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会議室に呼び出された時に嫌な予感はしていたんだ。だって、彼とはそれなりに仲は良かったけど、それだけだ。
こんな場所に呼び出されるだなんて、告白かイジメかしか思い付かなかった。
イジメだった場合、僕のフサフサ尻尾で撃退してやろうと思ってた。
まあ、勝てるビジョンは全く見えないから、本当は逃げの一択しかないんだけどね。
告白だったらどうしよう。どんな言葉で断れば傷付かないかななんて、真剣に悩んだ僕がバカみたいだ。
ここで、勘違いして欲しくないんだけど……僕は決して自意識過剰って訳じゃない。
ホントだよ?
僕はこのふさふさで立派な尻尾のおかげでモテるんだ。
事務のお姉さんたちにだって、いつも可愛がって貰ってる。オヤツだっていつも他の人より多く貰えるんだから。
告白はまだ、されたことないけど、モテるんだからね。
ホントだよ。
まあ、今は真面目な話してるから、この問題はあとでね。
誰に言うでもなく、心の中で結論付けて、僕は城戸くんを見上げる。
「……本当に辞めるの?」
離職率の多い回収係だから、新人さんが入ってもみんな直ぐに辞めちゃう。
でも、彼は他の新人さんとは違ってヤル気に満ち溢れていたし、やっぱりどうしてももったいないなって思ってしまう。
それに、彼が居なくなると、また僕が一番下っ端になる。諸先輩方の無理難題をひとりで処理しなければいけなくなると思えば、憂鬱にもなるってもんだ。
僕はさっきピンと立たせた耳と尻尾を、今度はだらりと下げてみせた。
「はい。俺、回収係を辞めて、回想係に行くことになりました」
「え……?」
「異動になったんです」
異動って何。と、戸惑う僕に向かい、城戸くんは晴れやかに笑う。
「本当は俺、回想係を希望してたんです。でも配属されたのは回収係で……でも、回収係もやりがいのある仕事だって聞いてたから頑張ってたんですけど、昨日突然辞令が降りて、回想係に配属されることに決まったんです」
「え、ちょ、ちょっと待って」
僕は耳をパタパタさせながら、視線を彷徨わせた。
意味が分からなかった。何で彼が?どうして僕じゃなくて城戸くんが……って、そんな疑問が頭の中でグルグル回っていた。
だって、僕だって回想に行きたかった。毎年、人事からの要望書にも第一希望から、第三希望まで全ての欄には回想係って書いて提出してる。
それなのに、入って直ぐの城戸くんが僕より先に異動だなんてあり得ない。
そこまで考えて、僕はハッと息を飲んだ。
「もしかして城戸くん。上司の弱みでも握った?」
だったら今すぐに教えて欲しいと、僕は期待を込めた目を彼に向けた。
「ま、まさか。違いますよ」
慌てた顔で否定した城戸くんを、怪しむかのように睨め付ける。
だって、それしか考えられない。
僕は無言のまま城戸くんを見つめた。視線には、早く白状しろって、そんな気持ちを込めた。
城戸くんは困った顔で笑ったあと、ここだけの話にして下さいねと、前置きをする。
やっぱり弱味を握ったんだな。と思った僕に、彼は意外な話をし始めた。
「一緒にバディを組んでる宝来先輩に口添えをしてもらったんです」
「え……宝来さんに?」
僕は目を瞠った。頭の中には、鋭い目をした男の顔が浮かぶ。
「はい。以前、飲みに連れて行って貰った際に、本当は回想を希望していたんだって話をしたことがあったんですけど、それをどうやら覚えていてくれてたらしくて、この前、お前は優し過ぎる。回想の方が向いてるから上司に話を通してやるって言ってくれたんです。そしたら昨日、部長に呼ばれて行ったら、急だけど週明けに異動になったって、言われました」
城戸くんはそう言って嬉しそうに笑った。