17
宝来さんとバディを組み始めて10日が経った。
勤務は夜勤に入っている。夜は昼間と違い、それほど慌ただしくはない。
それでも仕事がないなんて日にはお目にかかったことはないのだけれど。
宝来さんとは、上手くやっていると思う。
……多分。
なぜ曖昧なのかと言うと――殆ど話さないからだ。
仕事の話はする。弾むとまでは言わないけど、『そうか』『そうだな』で即終了する会話よりはマシだ。と、思う。
沈黙が苦痛な訳ではない。漂う雰囲気に拒絶は感じられないから、厭っている訳でもないと思う。
ただ――打ち解けてくれない。
カオさんとは、色んな話で盛り上がっていたから、余計に宝来さんに戸惑ってしまう。
頼りにはなる。
安心感も半端ない。今の僕は彼に対して悪感情も持ってない。持ってないどころか、もっと仲良くなりたいとまで思っている。
でも、どうすれば打ち解けて貰えるのか分からなくて、二進も三進も行かなくなっているのが今の現状だ。
「――シロ、宝来」
部長代理の赤松さんが、僕らを手招きした。夜勤の仕切りは赤松さんの担当だ。この人も部長に似て、仕事の振り方に容赦がない。
「対象者は、佐々木信広。年は35歳。死亡時刻は23時18分40秒。痴情のもつれで妻に刺されて死亡。回想に与えられる時間は24時間。回想、浄化、討伐に連絡。闇落ちしかけている場合もあるから心してかかれ。ヤバイと思ったら、浄化討伐に任せて逃げろ。――いいな」
赤松さんは、宝来さんに視線を向けた。
「宝来、お前の今の所属は回収だ。忘れるなよ?」
「はい」
鋭い目を向ける赤松さんを見返し、宝来さんは頷いた。
人に殺意を持たれて殺された人は、恨みつらみから闇落ちしやすい。
殺人をおかした人の中には、悪霊に取り憑かれた人もいるので、細心の注意が必要だ。
僕はチラリと隣を歩く宝来さんを窺う。真っ直ぐ前を向いて歩く宝来さんからは、何の感情も窺えなかった。
元々、宝来さんは討伐に居た人で、怪我を負ってしまった為に、回収に異動になったと伝え聞いている。
本来、僕達回収には悪霊化した魂を討伐する力はない。
でも――宝来さんは違う。元々討伐にいて、前線で戦っていた人だから、もちろん力もある。
赤松さんはどうして牽制するようなことを言ったのだろう。だって、わざわざ言わなくても宝来さんだって分かっているはずだ。
もしかして、回収に異動になってからも、悪霊化した魂を、討伐しようとしたことがあるのだろうか。
――あ、あの件のせいかな。
宝来さんとの一番最初の仕事の時、闇堕ち仕かけた彼女の魂を救うために力を使った。
部署間の役割はしっかりと線引きされる。回収は回収以外の仕事をすることは禁止されているんだ。
もしかしたらあれのせいで、宝来さんは部長から注意するように言われているのかな。
何も知らされてないけど……原因が僕だから気にすると思って言わなかったのかな。
じっと横目で窺いながら考え込む僕を、宝来さんが怪訝な表情を浮かべ覗き込んできた。
「どうした?シロ」
「――宝来さん、もしかして……兼松さんの件で、部長から何か言われた?」
「兼松…?――ああ、兼松弥生か」
「うん。さっき……釘を刺されていたから」
「いや、特には何も言われてない。危険な状態だったからな。止むなしの判断で、お咎めなしだ」
「本当?」
「ああ、本当だ」
じゃあ、どうして?
宝来さんは自分のことは何も語らない。だから僕には想像するしかなくて。
――実は一つ、気になってることがある。
何となく答えを知りたくなくて、聞けなかったこと。
でも――
「宝来さん………宝来さんは……討伐に、戻りたいの?」
「――何故だ?」
「うん……宝来さんは元々、討伐にいて回収に異動になった人でしょ?原因となった怪我は治ったのに、回収に回されたのは不本意だったのかなって……」
僕は語尾を曖昧に濁した。勇気を出して訊ねたけど、やっぱり答えを知りたくないって思ってしまったんだ。
もし『そうだな』って言われたら、嫌だなって。
僕自身、回想に異動したいって思ってるのに、我が儘だよね。
宝来さんは全然打ち解けてくれなくて、会話も仕事に関することしかしない。
でも僕は、この人が嫌いな訳じゃないから、討伐に帰っちゃったら寂しいと思うのはおかしくないよね?
「……そんな顔するな。自慢の尻尾がヘタってんぞ」
苦笑を伴う声が頭上から聞こえてきた。ポンと置かれた手が、優しく僕の頭を撫で、耳を擽るように触れてきた。
僕が擽ったくて耳をピクピク動かせば、耳の根元をまるでマッサージするかのように揉んでくる。その指の動きや強弱の付け方が絶妙で、すごく気持ち良かった。
僕はへにゃりと耳を倒す。
「気持ち良いか?」
低くて艶のある声に脳が痺れる。ゾクリと背筋が震えた。
僕はうっーと唸り声を上げ、宝来さんを見上げた。
じっと見つめる目にドキリと鼓動が跳ねる。僕はそんな自分を誤魔化すように、頭をふるふると振り、耳を手で押さえ「宝来さんのエッチ」と、恨みがましく睨み付ける。
「耳を触っただけで、えらい言われようだな」
苦笑を伴う声に「触り方がなんかやらしかった」と責める。
「そうか?マッサージしただけなんだがな」
惚けた声に、僕はぐるると唸った。不機嫌な顔をしてみせるけど、尻尾がゆらゆらと揺れて、宝来さんの長い脚にバッサバッサって音を立てて当たってるから、虚勢だってのはバレてると思う。
「ほら、着いたぞ」
宝来さんに促され、僕は備品庫に入った。
結局、話は流れてしまった。
――宝来さんは、僕の質問には答えてくれなかったんだ。