表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
84/96

【決戦】最後の決戦

この物語はフィクションです。



鬼討伐に集められた皆は此処へ至る軌跡を思った。

実穂高の邸の納戸小屋で集い、話した

皆は互いに好感が持てた。信頼する実穂高が声掛けたのだからとは思っていたが、直ぐに打ち解けた。

その小屋に居た逸彦を見た時、その存在の重さと揺るぎない芯に圧倒された。己の道から逃げず目を逸らさずに生きてきた様が、もう既に香っていた。紹介されて成る程と誰しもが思ったのだった

だが彼は己の凄さの認識があまり無かった。そして心に深く皆には見えない痛みを抱えていた。それ故皆は彼を実穂高に任せて来た。また二人の気高い者同士の絆が、皆の中心となった

恐ろしい事もあったし、逸彦頼みで申し訳無いと思う事もあったが、その己に力を貸そうとする導きの現れに、皆感謝した

鳥を通じて手を差し伸べてくれている何かの存在を感じた


旅は終わろうとしている。必ず報われよう

実穂高の行った儀での言葉を皆思い起こした。誰とも無くその言葉を口にした


「この愛に導かれ、我が愛と繫がる」

最後は全員が口を合わせ唱えた

「愛は我が(いのち)を照らし、その役を全うせしめん」

そして水師は愛の結界を再度張った。皆が愛に繋がっているので、それはより強固で確実なものとなった


そうなのだ、逸彦は思った。

見よ、実穂高。汝は少しも孤独ではあらぬ。汝の言葉に依りて己を立たせる者が居る。それは己が内の愛だ。各々の愛を通じて大きな愛に繋がって居る

そしてこの己もまた、孤独ではあらぬ。此処に実穂高が居なくても、残した香りが己を強く立たせる。我に仲間を集わせてくれて本当に有難う

そして実穂高自身がこの戦況下に居ない事を感謝した。今は少しでも安全な場所に居て欲しいと思った


逸彦は担いだ鞘から刀を抜いた。その刃の輝きを見て、皆は笑みを浮かべた。この剣が、ただの剣ではない事は皆知っている。そして破壊しあやめる為の剣ではない事も。その光を見る時、人の心は己の気高きを思い起こし、我が頂きに至らんと心を奮うのだ。言葉に出さないが、それが逸彦の本質なのだと皆は知っていた


導きの鳥は一声鳴くと一斉に飛び立った。それに着いて皆は其々行くべき方向へと走った


鳥は彼らを導いた。其々相応しい戦う相手の所へ。

相手が沢山いても、鬼同士の力加減というものがあった。放って置けば鬼同士での喰い合いとなる為、弱い鬼は動物的な勘からか、己よりも強い鬼から離れようとした。その為、幾人かの集団に出会っても、目の前に襲う敵が居なければ彼等の方向性はばらばらなのだ


そこを突いて、鳥は戦う相手の所へ案内した。だから皆は力が及ばない相手と戦う事はなかった。

逸彦は勿論、最も困難な敵と当たっていた。武装した鬼だ。元が侍だったとは言え鬼となれば連携が取れている集団とは言えない。ただ攻撃が重く、向こうも刃を振るって来るのを受け止め、いなしていかなければならない。己は皮を二枚着ている。これは刃傷を防ぐものだ。大した装備では無いが着ている事で役立つ事もある

逸彦は鬼の太刀を躱しながら、何時ものように刀が踊り、それに付いて身体が動く。目の前の集団が居なくなれば、また燕が次の場所を示す。木の落とす蔭の中を、閃く剣の光が走る。それは鬼を斬りながら鬼の心の翳をも同時に斬って行く


ーーーーーーーーーーーー


獅子吼(ししく)は太方から離れなかった。

此奴が多分一番強い。だからこの男から離れなければ生き残る機会があるに違いない。今までもそうやって生き残ってきた

そう思っての事だったが、その動きに着いて行くのは困難を極めた。何しろ(とんび)が着いている。鳶は上空を舞ってはまた降りて次の鬼の位置を示し、また舞う。かなり広範囲の動きだ。

