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うつらうつらとした僕の耳に、宝来さんと先生の会話が聞こえてきた。
「――はあなたとは違うのよ?もっと注意を払ってあげなきゃ」
「過信した。平気な顔をしてるから大丈夫だと思ったんだ」
「大丈夫な訳がないでしょ。それはマサが一番良く分かっているはずでしょ?」
「反省している」
「……まさか、」
二人の声が途切れた。でもしばらくすると、先生がため息を吐き出す。
「まあ、いいわ。今回は大事に至らなかったけど、これからはもっと注意して上げてね」
「分かった」
まだぼんやりとしてたけど、僕のせいで、宝来さんが先生に責められていることだけは分かった。
宝来さんは悪くない。悪いのも過信したのも僕だ。
カオさんにも悪霊には気をつけろって口が酸っぱくなるくらい言われていたのに。
「――で?上手くやってるの?」
「ああ。問題ない」
「聞いた時はびっくりしたけど………ホントに本気なんだ。あんたがマジ惚れとは驚きよ」
「ほっとけ」
「この朴念仁がねぇ」
「あのなぁ」
「しっ、大きな声を出さないの。シロくんが起きちゃうでしょ」
「……悪い」
宝来さんが僕を窺う気配と共に、小さな謝罪の声も聞こえてきた。
最初は僕の話だったのに、いつの間にか辰さんのことに話題が変わっていたようだ。僕は立てていた耳を倒した。
僕の脳裏に仲良く戯れ合う二人の姿が浮かぶ。
僕には見せたことのない顔を辰さんには見せるのかな。恋人同士なんだから当たり前だと思うのに、宝来さんが愛おしむように目を蕩けさせて、辰さんを見つめる姿を想像するだけで、胸の奥がぎゅっと掴まれたような痛みを感じた。
湧き上がる不快感の意味が良く分からなくて、戸惑いながら眉を顰めた。
「色々と難しいわよ」
「承知の上だ。それでも欲しいと思ったんだから、仕方ないだろ?」
「まぁね」
優しい声音が胸に突き刺さった。どうしようもないほど恋い焦がれているのだと、宝来さんの声が告げていた。
辰さんへの想いを、僕はこれ以上聞いていたくなくて「うんっ」と声を出した。ゆっくりと目を開き、起き上がる。
「目が覚めたみたいね」
「ごめんなさい、寝てしまいました」
「いいのよ。その方がシロくんの魂にも負担が掛からないから寝て貰った方が良かったの」
「僕はどのくらい寝てたんですか?」
「ほんの10分ほどよ。体の調子はどう?」
「はい。楽になりました」
胸の奥に巣食うモヤモヤを押し殺しながら僕は答えた。 辰さんを羨む僕に気付かれたくなかったから。
医務室を出た僕らは服を着替える為に備品庫に向かった。
「シロ、今日はこのあとメシを食ったら俺の部屋に来い」
その言葉にドキリとした。え?と見返す僕に「先生から一緒に居るように言われたろ?」と、宝来さんに言われ、そういえばそんなことを言ってたなって、埋もれた記憶を掘り起こす。
「お前の家でもいいぞ?」
「僕の家はダメです」
僕は即座に首を振った。あの部屋に誰かを入れるなんて冗談じゃない。ブンブンと激しく首を振る僕を、宝来さんが目を眇めて見る。
「俺に見られるとマズイもんでもあるのか?」
何だかいつもより声が低く、少し不機嫌に聞こえるのは気のせいかな。
「男でも連れ込んでんのか」
唸るような声音に、僕は目を瞠る。
どうしてそこで男。自分が辰さんと付き合ってるからと言って、僕の相手まで男の人にするのはおかしい。
「女の人とは思わないんですか?」
「それはないな。お前から女の匂いが一切しない」
まぁ、そうなんだけどね。本当のことなんだけど、断言されれば腹も立つ。
「そ、そんなことないし。ぼ、僕だってモテるんだから。女の子に可愛いって良く言われるんだからね!」
ホントだよ?家に持ち帰って飾って置きたいだの、癒されるだのと、趣旨が大きく違ってはいるような気がするけど、持て囃されているのは事実だから。
「ああ、そうだな。確かに、シロは可愛いな」
揶揄うでもなく真顔で肯定されて、僕は体内に流れる血が逆流を起こし、カァーと顔が赤くなるのが分かった。
僕は赤くなった頬を宥めるように擦りながら、宝来さんを睨んだ。
そんな僕の視線を平然と受け流し宝来さんが、で?と問い掛ける。その余裕な態度が腹立たしい。
「何がですか?」
「俺を家に呼べない理由だ」
「うっ……」
僕はそっと宝来さんから視線を外し、何事もなかったかのように歩き出す。
「理由はなんだ」
「食事は何を食べますか?」
「理由だ」
「僕はオムライスが食べたいです。宝来さんは?」
「理由を言え」
宝来さんがしつこい。必死で誤魔化そうとする僕にしつこく問い質してくる。
「……………です」
「聞こえない」
「部屋が散らかっているんです!」
僕は半分キレ気味に叫んだ。
「……少々は気にしないが?」
「少々?」
片眉を上げて見上げれば、宝来さんの口元がヒクリと引きつった。
「……………じゃないのか」
「ないです」
キッパリと断言した僕に「男を連れ込む以前の問題か」と、呆れた目を向けられる。
だから、どうして男限定なんだ。
「シロは掃除が苦手か」
「苦手って言うか……どうすればいいのか分からなくて……」
僕は曖昧に語尾を濁した。片付け方が分からない。以前はカオさんが、部屋を掃除に来てくれていた。
出した物を使ったら、同じ場所にしまうんだって教えてくれたけど……でも、しまおうとしても入らない場合は?
溢れた物をどうしたらいいのか分からなくて、途方に暮れる。そして、結局片付けられなくて部屋が散らかっていくんだ。
「そうか……じゃあ、今回は俺の部屋だな。シロの部屋は、時間に余裕がある時にでも行って一緒に掃除するからな」
「え?」
「え?じゃねーよ。手伝ってやるから覚えろ。そんな顔して汚部屋とか勘弁しろ」
……顔?顔は関係ないよね?僕の疑問を読み取った宝来さんが生暖かな笑みを浮かべた。
「ま、ある意味らしいけどな」
どういう意味さ。僕はぶすくれた顔でプイとそっぽを向いた。




