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席に座る僕を、宝来さんが焦った顔で迫って来た。
「あ、あのな、シロ」
「何ですか?」
「ち、痴話喧嘩って……」
「だって、痴話喧嘩でしょ?」
見上げる先の宝来さんの狼狽ぶりに、僕はああと得心する。これは、口止めに来たのに違いない。同じ部署内で恋人がいるとなると、他の人も気を使うだろうし、色々大変なんだろう。
まあ、噂として流れてはいるんだけどね。火の無い所に煙は立たないってやつだね。
「付き合ってるってことは内緒なんですね」
小さい声で問う僕に、宝来さんは大きく目を瞠り固まった。
「でも、あんなに戯れあってたらバレバレですよ。仲が良いのはいいですけど、人目が気になるなら考えないと」
「……ま、待て、シロ。誤解だ」
「隠さなくてもいいですって。僕は口が固いんです。安心して下さい。――あ、でもカオさんには言っちゃうかも……僕、カオさんには何でも喋っちゃうから」
「いや、待て」
「それ以外の人には、お口チャックです」
僕は分かってる。大丈夫だと、力強く頷いた。
「い、いやな。そうじゃなくて……」
「189~192番の人、お待ちどうさまでーす」
マイクのアナウンスが、宝来さんの言葉を遮った。僕は自分の食券番号に目を向けた。
「出来たみたいですよ。取りに行かなきゃ」
複雑な顔をしてる宝来さんに首を捻りながら、辰さんを見上げた。
「辰さん……?」
辰さんは口元を覆い隠し、俯き肩を震わせていた。僕は目を大きく見開くと、耳も尻尾もピンと立てて宝来さんの腕を揺すぶった。
「宝来さん、宝来さん。辰さんが泣いてます」
僕が慰めて上げて下さいと、宝来さんに促せば、ぶっと噴き出すような声が聞こえて来た。宝来さんがゆっくりと辰さんに振り返った。
僕は本当はこの場から去った方がいいのだと思う。
二人のイチャつきを見るのは目の毒だと分かってはいるけど、何となく立ち去り難くて二人に視線を向けた。
すると、宝来さんと目が合った辰さんが、なぜか顔を青ざめさせ、ひっと声を漏らし顔を逸らしていた。
その様子を訝しく思う僕の耳に「189~191のお客様~」と、再度アナウンスが流れた。僕は慌てて立ち上がり二人に向かって行きますよと、声を掛けて受け取り口に向かった。
食事をしている間、目の前に座る辰さんは少し気まずそうな顔をしていた。宝来さんはそんな辰さんを放っておいて、僕に何か言いたげな顔をしていたけど無視した。
だって、さっきの話なら本当に誰にも言うつもりはない。(カオさん以外)
話を蒸し返して念押しなんてされたら、宝来さんに信頼されてないんだって思っちゃうから。
確かに信頼関係は一朝一夕で築けるものじゃないと分かってはいるけど、バディになった僕を信じて欲しかった。
それに、そんなことよりも恋人へのフォローをちゃんとすればいいのにって、僕は食べながら思っていたんだ。
転生後、ここで縁を持った人とは、その繋がりの深さによって現世での関わり方が変わってくる。
魂の繋がりがより強固になった人たちは、転生後にも出会う可能性が高くなるんだ。
それは――恋人や夫婦、肉親に友人。その関係は様々だ。
魂は真っさらな状態になるから覚えてはいないんだけど、繋がりが消える訳ではないから。
転生を司る大いなる存在も、その辺はちゃんと考慮してくれるから、彼らは現世で再び相まみえることが出来るんだ。
だから今、宝来さんがやらなきゃいけないのは、僕への口止めじゃなくて、辰さんへのフォローなんだ。
目に見えないような小さな傷やヒビだって、放置しちゃダメ。その度に修復してあげなきゃ、いずれは大きな傷になって、壊れてしまう。
失ってから後悔しても遅いのだから。
「ごちそうさまでした」
僕は急いでご飯を食べると立ち上がった。
驚いた顔をする二人に「お先です」と告げて、返却口へと向かう。
宝来さんの呼び止める声は聞こえたけど、僕は聞こえないフリをした。僕が居るから話せないのなら、早々に立ち去るのが礼儀だよね。
それでも何となく気になって、チラリと後ろを振り返れば、二人仲良く話す姿が目に入る。
お邪魔虫だったのは自覚してるけど、そんな姿を見せられたら、何だか寂しくて胸がズキンと痛んだ。
――仲間外れにされたような気分だろうか。
昔、まだ僕がぬいぐるみだった頃に感じた思いに似ているような気がして、プルプルと頭を振ってそんな思いを打ち消した。
僕は二人から顔を背け食堂を後にした。