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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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番外編 薬師の巫女

「忘鬼の謂われ」前日譚

逸彦と桃木の毘古が鬼退治の命を持つ前の物語です


オミは道を歩いていた。両側に緑の草が生い茂り風に揺れている。平な道で温かな手を繋ぎ引かれている。あちこちに小さな青色の花が咲いている。心の奥がじんとするような青だ

「かか様。青の花が綺麗だ。何という名なんだ」

オミが見上げると美しい女が優しく微笑んでいる

「それはツキクサだ。日が高くなると花は萎んでしまう。草は煎じると熱を下げる。喉が痛い時はうがいをすると良い」

オミは何か嬉しくなり

「かか様は何でもご存知だ」

かかを見上げる

「オミも薬師になるのなら覚えておくと良い」

オミは元気よく返事をする


オミは小さい頃その人を母だと信じていた


大きくなるとその人が母であるわけがないとわかって来た

何故なら、彼女は巫女であり処女(おとめ)だったからだ


彼女の四人の兄達が集落を治めていた。だが人々は彼女を中心にまとまっていた

巫女はイチイの姫巫女と呼ばれて居た

イチイは祈祷をし、啓示を降ろした。皆はそれに順い、特に不満は無かった

集落の中心にある竪穴住居に暮らしていた。巫女の家だからと言っても、周囲の家と大差無かった。ただ、入り口の両側には木が立っていた


皆は困り事があると、イチイの元へと訪れる。巫女は誰が来ても歓迎し、家に入れ、茶を淹れた。大概はその客人の様子を見て、どんな茶を淹れたら良いのか降りて来る。それで薬草を調合する。茶を飲ませながら、話を聴く。人はイチイを相手に話すうちに七割方は解決し始める。それでも解決しないならば、祈祷をするか、占いをして神に伺って啓示を降ろす。皆は感謝して帰って行く。そんな毎日だった

季節の変わり目には種蒔きの時期や気候を占う。もし雨が長い事降らなければ、神に祈りを捧げる。すると恵の雨が降り出す

イチイは川の氾濫の時期を心得ていた。川の水が溢れそうになると皆に言い、皆は川には近づかない。川の水はまた引き、その後には生まれ変わった肥沃な土地が広がる。そこに打ち揚げられた水草を食べようと牛も馬も野生の小動物も集まって来る。彼らが一通り満足すると、人々はそこに再び苗を植える


イチイはこの地と人々を愛していた

人々の営みと、その中にある慎ましやかな心と恵を受け入れる(さま)を愛していた

人々がその喜びを喜びと認める時を愛していた

満たされた空気が見えずとも彼女の周りに発せられ、人々を安心させていた

この巫女が確かに巫女であり、この辺り一帯を統べているという事は、ごく当たり前に皆に感じられていた


オミは両親のわからぬ子だった。もの心ついた時から、イチイの側に居た。イチイはオミを可愛がった。夜は抱いて眠り、何処へ行くにも連れて行った。薬草採りにも一緒に行き、採りながらその知識を語った。オミはかかを大好きだった。人々に慕われている様子も好きだったし、何でも知っていると誇りに思っていた。歳の差は十と三つ程だった


ある時、外国(とつくに)から貢ぎ物と共に、文が届いた。

その中には龍の紋様が織り込まれた赤い布があった。イチイはそれを家の中に掛けて飾った。そしてまた文を出した


小さなオミは尋ねた

「外国から届いた贈り物なのか」

「これは以前我が書き送った文と贈り物に対する返礼なのだ」


イチイが外国(とつくに)へと出した文は長い旅をして、相手に届き、また長い旅をして返事と贈り物が届いたのだった。


「届く頃には送った内容を忘れてしまいそうだな」

「そう。だから文字があると良い」

イチイはオミに文字を教えた。


届いた物の中には青銅の鏡があった

オミがイチイの膝に抱かれて鏡を覗き込むと、二人の顔が映った。己が笑うと丸い鏡の中の顔も笑う。驚いていると教えてくれた

「これは己の顔を映し見るものぞ」


オミが十一になる頃、その家にはもう一人赤ん坊が来た。その子は女の子で、名をイヨと言った。それを見た時、もしかしてかかは己の母ではないのかもと思い始めた。周囲にある家では当たり前に、とととかかがいてその間に子がいるが、この家にはととは居なかった。


