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 翌朝、宝来さんは僕のために朝食を作ってくれるらしい。

 何が食べたいって聞かれたから「ホットケーキ」って答えたら一瞬、固まってたけど、分かったって言って、わざわざ材料を買いに行ってくれたんだ。


 その間に僕はお風呂を借りた。着替えがなかったから、宝来さんの服を借りようと思った。でも、あまりにも体格が違い過ぎて止めた。

 まるで、子供が大人の服を着ているような感じだったから。

 尻尾の問題もあるしね。

 実は僕のズボンや下着は特注品なんだ。職場で取引をしている衣料品店に注文すると、給料から天引きで僕専用の尻尾部分に穴の開いたズボンや下着が届く。

 ちょっとお高いけど、重宝してる。


 ドライヤーを借りて、自慢の尻尾を乾かしたあと、僕は脱いだ服をそのまま着て浴室を出た。宝来さんはまだ帰ってなくて、僕は尻尾を抱えてラグの上に座った。


「他人様の部屋にひとりって居たたまれないや」


 家主が居ないのに、あまりウロウロと動き回るのもどうかと思うから身動きが取れなくなる。

 退屈を紛らわせるために尻尾を動かして戯れてみるけど、直ぐに飽きた。


 ふと、視線がベッドに引きつけられた。

 さっきまで眠っていたそこには、掛け布団がかけられている。何かが足りないような気がして、僕は立ち上がりフラフラと歩いて行った。


 あの時……宝来さんはお風呂に入っていた。

 僕はベッドの上に()()()見つけたんだ。

 布団を上から撫でてみる。ぺちゃんこに潰れて何も入ってはいなかった。


 ゆうらりと尻尾を揺らす。僕はじっとその場を見つめ記憶を掘り起こしていた。


「まだ、寝たりないのか?眠いなら寝てていいぞ」


 僕は突然背後からかけられた声にビクリと体を震わせた。


 背後を窺うように振り向けば、この家の家主、宝来さんが立っていた。


「……どうした?夢から覚めたみたいな顔をして。もしかして、立ったまま眠っていたのか?」


 僕は戸惑うように視線を揺らした。


「……ここに」


 ベッドの上を触る。


「……ここに何かが置いてあった」


 小さな何かが僕を見ていた。どうして思い出せないんだろう。僕はそんなに記憶力は悪い方じゃないのに。

 ぼんやりとした輪郭は思い出せるのに、それが何か分からない。まるで、僕の頭の中が思い出すことを拒否しているような気がした。


「……あったか?」

「うん。あった」

「そうか……」


 そう言って黙った宝来さんを見つめる。何かを思案するような顔で、宝来さんは僕を見つめ返したあと、もう一度そうかと呟いた。


「えと……宝来さん?」

「なんだ?」


 平素と変わらぬ『なんだ?』だ。惚けているのかそうでないのか僕には分からないけど、ひとつだけはっきりした。

 宝来さんには僕の知りたい答えに応えてくれる気がないんだって。

 でも、それで挫ける僕じゃない。


「ここにあったのって、どこにやったんですか?」

「………」

「もう一度見たいです」


 食い下がる僕に、宝来さんはひとつため息を吐き出すと、クローゼットへと向かった。横にスライドさせ扉を開くと、中から小振りな何かを取り出した。


 ほらと、目の前に出されたそれを受け取る。茶色い色をしたその子は、クリクリとした黒い目で僕を見上げる。

『犬のぬいぐるみ』そうだ。ここにあったのは、犬のぬいぐるみだった。


 ――でも、違う。


 僕は眉根を寄せて宝来さんを見上げた。


「宝来さん……この子」


 でしたか?と続く言葉は口に出せなかった。目と目があった瞬間にくらりとしたから。

 手に持っていたぬいぐるみが、僕の手から滑り落ちる。立っていられなくて、傍にいた宝来さんへと倒れ込んだ。


 宝来さんは僕を抱きとめ、ベットへと座らせてくれた。


「大丈夫か?」

「……ごめんなさい」


 僕は僕自身に戸惑う。こんなことは初めてだったから。

 視線が落としたぬいぐるみに向かう。

 あの子は違う。あの子じゃない。クラクラする頭の中で僕はそう思っていた。

 ズキッと頭の芯が痛みを訴えた。耳の奥でザアーザアーと鳴り響く雨音が聞こえた。


 ――うるさい。


 僕の中にある何かが、蓋を開けて飛びだそうとしていた。


「少し横になった方がいいな」


 宝来さんは僕をベットに横たえると、僕の頭の横に、さっき落としたぬいぐるみを置いた。


「昨日、ここにはこのぬいぐるみがいた」


 虚ろな目で見上げる僕に宝来さんが言った。


「ち、違います」


 この子じゃない。


「違わない。シロ、俺を見ろ」


 しっかりと視線を合わせ「こいつがお前が見たぬいぐるみだ」と、ゆっくりと言葉を紡ぐ。その目と、声が僕の意思を支配する。


 ――暗示をかけられている。

 何故だか僕はそう思った。

 僕は頭の奥がかき回されるような痛みを感じて、ぎゅっと目を閉じた。


「…………すまない」


 後悔を滲ます小さな声に、どうしてと問い掛けたかったけど、声にはならなかった。

 僕の意識が急速に、闇の中に捕らわれてしまったから。

 意識を失いたくなんてなかった。きっと目が覚めた僕は『()()()()()』に戻ってしまっている。


 それじゃあダメなのに。

 揺り動かした記憶を、宝来さんは無理やり閉じ込めるんだ。


 ――――起こしたのは宝来さんなのに。




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