」
宝来さんがテーブルに身を乗り出し、僕へと顔を近づけた。僕はびっくりして仰け反るように身を逸らすと、後頭部に手を回し、僕を引き寄せる。
宝来さんの顔があり得ないほど近付き、僕が、えっ?えっ?と戸惑っている間に、唇に柔らかなものが触れた。
目を見開き固まる僕の唇に、宝来さんは自分の唇を軽く押し当て離れていった。
「俺たちは今から恋人同士だ。文句はないな」
今起こったことに衝撃をくらった僕は、何も考えられず頭の中が真っ白になってしまっていた。
「今の……?」
「キスだ」
「……どうして、キス?」
「そりゃ、相思相愛の二人が一緒に居れば、必然だろ」
「ちがっ、違います。僕が好きだって言ったのは違くて、ほ、宝来さんの好きも、そうじゃなくて……だって、だって……」
僕は忙しなく耳を動かし必死になって考える。今のは何。こんなのはおかしいって、頭の中で思ってるんだけど、上手く言葉にならなかった。
「落ち着け、シロ」
「無理です。落ち着けない」
「いいから、落ち着け。深呼吸しろ」
いつの間にか僕の隣に移動していた宝来さんが、僕の背中を摩っていた。
言われた通り、僕はスーハーと吸って吐いてを繰り返した。
「………やっぱり無理です」
「諦めるな。大丈夫だ」
「だ、大体、宝来さんには辰さんがいるじゃないですか」
「ああ、そうか。シロは誤解してるんだったな」
「誤解って何ですか。僕にき、キスした理由にはならないでしょ。――ちょっと、離れて下さい」
抱き締める腕を振り払い、宝来さんの体を押し退けようとする僕の腕を掴み、あれよあれよと言う間に、膝の上に横抱きに乗せられていた。
体格差は認めよう。力だって、宝来さんの方が強いと思う。
でも、僕だって男なんだ。その僕相手に、まるで子供のように体を抱き上げ、膝の上に乗せるとか、絶対あり得ないから。