オミの背丈がイチイを抜きそうになると、イチイはもう同じ(しとね)には寝なかった。イチイはイヨだけを抱いて眠るようになった。オミはイヨに若干の嫉妬を覚えぬでもなかった


己の身体が刻々と大人になっていく中で、イチイとどう接したら良いのか戸惑った。そもそも母でも無いのに何故己を引き取って、ここまで育てたのかわからなかった。己が置かれている立ち位置が不明である事に怒りを感じた。周囲の同い年位の男の子らが、やはり同い年位の女の子についてあれこれ言うのを聞いても、オミは何も思わないし、興味も無かった。イチイに子では無いならば男として認められたいと思った。オミの想いはイチイにあり、それは募る一方だった。



ある時外国(とつくに)からだと言う青銅の鐘が届いた

だがそれは文の返事ではなかったし、それを送って来たのは外国でもなかった。朝廷だった

イチイの兄達は集落の中央に柱を組むと、その鐘を吊るした。そして、時を知らせる為に、定期的に鳴らすようになった

それを聞いて兄達も、集落の人々も喜んだ

だがイチイはその音を聞いて蒼ざめた


オミはそれを見て、何か良くない事なのかと感じた


毎日、日がある高さになると鐘を鳴らす。

それから、米の収穫を管理するようになった。皆は川の流れを変えて、堰を作るようになった。川は氾濫しなくなった。同じ広さの田に米は倍近く穫れるようになった。だがそうすると今度は皆は欲張りになった。収穫が上がった分、土地は疲れて収穫が著しく減る年が現れた。皆はそれを不満に思った


オミが青年になった頃のある日、イチイとオミは堂に行った。堂は少し高床に作った建物で、集めた薬草を建物内に干しては貯えていた。二人共ここが好きだった。小高い丘の上にあり、森が隣に広がっている。その向こうにどこまでも空が広がる。集落全体を眺める事もできる

自分らの家には常に誰かが訪れるが、ここには誰も来ない。好きなだけ作業に没頭できる


オミは薬草を張った紐に吊るしながら、思い切って尋ねた

「イチイは(おれ)のかかではないのだろう、どういうつもりで己を引き取ったのだ」

イチイは背を向け座って薬草を選り分ける作業をしていたが、黙っていて返事は無かった

「なあ、イチイは誰かと契り結ばんのか。(おれ)夫婦(めおと)とならんか」

イチイはやはり無言だったが、薬草に目を落としながらも選り分ける手は止まっていた

オミはイチイの前に回り込み、その顔を覗き込んだ。オミがイチイの手を取るとイチイはオミを見たが何も言わなかった。オミはイチイの頰に手を触れ、そのまま首筋から襟と首飾りの内側に触れたが、イチイは表情を変えず黙ってされるがままになっていた。オミはイチイの身体をそのまま仰向けにゆっくり押し倒し己の身体でそっと抑えたが、やはりされるがままだった

