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今日は、仕事が休みなので早めに更新します。
午後からは10件の仕事をこなした。次から次へと容赦なく仕事を振る部長に(いつものことだけど)殺意が沸いた。
待機ってなんだろうと思った。
結局、あの事故での犠牲者は5人になってしまった。亡骸に縋り付き、悲しみにくれる家族の姿が切なかった。
死はどんな人にでも平等に訪れるものだけど、突然の死は、死した人も残された人も悲しみと後悔に囚われてしまう。いつ見ても胸苦しさを覚える。
僕達の仕事の定時は7時だけど、引き継ぎや何かで、いつも帰れるのは8時を過ぎる。死にゆく人の魂をつつがなく回収するためには、死神は24時間働かなくてはならない。時間外だから待ってなんて言ってたら、大変な事態になってしまうからね。
だから、夜は交代での勤務となる。一週間ずつ昼と夜の勤務を交代して激務に勤しんでいるんだ。
タイムカードを押した僕に宝来さんが近付いてきた。
「お疲れ様でした」
「シロ、これから……」
宝来さんが何か言いかけたけど、僕のスマホの音がそれを遮った。僕は表示されている名前を見て「お先に失礼します」と、おざなりに頭を下げると、廊下に出て自販機のある休憩スペースに向かった。
「もしもし、お疲れ様です!」
勢い込んで喋る僕に、電話の向こうにいる人が苦笑する。
『お疲れ様。今、大丈夫?』
「はい」
もちろん大丈夫だ。例え、大丈夫じゃなくても、大丈夫にする。だってカオさんからの電話なのだから。
「カオさんの方こそ、大丈夫なんですか?……僕、カオさんが苦しんでいたなんて全然気付きませんでした。ずっと一緒に居たのに、一番最初に気付いて上げなきゃいけなかったのに……ごめんなさい」
僕の脳裏に口を大きく開けて、豪快に笑うカオさんの笑顔が浮かんだ。いつもあの笑顔に救われていた。『大丈夫』が口癖で、落ち込む僕の背中を、気合いだと言ってバシバシ叩いていた姿が思い起こされた。
ガサツなところのある人だったけど、誰よりも男前でかっこ良くて、大好きな人だったのに。
レベル4の診断書が提出されてしまうくらい追い詰められてたなんて、本当に全然気付かなかった。
『あーー……シロ』
カオさんが優しい声で僕を呼んだ。
『私なら大丈夫だから。そんなに落ち込まないの』
「大丈夫じゃないから、診断書が提出されたんでしょ?僕に気を使わないで下さい。僕はカオさんを本当のお母さんのように思っています。すごく大切なんです。僕じゃ頼りないかもしれないけど、カオさんの為なら何だってします。だから、僕には本当のことを言って下さい」
『………お母さんて……あんた、そこはせめてお姉さんにしてくれないかな』
「え……ダメですか?」
『ダメに決まってんでしょ。ヘコむから止めれ』
「うっ……ごめんなさい」
僕はハァーと溜め息を吐いて項垂れた。
『何でシロがヘコむのよ』
「僕はダメダメなんです。今日だって、魂をひとつ闇に堕としかけました」
『……詳しく話してごらん。聞いて上げるから』
優しい声に促されるまま、僕は朝の出来事を話した。
『なるほどねー。そりゃ、あんたが悪いわ』
僕はカオさんの、こういうところが好きだ。下手な慰めの言葉は口にしない。ダメなことはダメだと、はっきり口にする。歯に衣着せぬ発言をキツく感じる人もいるみたいだけど、そこがカオさんのいいところだ。
「はい。反省してます」
『――宝来はなんて?』
「謝る相手が間違っているって。俺は相棒なんだから気にするなって言ってもらいました」
『ふーん』
「僕、宝来さんが苦手だったけど、誤解してたんだって分かりました」
『まぁ、悪い奴じゃないんだけどね。ただ、めんどくさくて鬱陶しいだけで』
――めんどくさくて鬱陶しい?
「……そう、なんですか?」
『私はね。でも、あんたの中では印象が良くなったってんなら、あいつも本望でしょう』
「……本望?」
僕はカオさんの言ってる意味が分からなくて首を傾げた。
『ああ、いいのいいの。こっちの話だから。まぁ、上手いことやりなさい』
「はい」
『シロ……』
カオさんが、ひどく真剣な声で僕を呼んだ。その声の調子に、僕の尻尾がビクッと震える。
『大丈夫だとは思うけど、宝来がもし、もしもバカな真似をしてきたら、必死になって逃げなさいよ』
バカな真似をしてきたら必死になって逃げる……?僕はカオさんの言葉を頭の中で反芻した。
『殴っても蹴ってもいいから。手当たり次第に物を投げ付けたっていいわ。噛み付き、引っ掻き、何してもオッケー。もちろん急所を狙うのよ。とにかく逃げて。――分かったわね』
「蹴っても殴っても……?何してもオッケーって……カオさん、言ってる意味が良く分からないよ」
僕は激しく瞬きを繰り返した。物騒なことを言い出したカオさんの真意が掴めず途方に暮れた。
『いいから。約束して』
強く言われ、分からないまま僕は頷いた。きっと頷かないと話は終わらないような気がしたからなんだけど……僕の返事に満足したカオさんが、元気よくまたねって言って電話を切ったあとも、僕は呆けたようにその場に立ち尽くしていた。