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山の神様のうっかり-引越し先で願いごとをしたら思った以上の幸せがもらえた話-

作者: 鈴乃

 俺は山の神様に会ったことがある。

 子供のころの話だ。


 俺はよく一人で裏山を探検していた。

 ある日、茂みの奥にさびれたほこらを見つけた。

 長いこと拝まれたようすはなく、屋根にも台座にも雑草が生えている。


「ここの神さんもひとりぼっちなんかなぁ」


 当時、俺は親の都合で引っ越してきたばかりだった。

 それまで暮らしていた場所とは、言葉も、習慣も、食べ物の味付けも違う。

 親はタワーやランドに行こうかと言ってくれたが、当時の俺はあまり楽しめなかった。

 表立っていじめられるようなことはなかったものの、クラスのやつらと自分の間に見えない壁があるような気がしていた。


 なんとなくほこらに親近感を覚えた俺は、周りの雑草を抜いて、持っていたペットボトルの水をそなえた。

 さて、と帰ろうとした、その時だ。


「少年」

 背後から声が聞こえた。


 振り返ると、山の中に不似合いな着物姿の兄さんが立っていた。

 当時はその程度のことしか思わなかったが、今ならわかる。

 兄さんは色のあせた狩衣かりぎぬ烏帽子(えぼし)を身に着けていた。二十代にも四十代にも見える顔立ちなのに、髪と眉毛は真っ白だった。


「わしの家を掃除してくれてありがとう。なにか欲しいものはあるか?」

「え……ええ?」

「なんでもいいぞ。菓子でも、おもちゃでも、金でも、好きなものをやろう」

 ガキの俺は震え上がった。


 その日は学校で防犯の授業があった。

 クラスのみんなで動画を見た。

『お菓子をあげる』とか『おもちゃを買ってあげる』とか言って、子供を連れ去る悪いヤツがいた。

 あれが今、自分の身に起こっているんだと。


 男はにこにこと笑いながらこっちを見ている。

 俺は急激な心細さに襲われた。

『一人で遊んでいる子供は、変な人に狙われて危ないんだよ』

 親や先生に何度も注意されていたのに、どうして無視したんだろう。


ーーーーだっておらんねんもん。

 遊ぶ子おらんねんもん。

 がんばって(はなし)したけど、おれがしゃべったらみんな変なカオすんねん。


 俺はカッとなって叫んだ。

「ほんなら…………『ツレ』くれや!」


 行きどころのないさびしさをごまかすようにじだんだを踏んだ。


「なんでも話せる、めっちゃ気ぃ合う、世界一のツレや!! できひんやろアホ! アホーーーー!!」


 俺は泣きながら逃げ出した。

 怖いやらくやしいやら、頭の中はパニックだった。

 予想に反して兄さんは追ってこなかった。


「よしよし、叶えてしんぜよう」

 その声だけはやけにはっきり聞こえた。


 その日以来、俺は必死でクラスメイトと遊ぶようになった。

 まだ俺の方言に面食らう子はいたけど、なんてったって誘拐されかけたんだ、俺は二度と一人で遊ばないと決めていた。


 ある日、遊ぶ相手がいなくて、隣のクラスの女の子に声をかけた。

 彼女はすごく可愛くて、活発で、俺の知らない遊びをたくさん知っていた。

 何をするのも楽しくて、日が暮れるまで二人でけらけら笑っていた。


 俺と彼女はあっという間に親友になった。

 学校を卒業しても付き合いは続き、やがて恋人になり、今では夫婦だ。


 あの日の兄さんは山の神様だったのか、はたまた怪異か、マジの不審者だったのか、未だにわからない。


 でも兄さんに会わなければ、俺はずっと一人で山を歩き回っていただろう。どんなかたちでも、クラスメイトとの壁を壊すきっかけをくれたのは兄さんだ。


 なにより『友達がほしい』と願った俺を、こんな素敵な妻と引き合わせてくれた。


 あの人はきっと、気のいい神様だよ。

※関西圏での『ツレ』=友達

関東圏での『ツレ』=恋人または配偶者


(年代/地域によって差があります)

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