オミは戸惑った。イチイが抵抗しないが為に、己もそれ以上何もできなかった。ただ眼の前にある美しいイチイの顔に見入った。久しく間近に見ていなかった

オミは何故か胸に込み上げて来るものがあった。イチイの見上げる目が己を貫いて遠くを見ているような気がした


オミは床に広がったイチイの濡羽色の髪をまさぐりながら言った

「何故抗わんのだ。巫女の座を失っても構わんのか」

「オミは何もせんだろう。我がどこまで受け入れるかを試しているだけだ」

オミは少し悔しい気がした。所詮子供と思われているのだ

「我には否という性質が無い。オミがやりたい、試みたいと思う事を止めたいとは思わん。気が済んだか」

オミは泣きそうだった。全て見透かされている。オミは心に仕返しのような気持ちがあったと気づいた


恥じ入った己の表情を隠そうとイチイの肩に顔を埋めた

(おれ)を嫌いにならんでくれ。イチイを愛しく思う。本当だ。もうかかと思いたくないのだ」

イチイもオミの気持ちをほぐすように優しく言った

「我が我として満たされているのはオミのおかげだ。我もオミが愛しい。だからこそだ。我は全てをオミに捧げよう。ただしこの身以外だ」

イチイの答えが何を意味するのかわからなかった。己の頭を持ち上げその顔を見た

「巫女だからなのか」

「もっと深い事だ。オミよ、我は道以外の事はせんのだ。わかるだろう。我等の運命がそのように結ばれていないならば、それはそうすべきでは無いからだ。道が道である深き由は、今すぐわからずとも良いのだ」


オミは身を起こしてイチイを解放した

イチイも起き上がり、潤んだ目でオミを見詰めた

オミはその目を見て己が愛されている事は良くわかった。ただ巫女は多くの事を知り、賢いから、己ではわからぬ基準でそうなのだなと受け入れた

オミはイチイを抱き締め、イチイもオミを抱き締めた。オミはこういう気持ちでイチイに触れた事は無かったと気づいた。離れ難かった。いつも側に居るのが当たり前だったものが、本当は遠くにあった。オミは深い寂しさを己が感じ続けていたと悟った

それからのちは二人はその事に触れなかった


二つ季節が巡りオミが成人した時、イチイはオミの髪をみずらに結った。それから、イチイは堂に行こうとオミを誘った。以前にあんな事をしてしまったので、オミはイチイと堂で二人きりになる事を避けていた。どう言う訳で此処に己を誘ったのだろうかと思った


イチイはオミに話しておきたかった。これから起こる我が運命を


「あの青銅の鐘がこの地に届いた時から、我は危惧して居った。恐らくそれは現実となるだろう。あれは自然(じねん)を捻じ曲げる音を発する装置なのだ」


あれは太古に命の禁忌を侵し続け、滅んだ文明の遺産だ。何度も命の大元を害した為、(ことわり)が跳ね返った。彼らは今際(いまわ)の際に、自らを変化(へんげ)させ、生き残りの策を投じた。それは知っていた。だがあの装置の複製を作って国内に配るとは、朝廷には何者かおかしい者が居るのだ。この地の穏やかで人らしい生活が、ずっと続きはしない事を悟った


「森や大地や川が、そのままに我等に与えるもので充分なのに、人はもっと多くを欲しがるようになった。時を、大地を管理するようになり、人を管理する人が置かれるようになった。人を管理する代償に税を取るようになった。これが何を意味するのかわかるか」

オミは黙っていた。イチイがオミを育てながら与えた全ては、今言われた事が違和感をもたらすものだとはっきり告げた


「人は道に逆らい始めた」

「そうだ。だがそれに対して、我等は止める事も抵抗もできぬ。抗うという道が無いからだ。愛は受け入れる事しかできぬ」

イチイはオミを見詰めて言った

「これから、直ぐではない、長い時が経った後の話だ。このように少しずつ人の心を翳らせ曇らせて行くうちに、人の中に異形の者が現れよう。それは人々に伝染し、命を喰うものだ」

オミは黙って聞いていた。イチイが何故その話を己にするのかわからないが、重要なことなのだと思った。

「それとの戦いは長きに渡り、地上に広がったそれを最後まで殲滅せねば、この世はもうこの世に戻らぬのだ」

「戦わねばならんのか。イチイは誰よりも争いを好まぬだろう。兄達の剣を厭うだろう」

「好まぬが否定はせぬ。必要な事もあろう」

オミは黙っていた。もしもそのような事があらば、己が剣を取ろうと思った

オミがそう言うと、イチイは微笑んだ。だがその目は少しだけ憂いを含んでいた


「だがここで約束しよう。もしそれが成し遂げられたならば、我は汝と結ばれる道が拓ける」

「そうなのか。それはいつだ」

「ずっと先だ、生と死が何度も繰り返した先に。…今よりも遥かに(いにしえ)の頃、我等は夫婦(めおと)だった。道を分けたのは、より早く事を進める為だ」


遥か古に、二人は(つい)だった。そうではないという事を体験した事は無かった。だが、このままの流れでは全ての事を終わらせる前に命の大元の命が尽きると読んで、神は別れる事を決めた。そう告げられた時、泣いたが、やはり拒む事は無かった。神にはその道しか残されていないと知っていた。そして神は決断し、己が何者かを忘れた


