21
部署内に戻り赤松さんに経緯を報告すると、赤松さんはかなり渋い顔でため息をひとつ吐き出した。
立ち上がると、宝来さんを顎でしゃくる。
「シロは待機してろ」
二人で連れ立って出て行くのを見送った僕は、自分のデスクに戻った。
何の話をしているんだろうって、僕は気になってそわそわしてしまう。
宝来さんは秘密ばかりで、僕には片鱗さえも見せてくれない。
さっきの、向井さんの言葉だって気になる。
あれはどういう意味だろう。
生きたまま闇堕ちした彼女を救うすべはないと言われた。仮に浄化の手段を取って、成功したとしても精神が病んでしまうか抜け殻のようになるだろうと。
それすらも僅かな可能性でしかないと……。
半分以上喰われた魂を癒すすべはない。
そこまでは分かる。
でも――どうして引き合いに出すかのように、宝来さんの名前が出てきたんだろう。
宝来さんがレベル5の怪我を負ったことと関係あるのかな?
「………分かんないや」
僕は宝来さんのことを何も知らない。噂レベルの話しか知らないんだ。
討伐に戻りたいかって質問にも答えてはくれなかった。
もちろん、何でもかんでも話して欲しいって思っている訳じゃない。
僕には言えない話しだってあると思うしさ。
でも、何も話してくれないのはどうかと思う。
どんなことでもいいんだ。
好きな物は何かとか、休日に何をしているだとか、そんな些細なことで構わない。でも、それすら教えて貰えないから寂しい。
もしかしたら僕は、宝来さんに信頼されていないのかなって、勘繰ってしまう。
考えれば考えるほど、そうだとしか思えなくて、僕は唇を噛み締めた。
そんなことはないって必死に思おうとするのに、疑惑と疑念に囚われて抜け出せなくなっていく。
僕はそんな自分に嫌気がさしてデスクに突っ伏した。これじゃあ僕が宝来さんを信じてないみたいだ。
気分を変える為に、僕はだらりと垂れた尻尾を掴み胸に抱き締めた。ふわふわとした真っ白な毛が僕の頬を擽る。柔らかな毛並みに顔を埋めて、大きく息を吐き出した。
家でひとり孤独を感じて落ち込んだ時、自己嫌悪でどうにかなってしまいそうな時も、尻尾を抱き締めればそれだけで、安心した。
なのに、更に憂鬱になる心を持て余す。誰か助けてと、声にならない声を上げていた。
どのくらい時間が過ぎただろうか、突っ伏したままの僕の耳に「シロ……?」と、少し戸惑う声が届いた。
宝来さんの声だと直ぐに分かった。こんな格好をしていたら、仕事中に寝てると思われてしまうと焦った僕は、顔を上げようとして自分の体がピクリとも動かないことに気付いた。
「シロ、どうしたんだ?」
「どうした宝来」
心配気な宝来さんの声と、赤松さんの声が聞こえる。
ヤバイ。部長代理だと、気持ちは焦るのに体は全く言うことを聞いてくれない。
「もしかしたら悪霊に当てられたのかもしれないな。そうか……シロも確認が必要だったな。とぼけた面してるから心配ないと思ったじゃないか」
とぼけた面って何……。
冷静に僕の状態を分析しながらも、僕を貶す赤松さんにムッとした――と、同時にホッとする。
動かない体。
不安定な精神。
そんな今の自分の状態に理由付けされたからかな。
「医務室に連れて行ってやれ。今日はこのまま二人とも休みでいい。ただでさえ人手が足りないってのに、倒れられたらコトだからな」
「分かりました」
「お前さんも……大丈夫だったからと言って過信するなよ?二人共、ゆっくり休め。これは業務命令だからな」
「はい」
宝来さんも、どこか不調があったのかな。でも、大丈夫だったのなら良かった。
僕がそんなことを考えていると、ふわりと体が浮き上がる感じがした。
「このまま運んで行きます」
「ああ、そうしてやれ」
あれ?これって、宝来さんに抱き上げられているんだろうか。重くないのかな。なんか恥ずかしいな。
でも――嬉しい。
体に感じる宝来さんの温もりが、僕の中に巣食っていた負の感情を溶かしていく。
出来るだけ振動を与えないように、ゆっくりと歩いてくれる心配りが何だか擽ったくて僕の頬が緩んだ。
「シロ……動けるのか?」
密めた声に、にへらと笑う。だらしない顔をしてる自覚はあったけど、どうにも止められなかった。
「……どっちなんだ?あんまり可愛い顔してっと襲うぞ」
僕はその言葉にビックリして、思わずパチリと目を開けた。じっと見つめる目と目がかち合い、ドキリと心臓が跳ねる。
「やっぱり動けるようになってるみたいだな」
「……あーー、そうなのかな?」
僕は視線を彷徨わせ曖昧な返事を返した。
「今はどうだ?」
真剣な声音に問い返され、僕は腕を持ち上げてみた。
「動いた」
「そうか。でも一度診て貰った方がいいな」
「……大丈夫だよ?」
「シロは今まで悪霊化された奴に遭ったことはあるのか?」
「何回かは。でも、直ぐに避難させられてた。それにカオさんがそういうのを察知するのがとても上手だったんだ。危なそうな場所には、出来るだけ僕を近寄らせないようにしてくれてたんだ」
だからあんなに長い時間、対峙することはなかった。
「――そうか。シロ、奴らの吐き出す毒を甘くみない方がいい」
「……吐き出す毒?」
「ああ、恨み言や負の感情をモロに浴びると、訓練をされてない魂は直ぐに取り込まれてしまう。討伐や浄化の連中は特別な訓練を受けるからな。ある程度は耐性が付いている。赤松さんが言ってたろ?ヤバければ逃げろって。あれはそう言う意味だ」
「じゃあ、宝来さんも耐性があるの?」
「俺は……」
宝来さんは口籠り、一瞬の間のあと「そうだな」と頷いた。
「俺も討伐から遠ざかって大分と経っているから、耐性は弱くなっていると思うが、シロよりはマシだと思う」
そう言ってニヤリと笑う。宝来さんが動けなくなった僕を揶揄った。
僕はムッと口を尖らせながらも、宝来さんが誤魔化した妙な間が気になっていた。
でも聞き返すことが出来なくて、気付かないフリをすることにしたんだ。




