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「体が動くようになったから、自分で歩けます」


 だから降ろして下さいとお願いしたのに「いや、このまま運んで行く」と、断られた。


「重いでしょ?」

「いや、軽すぎだ。シロはもっと肉を食べて太った方がいい」


 それはカオさんにも良く言われてた。

『シロは痩せ過ぎなんだからもっと食べなさい』って。


「疲労は魂にも負担が掛かる。体力を付ける為にも一杯食え」


 ぶっきらぼうな言い方だったけど、本気で心配してくれているのは分かった。僕は照れくさくて、でも嬉しくてエヘヘと笑う。


「シロ……尻尾を振るな。痛えよ」


 僕の尻尾が宝来さんの体をバシバシと叩いていた。苦情が出たから何とかしたかったけど、僕にはどうすることも出来なかったんだ。


 医務室の先生は、背が高く目鼻立ちの整った美人さんだ。白衣を羽織った姿はまるで天使のようで、彼女会いたさに通い詰める人もいるらしい。

 でも――中身は下品なサディストで、見た目に騙され迷い込んだ子羊を美味しくいただいている……らしい。

 これは全部カオさん情報だから、本当のことは分からない。

 でも、カオさんと先生は仲良しだからたぶん本当だ。


「あら、マサ。忘れ物?……あら、あらあらあら、カオのお気に入り君じゃないの。手なんか出したら殺されるわよ?」

「話はつけてある。何の問題もない」


 ……話はつけてある?僕は意味が分からなくて問いただす目を宝来さんに向けた。

 無視されたけど。


「へえ?粘り勝ちってヤツね。でも、ここでコトに及ぶのは勘弁してくれるかな」

「違う。こいつは今、俺のバディだ」

「ああ、そっか。そうだったわね。……なるほど、分かったわ。そこのベットに寝かせて」


 俺のバディだけで意味が通じたらしく、先生は頷くと診察台の上を指差した。


 宝来さんは僕をその上に乗せると、僕から離れようとした。そんな宝来さんに向かい、僕は思わず手を伸ばし行かせまいと服を掴んでしまった。


「あらあら、懐かれちゃって。マサ、そこに居てあげて」


 先生はそう言うと、僕に横になるようにと促す。


「シロ君は、悪霊に対峙したのは初めて?」

「初めてではないです」

「そうか。じゃあ、今まで対峙したあと、体調に変化はあったかな?」

「いえ……」

「うん。――ちょっと診るわね。動かないでね」

「はい」


 先生は僕と視線を合わせると、じっと僕の目を見つめた。

 ううん、違う。確かに目は合ってるけど、先生が見てるのは僕の目じゃない。

 もっと奥、僕も知らない奥深い場所を覗かれている。そんな気がして僕は怖くて心細くて、服を掴んだ手にぎゅっと力を込めた。


 宝来さんが宥めるように僕の手を握ってくれた。僕はその手の温もりに縋り付く。


「――残滓ね」

「ざんし?」

「のこりカスみたいなものだけど、侮れないの。少しでも残っていると、不調を来すわ。魂の力で消滅させる者もいるのだけど、シロくんは取り除いた方がいいわね」


 魂の力で消滅……もしかしたら、それが浄化や討伐の係になる条件の一つになるのかも。


「心配しないでね。このくらいなら、香だけで大丈夫でしょ。今日、このあと仕事は?」


 先生は僕から視線を外すと宝来さんを見た。先生の視線から逃れられた僕は、ホッと息を吐き出した。


「休みになった」

「マサも?」

「ああ」

「そう。それは良かった。今日は一緒に居てあげて。一緒に居た方が魂が安定するみたいだし……お互いにね」


 先生はニコリと笑いピンク色をした小瓶を戸棚から取り出した。蓋を開けると、ふわっと甘い花の香りが漂った。

 その香りを吸い込んだ僕はくらりと眩暈を感じた。


「これは浄化の香よ。シロくんの中の悪いモノを、この香りでやっつけようね」


 不安げな目を向ける僕に、先生は優しく笑ってくれた。


「辛かったら目を閉じていていいわよ」


 僕は微かに頷き目を閉じた。頭がクラクラして、グルングルンと目が回っていた。吐くまではいかないけど、気持ちも悪くなって僕はどうなってしまうんだろうと、不安に苛まれる。


 でも握ってくれる大きな手が、まるで僕を励ましてくれてるように思えたから、僕は頑張れたんだと思う。


「眠れるようなら、少し眠った方がいいわ。その間に終わるから」


 先生の優しい声に導かれるように、僕の意識が途絶えた。


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