「これから、我はもう己として生まれ得ぬ。様々な要因が重なり、来世で汝と会うのも難しい。だから今世では長い別れの前に、汝と一緒に穏やかに暮らしたかった。それが望みだったのだ、我等の」

「何故今それを話す」

イチイは寂しげに笑った


「汝は元服した。これからは己で己の人生を決めてみよ。何でも良い。我が心に尋ね決めよ」

(おれ)はイチイのようにはできん。(おれ)は間違いを犯す。あの時も」

イチイは首を振った

「我のようにする必要はあらぬ。汝は汝の道に順え。我の教えた事をも信じてはならん。それは過ぎ去ったとある時の言葉に過ぎぬ。いつも今に在れ。己の思いに誠実にオミのできる事をせよ。オミのする事に間違いは起こらん」


オミはイチイを見た。イチイはいつもオミの気持ちを大事にしてくれていた。それがどういう事だったのかをわかったような気がした

「やがてはイヨを妻としても良い。或いは巫女として仕えても構わぬ。イヨは才あると予見して引き取った子だ。汝に良いようになろう」

その言葉にオミの心は深く痛んだ

「イチイよ、(おれ)が愛するのは汝のみと知っていてそのような事を言うのか」

「知っているから言うのだ。言ったろう、我は全てをオミに捧げんと」

イチイはオミの目を見た。その目は優しく、いつものように慈しみに溢れていたが、その奥には何ものにも揺るがぬ強い光が宿っていた

「わかった。それがイチイの我への思いなのだな」

掠れた声でオミは言った

「そうだ、そう受け取ってくれ」

そして歌った


我が歌は風になりき

心ままにいきはつるるは

我が心も音も在なりし

歌よ 汝は風と(いにしえ)(さと)


(いきはつるる:生き初るる と 息発るる を掛けている)


イチイはオミの頰に手を触れた。母と子であった頃のように慈しみその肌を確かめた。オミはその手を掴んで握った。胸の奥が締め付けられるように痛み、愛おしさが喉を締めた


涙が目から流れたが、オミは己がもうこの人の子供では居られないのだと受け入れた。母と思いたくないと思った筈だったのに、心の隅でずっと子供のようで居たかったのは自分の方だった。家に戻ると、オミは荷物をまとめた。イチイの家から戸口をくぐって出ると、もう振り返らなかった


オミはイチイの兄達に受け入れられ、末の弟として扱われるようになった。剣術を習得しようと、青銅の太刀を振るう修練を始めた



その事があって年が一巡り過ぎた頃、朝廷からの使者が来た

その者が来てから、兄達の雰囲気が変わった。オミは何かおかしいと思った。兄達は集まってひそひそと話し合う事が多くなった。



収穫の祭りの夜、気になってイチイの家を訪れた。最近の兄達の様子を、イチイに相談しようと思ったのだ。この時間帯、家々は少し豪華な料理を食べ祝うに忙しく、イチイの家には誰も訪れぬと知っていた


イチイはオミが来た事を大層驚いた。イチイが驚くのを見るのは珍しいとオミは思った。家にイヨは居なかった

「馳走持たせて隣の家に行かせた。この家はオミが去ってから寂しくなった」

オミは炉の前に座った。イチイはオミの為に茶を淹れようと吊るしてある中から薬草を選んでいた


その時ちょうど、兄の従者が来て声を掛け、入り口付近に小さい甕を置いた。収穫祭の後に果実の酒を各家に届けるのは昔からの慣わしだ

オミは箱から以前にイチイと一緒に焼いた脚付の杯を二つ取り出した。オミは兄達の気になる様子を話した。話しながら、その酒をイチイと己の杯に注いだ


酒の杯を口に付けようと持ち上げたその時だ


突然、イチイは杯とオミの間に己が身を滑り込ませた。それからオミの唇に己の唇を重ね接吻した

オミは突然の事に驚いたが、その甘美な感触に酔った。杯を持っていた事を忘れ、自らの両手でイチイの身体に手を回し、抱き締めた。焼物の杯は手から落ち地面で割れた。イチイの腕もオミの背と首に回され、薬草がオミの背中ではらはらと散った