もう駄目だ、着いて行けないかも知れない

もう既に、自分の手でも多くの鬼を斬った。こんな戦いは初めてだ。一匹斬る度に、我が心が沈み込む。何か沼にでも引き摺り込まれそうだ。恐ろしくて堪らなくなった。何が恐ろしいかと言えば、目の前で鬼を斬り続ける屈強な男の、その心の強さだ。決して逃げず、引く事を知らぬ。逃げれば良いのに。逃げてくれれば良いのに。もう着いて行くも儘ならぬ…

獅子吼の心を翳が覆い始めた



後ろで刀が空を斬る音と倒れる音がした。太方が振り返ると、佐織の翁が背後にいた鬼を斬り倒したところだった

「おう、助太刀助かる」

「良いって事よ」

「獅子吼居なかったか、ずっと後ろ着いて来てたんだが」

「さあ、見ぬな、何処ぞ逃げたのではあるまいか」

佐織の翁は薄汚い衣と擦り切れた袴を纏った鬼の骸を見下ろしながら言った。

「まあ、逃げたんなら良いのだが」


二人は背を合わせて立つと、其々目の前の鬼に斬りかかった


ーーーーーーーーーーーー


鬼を薙ぎ払いながら、宮立の倅、細方(さざかた)は思った。

幼い頃から、己は父が最も強いのだと思っていた。父が強く立派な侍である故に、多くの仕事があって、役立たねばならぬから家にあまり帰って来ぬのだと。母もそう言った。


母は父を尊敬すべき大きな子供なのだと言った。一度決めたらやらずには済まない性格だ。彼がそうしたいという事を止める手立ては無い。気が済むまでやらせて置くのだと。


父はたまに帰ると酒を呑み笑い、ありったけの稼いだ金を全部置いて、また去った。父がいる間は母も笑っていた。貰ったお金は必要な事以外に使わなかった。それはずっと蓄えられていた。


父は母の死後、その蓄えられた金を見つけた。そして号泣して言った

「此処に最も大切な守るべきものがあったのに、何故己はそれを守らず、他人を守って居ったのだろう」

母の死に目に父は間に合わなかった。

父が泣くのを初めて見た。この人も泣くことがあるのかと思った。そしてまたその性格そのものに、豪快に泣いていた。

尊敬すべき大きな子供と母が言った意味をわかったのはその時だ。


実穂高の噂を聞き、家に招いた。初めて見た時、こんな若い陰陽師が、と思ったが、その話を聞くと全て然りと思った。口寄せを頼むと、生前身に着けていた物を所望した。櫛と帯を渡すと、母の心を読み伝えながら、実穂高自身も涙を流していた。何と優しい方なのだろうと心染みた


