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 大体、雅親だなんて呼び捨てにするなと言いたい。

 宝来さんの恋人は、辰さんなんだから、いくら色目を使ったって叶わないんだから。


 僕はムスッとしそうになる顔を何とか宥めながら、高坂さんと宝来さん。男神の格好をした宮代晃さんを見ていた。


「元気そうだな、美耶。宮代も変わりないか?」

「ええ。雅親も元気そうで良かったわ。晃と良く雅親の話をしていたのよ」

「美耶は、いつお前が討伐に戻って来るのかって、そればっかだけどな」

「だって、仕方ないじゃない。討伐に居た頃は、一緒に働くことも多かったのに、回収に回された途端、会うことも話をすることもままならなくなったんですもの」


 ホントに雅親は冷たいんだからと、高坂さんが拗ねたように唇を尖らせた。

 可愛い仕草なんだと思う。女性らしさを前面に押し出し、宝来さんを見つめる目はうるうると潤んでいる。


 宝来さんの腕に触れようとした手を、僕は知らず払い落としていた。高坂さんは驚いたような顔をして僕を見る。僕自身もびっくりして、目を丸くしながら自分の手を見つめた。


 宝来さんの顔は見れなかった。咄嗟に取ってしまった行動をどう思っただろうと思うと、怖くて顔を上げることが出来なかったんだ。


「な、何、この子……」

「俺のバディだ」


 宝来さんの視線を感じて顔を上げる。

 本日二度目になる優しい眼差しと『俺のバディ』って言葉にドキドキした。


「な、何でただのバディに手を払い落とされなきゃならないのよ」

「そりゃ、その子の許可がいるからだろう」


 聞き覚えのない声が背後から聞こえて、僕は視線を向けた。

 そこには宝来さんよりは若干低いけど、背の高い精悍な顔をした男性、向井洋輔さんが立っていた。


「げっ、向井」

「よう、久しぶりだな。向井」


 高坂さんの嫌そうな声と、親しみのこもった宝来さんの声が対照的だった。


「ちょっと向井、何でこの犬の許可が必要なのよ!」


 僕はキャンキャンと喚く高坂さんに首を竦めた。


「さあな。しょーもない詮索はおいといて、仕事するぞ。――対象者はかなりヤバイな」


 向井さんは顔を引き締め、闇に捕らわれかけている彼女に視線を向けた。


「――半分以上はやられてるわね。浄化には手に負えない」

「ああ、俺らの領分だな。――綾」


 向井さんは、傍の青年に声を掛けた。銀縁眼鏡の似合う、酷薄そうな男だ。この人は見たことないや。


「回収並びに、浄化の皆さま方は今すぐここを退いて下さい。これから討伐を開始します」

「――あのっ、あの人の魂はどうなるんでしょうか」


 僕は向井さんに訊ねた。


「消滅させる。それ以外の道はない。浄化が可能なら助けられるが、半分以上喰われてるから浄化は無理だ。例え、出来たとしても精神が病むか、抜け殻のようになるだろうな。しかも――それすらも僅かな可能性でしかない」


 グオオッと凄まじい声を上げる彼女を顎でしゃくった。


 ――消滅。


 最後の最後まで愛した人に顧みられることもなく、その思いを憎しみに変えた人。

 彼女の求めた人は死してなお、彼女より研究のことばかりに気を取られていた。彼女を擁護していたけど、そんなものは何の慰めにもならない。


 彼女の思いは報われないまま魂も消滅してしまうのだ。


「シロ」


 宝来さんの声に顔を上げた。


「大丈夫か?」


 心配そうに眉を下げる宝来さんに頷く。


 悪霊化した魂は、侵食が酷いほど救う道がなくなる。消滅しか方法はない。

 分かってはいる…………でも、僕はいつも胸が苦しくなるんだ。


 彼らにも理由があって、今消滅しか道がないって言われてしまった彼女にも、やり切れない理由があって、特に彼女は自分を重ねてしまうから。


「やり切れないね」

「なに?この子、悪霊に同情してるの?バカなの?どんな理由があろうと、これは自業自得なの。心を強く持って跳ね返すだけの精神力があればこんなことになってないわ」

「皆んなが皆んな、あなたみたいに強い訳じゃない!」

「そんなこと分かっているわよ。だから喰われてしまう。あのね――私たちはね、無理なものは無理と割り切るのも仕事の内なの。私たちは、万能じゃない。見極められなきゃ、自分たちがやられるわ。同情だけじゃ何も救えない。力もないくせに助けたいっていうのはただの傲慢よ」


 甘っちょろい男。くだらない。そう言い捨てて高坂さん達は帰って行った。


「美耶が悪かったな」


 向井さんが困った顔で笑う。


「あいつは浄化の力を持っているせいか、女神に憧れててな。救えない魂に誰よりも心を痛めているんだ。さっきのはきっと、自分自身を見ているようで腹が立ったんだろうな。気にするなよ」


 ニコリと笑った向井さんに、僕が複雑な顔で頷こうとしたところで「話が纏まったんなら、そろそろ手伝ってくれませんかねえ!!」と、綾さんの怒鳴り声が響いた。


「こっちは、あんた達が悠長に話をしている間、一人で抑え込んでたんだよ!ムカつき過ぎて闇堕ちしちまいそうだ」

「ご、ごめんなさい!」


 元はと言えば、僕が話しかけたからだ。そのせいで、綾さん一人に負担を掛けてしまった。


「あんたは可愛いから許す!」

「え…?」

「でっかいのは部署違いだから、免除!問題は、そこのバカだ!テメェは、俺の相棒だろうが!!」


 綾さんのイラついた声に、向井さんがハハハと笑う。


「綾、言葉遣いが乱れてんぞ」

「ウルセェよゴミカスが!とっとと仕事しやがりやがれ!」

「ハハハ、後で説教な。――綾がブチ切れて暴れ出す前に仕事するよ。結界を張るから、お前らも行ってくれ」


 色々と衝撃的過ぎて、呆然と固まる僕の腕を、宝来さんが掴む。


「行くぞシロ」

「あ、はい」


 頷いた僕の耳に「――」向井さんの小さな呟きが届いた。


 多分、誰かに聞かせるための言葉ではないのだろう。

 本当にボソッと、思ったことを呟いたんだと思う。でも、僕は耳がいいから聞こえた。

 ただ――それだけ。


『宝来くらい精神力が高けりゃな』


 向井さんは、そう呟いたんだ。



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