己の器から相手の器に注ぎ注がれるものが互いを満たし合うかのようだった。胸の奥が熱くわいて、二人の全ては均等に溶けてしまった

オミは己を己としていたものを忘れた。そしてその向こうにも別の己が居てこちらを見ているのに気づいた



その感覚は唐突に終わった。イチイはまた突然身を離した。引いて行く余韻の中で、オミは我に返ったが、今のイチイの口付けの意味がわからなかった。そういう事をする人とも思えなかった。イチイは言った

「まだ思い出す時ではない」


イチイは潤んだ目を細めオミを見、微笑んだ。

「これで我は汚れた身であろう。もう巫女で居れまい」

イチイはまだ飲まれていない己の杯を持つとその中身を干した。そして甕の中に残る酒を炉の灰に溢した。それに目を移したオミは慣れない生臭い匂いを微かに嗅いだ。

「イヨを頼むぞ」

オミはその瞬間にその酒に毒が入っていた事を悟った。朝廷に(そそのか)された兄達が、巫女の暗殺を目論んだのだった


「これが汝の道なのか。毒などイチイなら避けられるだろうに」

「これが我が道だ。我は兄達にあやめられる。それは避けようも無い」


イチイは苦しげに身体を崩した。オミはその身体を抱き止めた。痙攣し、自由が効かない様子でイチイは言う

「我が死と共に一つの時代は終わろう。汝は兄達を恨むなよ、彼らは恐れているだけだ。それに」

オミを見上げて言う

「汝が今晩ここに来るとは読まなかったのだ。だが互いに思い残す事は少なき方が良い」


オミは差し伸べようとするイチイの手を取った

遠のく意識の中でイチイはオミに言った

「我が歌を我が故郷に運べ」

オミはその故郷が何処を指すのかわからないが、答えた

「必ずそうしよう」

オミは我が腕の中で最愛の者の命が消え去りつつあるのを感じ、涙を流した

オミは内から湧く思いに順い、もう愛から逃げないと誓った

そしてその愛しい命に再び触れたいと願った


イチイは笑むと目を閉じ、意識を失った

最後の痙攣がその呼吸を止めるまで、オミは泣きながらイチイの身体を抱き締めていた




あの我が都、その当時そこは薔薇の都と呼ばれていた。皆は一つの言葉を話し、全てが明るく憂いは無かった。満たされた幸だけがあった。

あの都の民の心を最も反映したこの国もまた、不調和の波に押し流されて行くのはやはり心が痛んだ


イチイは今までの世界も、これからの世界も愛していた

たとえ不調和が過ぎてその世に我が身を置けぬとしても、命が命を知らんと望み生み出す世界が、美しく無い筈が無いと知っていた。そして愛する者の望みを叶える為に、それに全てを捧げるつもりだった

そしてその暁には必ず愛は再び愛となり巡り会うだろう。その時己は己であって己で無い。(つい)もまたそうであろう

愛が愛として再び織り成すこの世の美しさに想いを馳せる

そこには完全なる調和が、人の心には命の歓喜が、大地には豊かさが溢れそれは永遠に続くだろう

それが我が道、我が喜び、我が待ち望む故郷

イチイだったものは愛に運ばれ先に故郷へと飛んだ

そして訪れる誰かがその羊膜を開き世を世として顕現させるのを待つ


「桃語る」よりも前の時代で、この頃の自称は「()」だったかも知れないのですが、そこまで書くと意味がすんなり通じないと思い、「我」「汝」にしました

弥生時代は父はティティですが、母がパパだったらしいです


この物語の始まりは、別話「薔薇の都」を合わせて読んでください

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