それからは、父は己がそうしたいと思う仕事しか受けなくなった

そんな時に再度訪れた実穂高は討伐の話を持って来た


二人の前で実穂高は鬼と鬼退治の逸彦の話をした。父は黙って聞いていた

だがその目は静かに輝いていた。

「此処に我は守りとうものができた」

それが何かその時は分からなかった。父は何を基準に仕事を選んでいたのか


今になってわかった。こういうものだ。人がその人であろうとする意思、そして絆。

本当は母が死ぬ前から父はそうしていた。だからいつも我と母は、遠くにあっても、父に守られていたのだった

父があの時何に心を揺さぶられたのか。実穂高が己が己である為に賭けているもの。その為に力を使うならば惜しく無いと父は思ったのだ。

それは、共に旅をしてわかった

本当に討伐に参加することができて良かったと今では思う。

本当の強さとは何かを知り、体験できたのだから

逸彦を見て、実穂高を見て、それに奮い起こされる我等。

本当の強さは周囲の者をも強くするのだ


細方の目の端に、木々の向こうで刀を振るう父が目に入った

結局己は父の歩んだ道をなぞり、似たような事をしてしまうのだ


細方は笑みさえ浮かべた。

周囲の情景に似つかわしくなく、心中は穏やかだった


ーーーーーーーーーーーー


伏見は遥かに故郷の妻を思った


我がこの一行についてきた事を吾妻(あずま)は何を思うだろう。途中で道を別れる事も出来た。それを誰も咎めぬと実穂高殿は言った。その通りだろうと伏見は目の前の鬼を斬りながら思った。だが、故郷に帰ってもこの一行の事を片時も忘れず、仕事が手につかないだろう事は容易に想像できた。誰かが鬼を殲滅せねば決して平穏は戻らない。愛するものが怯えながら暮らすより、平穏な暮らしが出来た方が良い。


この鬼討伐の面々だって誰もが愛する者がいて、むしろその為に戦いを選択した。我が此処で死しても吾妻も子らもこの先平穏に暮らせるだろう。

そして、今まで我は知らずにその中に安穏と居た。逸彦殿がこれまでに背負われた、鬼と戦い続ける責務によって、我は知らぬ間に平穏の中にいた。ああ、それを考えると心が痛む


宿世の話を聞いた時、敬服した。逸彦殿は一体どれだけの年月鬼と戦い続けたのか。その記憶を持ち続ける、我から見れば呪いともとれるような中で、その報われる日を信じる事が出来る真の強さに。先も見えず終わりのない戦い。今、それが終わりを告げるなら、我は喜んで手を貸したい。そう思った。この無力な己がそれに報いずに逃げ返ってのうのうと生きては、また面を挙げて生まれ変わる事などできようも無い


導きの鳥、犬鷲は滑空しながら次の地へ伏見を導く。伏見はその後を追いながら、吾妻(あずま)なら己の気持ちをわかってくれるだろうと思った。我が故郷に帰ってこの話を聞いたら、きっと叱りつけこちらは良いから一行の後を追えと言うだろう。そう思って笑った


伏見の前には犬鷲が飛び、道を指し示す。伏見にはその鳥に妻が乗り移っているかのように見えた

人物紹介


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称。孤児で今は亡き賀茂の当主に才を期待されて跡取り候補として引き取られた

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。商人の子だったが、元服と同時に実穂高の側付きにと言われて実家から厄介払いされた。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師。途中から鬼討伐に参加。大柄で長身 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼し、途中から玉記と共に鬼討伐に参加 (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。生き様も笑うも呑むも豪快で、懐が大きい(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う。出世は訳ありで、誰が父なのかは実穂高だけが霊視で知っている(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 剣士。妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う。(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織(さおり)の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う。実穂高は彼と接すると笑いがあって愉しいと思うが、逸彦の見立てではいくつもの死線を潜り抜けて来た凄い人物なのに自然体なので表に凄さを見えない人(宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


獅子吼(ししく)…鬼大量発生で壊滅した甲斐国出身の者。久しぶりに帰郷したら里の妻も仲間も全滅していた。鬼をやっつける事しか思い浮かばず、鬼討伐に加わる


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で角を奪われて亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

巽 左大臣…討伐の依頼主だが乗り気でない。ちなみに巽は本名ではなく通称

新路(しんじ)…巽の従者

芙伽(ふか)… 榮に霊障し、角を狙った女。黒岩に触れ、反命の大元が乗り移っている


那由…逸彦の母役、育ての親の人格。宿世で何度も母だったが、隠岐の島で逸彦が黒岩を斬って以来生まれ変わっても巡り合わない。鹿のような枝分かれした角があるが、霊眼が開かないと見えない。慈愛の化身。「流刑」に登場

那津…那由の子供として暫く生まれて来ない時に、同じくらいの年齢で生まれた人格。商家の娘那津を嫁ぎ先まで護衛する「護衛」に登場

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