【前章 弐】渉る
凛には向こうへ渡れないという焦燥があった
向こうが何かわからないが、どうしてもそこへ行きたかった
微睡みの中でだけ行けるあの場所へ
その思いはその因となっているとある地点に飛んだ
宿世の、遂げられなかった思い
愛する者と巡り会う筈が巡り会えなかった
彼が愛に心閉ざしていたが為に…
対と共に行かねば辿り着けない
彼に気づいてもらえなかった
我は京から離れられず、側に居てやれなかった
彼は我を最後まで女と知らなかった
当然だ。殆ど言葉を交わせなかったのだから
それに、周囲には縁ある者が居たのに、その彼らともあまり話さず、最後まで孤独だった
彼は鬼を地上から殲滅し、命を成し遂げたのに…
彼を覚えている者は誰も居らず、記録は全て抹消された。忌むべき鬼の事を誰も覚えていたくなかったし、後世にも残したくなかった。沢山の亡骸を供養する為の、鬼塚だけが残った。やがてそれも風化した
我のこの罪の意識と後悔が身体を重くする
絶望し、自害という方法を取ったが為に、彼は完全な姿で転生せず、長い時を待たねばならなかった
その間も色んな方法で終わらせるべく試みたが、やはり成されなかった
絶望は仕方ない
己の真逆であるが為に、彼は絶望に強く惹かれる
絶望しなければ納得いかないのだろう。己を忘れる事にも徹底するならば彼はそこまでやるだろう
それに、わかっている。彼は一直線に目的地に行く事しか考えないから、道々に置かれた受け取るべき体験を、喜ぶ暇も惜しんでしまうのだ
だがそういう事ではない
それらも含めて彼の道なのだ
黒岩から離れられない那由の代わりに、新しい分身を作り出した
自ら分身に入るのは危険を孕むが致し方ない
ここで那津が鬼によって亡くなったら、世界の消滅を早めるだろう
更にもう一人の分身を生み出した
それは美代として、役を帯びその身を置いた
親が子を思う愛が真の剣を生み出す
剣は実を顕す
それを彼に贈ろう
彼に贈られた世界が彼に微笑んでいる事を気づいて貰えるように…
その時をその時とする目的を決すると、いくつかの光が各時各所に散って行った
既に凛は六回同じ生を繰り返している
今回は、なんとしてでも凛の寿命が尽きる前に…
付け足しました
実は一番最初「とある村」は本編と繋がっていません
童らの歌う鬼退治の歌で「くんど」とあるのは那津の故郷の事です