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 ――夢の中で僕は見知らぬ男に合った。

 陸橋の上で昏い目をした男は、ブツブツと呟きながら、じっと車の流れを眺めていた。僕は声を掛けることも出来ずに、その姿をぼんやりと見つめていた。


「―――だ」


 不意に男が僕を振り返り、何かを話しかけてきた。

 僕は何を言われたのか分からなくて「え?」と聞き返す。


「―――たって言ったんだ」

「え?なんて言ったの?」


 いつの間にか見知らぬ男は宝来さんになっていて、僕に向かって「メシが出来たって言ったんだ」と、告げた。


 僕がパチリと目を開ければ、不機嫌そうな顔をした宝来さんが、僕を真上から覗き込んでいた。


「起きたみたいだな。メシ食うぞ」

「………メシ?」


 戸惑う僕に「そうだ」と頷くと、僕を置いてさっさとキッチンへと向かう。急いで起き上がった僕は、クラっと一瞬目眩を覚え頭を抑えた。

 でも、それは本当に一瞬で、直ぐに収まった。


 鼻先に甘い匂いが漂ってきた。匂いの元を探ろうと目を向ければ、宝来さんが皿を手に部屋へと入ってきた。


「ホットケーキだ」


 僕はクンクンと鼻を鳴らし匂いを嗅ぐ。甘く優しい匂いに顔が綻んだ。尻尾がブンブンと左右に揺れる。


「手を洗って来い。食べるぞ」

「はい」


 いい子の返事を返して、僕は洗面所へと向かった。


 宝来さんの作ってくれたホットケーキは、バターに蜂蜜を垂らしたシンプルな物で、端は焦げてるし裏返す時に失敗したのか、形も歪だったけど今まで食べた中で一番美味しかった。


「すごく美味しい。宝来さんてば料理の天才」


 僕はあまりの美味しさに、緩む口が止められない。尻尾をブンブンと振りたくりながら頬張った。


「専用の粉を使ったから誰が作っても同じ味だ」


 少し照れたように見えるのは僕の気のせいかな?


「そんなことないよ。僕が作ったらきっとこんなにも美味しくならなかった」

「お前は料理もダメなのか?」


 僕はうっと言葉に詰まる。


「だって、仕方ないよね?僕はぬいぐるみだったんだもの。料理も掃除もしたことないんだから」


 むしろ、掃除はしまう側じゃなくて、しまわれる側だったんだから。


「なるほど?」


 苦笑混じりに納得されて、僕は気まずさを誤魔化すようにホットケーキを飲み込んだ。


 朝食を食べたあと、僕は後片付けを申し出たんだけど断られた。

 でもと、言い募る僕に「今日はいい。また今度来た時は頼む」と、次回を約束する言葉で遮る。


 僕はそれが嬉しくて大きく尻尾を振った。



 昼前に宝来さんのマンションを出た僕は電車に乗って、自分の住む街へと帰ってきた。改札を出て直ぐに、スマホが鳴った。表示された名前を見て僕は慌てて電話に出る。


「もしもしっ」

『どうしたの、そんなに慌てて』


 勢い込む僕に、カオさんが苦笑しているのが分かった。

 だって仕方ないよね?カオさんからの電話は、宝来さんとバディを組むと知らされた日に掛かって来て以来なんだから。

 何度も電話をかけたいって思ったけど、カオさんの今の状況を鑑みればそんなことも出来なくて、便りのないのは元気な証拠と思うことにしていた。

 そのカオさんからの電話なんだもん。そりゃ、慌てるよ。


「カオさんこそどうしたの?何かあったの?僕に出来ることはある?」

『ちょっと、シロ。落ち着きなさい』

「だって、突然カオさんから電話なんて……」


 僕の脳裏を最悪な事態が過った。でも、例え何があっても僕だけはカオさんの味方だ。


『何もないわよ。あんたのことでさっき頼子に連絡を貰ったもんだから急いで電話したのよ。全く、もっと早くに電話を寄越せばいいのに』


 カオさんが怒った声でぶつぶつと文句を言うのを、僕は首を傾げながら遮った。


「……頼子?誰ですか、それ」

『昨日、診察して貰ったでしょ?背の高い美人なお姉さんよ』


 僕は医務室の先生を思い浮かべた。


「あの先生、頼子さんて言うんですね」


 そういえば名前を聞くのを忘れてた。


『そうよ。あいつからシロが悪霊の出す瘴気に少し入り込まれたみたいだって聞いて、しかも悪霊より厄介な宝来の家に泊まったんじゃないかなんて聞かされたら、心配にもなるじゃない』


 悪霊より厄介な宝来さん?

 僕はカオさんが宝来さんを悪く言うのが嫌で、そんなことはないと否定した。


「宝来さんは厄介な人じゃないですよ?」


 むしろ、厄介を掛けたのは僕の方だ。


『野獣の筋肉バカに何もされなかった?』

「野獣の筋肉バカって……宝来さんのことですか?」

『そう』


 宝来さんは鍛え抜かれた逞しい身体をしているけど、野獣でも筋肉バカでもないと思う。


「すごく気を遣って貰いましたよ?朝はホットケーキ作って貰ったし。優しくて良い人です」


 思い出しただけで、あの甘い匂いと少しだけ焦げたホットケーキを思い出す。すごく美味しくて幸せの味がした。また作ってくれるといいな。


『……あんた、ホットケーキ好きだもんね』

「はい」

『……美味しかった?』

「すごく美味しかったです」

『………シロ、だから良い人なんですって言ったら怒るからね。食べ物で懐柔されてんじゃないわよ?』

「べ、別に、そんなんじゃないですよ?」


 ホントだよ?


「宝来さんと一緒に仕事して、宝来さんが見た目ほど怖い人じゃないって分かって、不器用だけど優しい人なんだなって思ったんです」


 綺麗な部屋の中で萎縮する僕に、掃除すればいいだけだと、何でもないように言ってくれた宝来さんの優しさが嬉しかった。

 恥ずかしかったけど、一緒のお布団で抱き締めて眠ってくれたのも、守られているようで温もりに安心した。


 宝来さんはすごく暖かい人だと思う。モテるのも、心の底から納得だ。だから本当に辰さんが羨ましい。

 モヤモヤとした思いが沸き起こる胸を押さえた。


「僕は宝来さんと仲良くやっているので大丈夫です。カオさんにあまり心配かけないように僕も精一杯頑張ります。だから、カオさんは気持ちを休めて療養することだけを考えてください。僕は早くカオさんに会いたい。復帰してくれるのを待ってますから」


 でも、カオさんが復帰したら僕は宝来さんとのバディを解消されるのかな。

 カオさんには早く戻って来て欲しいけど、それは何だかイヤだなって思った。



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