16
2日後、僕と宝来さんは兼松さんを迎えに行った。
都築さん、橋詰さんと一緒に佇む彼女からは、初めて見た時のような悲壮感は、感じられなかった。
「この前はひどいことを言ってしまってごめんなさい」
「ううん、私の方こそごめん」
兼松さんはそう言って頭を下げてくれた。見返す目や、漂う雰囲気に穏やかな気配を感じて、僕はホッと息を吐いた。
「それじゃあ、あとは任せたよ」
「ありがとうございました」
頭を下げる彼女の肩を軽く叩き、都築さんは橋詰さんと共に消えた。
「――心残りはありませんか」
僕の問い掛けに、彼女の瞳が揺れる。
「心残りは……やっぱりあるよ。だって、もっと生きて色んなことをしてみたかった。将来の夢もあったし、結婚だってしたかった。子供だって産んでみたかった」
僕は彼女の言葉に項垂れた。
「でも、でもねっ」
彼女はそんな僕に手を伸ばす。手を掴み僕の顔を覗き込んだ。
「無理なんだって分かってるから、だからそんな顔しないで?私ね、今度生まれ変わったら、出来なかったことをするの。兼松弥生で叶わなかった夢を絶対叶えるから」
慰められて、僕は更に落ち込みそうになった。
そして、この人は強いなと思った。17年しか生きられなかった彼女は、過去を捨て未来への夢を語る。
彼女の強い眼差しが、虚勢ではなく本心だと語る。
凄いなって、ちょっぴり感動さえ覚えていたのに――いつの間にか、彼女は僕の手を離し、僕の頭の上に生えた耳を愉しげに触る。
「………何してるの?」
「これ本物みたい。ふわふわしてて気持ちいい」
「色々台無しだよ!」
僕の感動を返してよ!
「何が?」
キョトンと首を傾げつつも、彼女はもふもふと感触を楽しむかのように両手を何度も動かす。
そして、僕の背後を覗き込み、膨らんだコートに触れる。
僕はピクリと体を震わせ、彼女から後ずさった。
「し、尻尾には触らないで。に、苦手なんだ」
「あ、ごめんね。犬のコスプレなのかと思ってたんだけど、違うんだね」
僕は憮然とした顔で彼女を睨んだ。
「犬じゃない。僕は熊だよ」
「え?……でも、その耳は犬だよね?」
「熊だよ」
「誰がどう見たって犬だよ。それか、狼?……でも、シロはどっちかと言えば犬だよね。顔だけ見れば小動物っぽいけど」
顔だけ見れば小動物っぽいってなんだよ!
「え、捕食される側?」
まるで、僕の心の声が聞こえたかのように、兼松さんが答える。
捕食される側って何だよ。
「絶対、熊ではないよね」
「ぼ、僕だって、やる時はやるんだよ!」
ふんすと胸を張る僕に兼松さんは「へえ?」と、絶対信じてない目で笑ってみせた。
「ほ、ほんと――」
「兼松さん」
押し問答を繰り返す僕らに、業を煮やした宝来さんが間に割って入り彼女を呼んだ。
「あ、はい」
「今から現世の絆を断ち切る。――構わないか?」
「――はい」
頷く彼女に軽く頷きを返したあと、宝来さんは僕に視線を向けた。
僕が頷けば、彼は僅かに眉を上げる。僕はそれに気付かないフリをして、兼松さんへと目をやった。
隣に立つ宝来さんのため息が聞こえた。
僕は宝来さんとバディを組んでから、まだ一度も魂の回収をしていない。大きな鎌を借り受けて、やり辛いからと全て押しつけていた。
だって――僕は宝来さんの回収が見たいんだ。ピンと張り詰めた空気も、漂う緊張感も好きだ。
青白く光る刀身も、そして宝来さんも、ため息が出るくらい綺麗で、ずっと見ていたいと思うから。
今だって――青白い光が弧を描き刀身が振り下ろされる。彼女の魂が解き放たれ、自由になった瞬間、宝来さんが優しく目を細め笑う。
普段、無表情で何を考えているのか分からない宝来さんの、この瞬間の笑顔を見つけた時、僕は言い知れぬ胸のときめきを感じた。
この笑顔が見たいから、きっと僕は、この先も宝来さんに仕事を押し付け続けるんだと思う。