帰ろ。
「おい、おっさん。怪我したくなかったら有り金全部出しな」
ネオン看板の立ち並ぶ繁華街。どこにでもいるような薄毛のメガネを掛けた会社帰りの中年男性が、今にもガラの悪い不良青年にカツアゲを受けていた。男性は背中を丸めて小刻みに震えている。繁華街を通る通行人は顔を向けれど距離を取るように通り去る。誰もこのおっさんを助ける様子はない。
「あ、あの。もし僕のお金だけで許してくれるんならいくらでも渡しますんで勘弁してください」
おっさんの情けない懇願は不良たちの持つサディスト的な心を沸き立たせる。
「おっさんそういうの良いからさ～早くお金全部出してよ～」
「そーいやさ～進也。最近ボクシングごっこやってなくね～どおりでむしゃくしゃしてたわけだ。そんで～、ここに良いサンドバッグ代わりがいるじゃん」
そう不敵な笑みを見せる男は進也と呼んだ不良に提案を促す。
「おっ。ナイスアイデア涼介。オッケ！じゃあ～おじさんは俺達についてきてもらうこと決定～」
その名前とは違って一切の涼やかさを見せない涼介という男の提案を聞き入れた進也は、そう言いながらおっさんの手首を握ると裏路地へと引っ張り出し、逃げないように涼介がおっさんを後ろから押すように続いた。
「ちょっと涼介。このおっさん抑えててくれない。サンドバッグ逃げられたら大変だし」
そう言うと涼介はおっさんを羽交い締めにした。
「お願いです。お金は出しますから。荒事だけはやめてください。お願いします」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃあね～よ、おっさん」
おっさんの懇願は不良たちを焚きつける。殺る気マックスである。そして「おらよっ」っと進也が右フックをおっさんの脇腹に叩き込もうとした、その瞬間、羽交い締めのおっさんの蹴りが進也の肝臓めがけて素早く飛んだ。その反動で羽交い締めにしていた涼介は後ろによろめいた。おっさんはその隙を逃さず羽交い締めを振りほどくと、がら空きの胴体目掛けて連拳を放った。そして後ろに再びよろめく涼介の手を掴むと、片膝の内側を蹴りで崩し、もう片手で後頭部を掴むと壁に叩きつけた。涼介は気絶した。蹴りの痛みが引いてきたのか、立ち上がった進也は助走をつけて大振りな拳を放とうとしていた。
「クソがー！死ねー！」
それを見逃さなかったおっさんは、進也の大振りなパンチが放たれる中程で進也の二の腕に自分の下腕を当てることで迎撃し、肘で顎を下から殴り上げた。そして後ろによろける進也に間髪入れずに顔を連撃で殴りつけた。
「ぐぇ。もぇやめおて。ぐ。げ」
そんな声に構わずおっさんは進也の顔に拳を打ち付け続け、進也は動くのを止めた。
「だから、荒事は止めてほしかったんですよ。手が傷つくじゃないですか」
そうボソリとつぶやくおっさんの目は鋭く研ぎ澄まされた獣の目であった。
「帰ろ。この事報告しないといかないのか～。は～」
そうため息を吐くおっさんは裏路地を出ると繁華街へと消えていった。
