【決戦】導きの鳥
この物語はフィクションです。
実穂高は西渡と共に、新路に付けた式神を感じる方向に馬を走らせる
馬を疲れさせない為に走りを緩めた時、宿世を頭の隅で考えていた西渡は、芙伽が己の宿世の妻の名であった事を思い当たった
その時、妻を見つけたと思った時、向こうも笑った。再会を喜んでいるのだと思った。嬉しく思い近づいた己に、薄笑いを浮かべて妻は言った。
「汝、神になる気はあらぬか」
西渡は思い出した宿世の記憶に、殴られでもしたような衝撃を覚えた
実穂高にはああ言ったが、己はもはやそう出来る自信が無かった。我が手で妻を斬るべきだと心に思った
更に少し走らせると、もう式神が近いとわかり、実穂高は馬の歩みを次第に遅くした。感覚を頼りにあの辺りと見当がつくと、実穂高は馬を降りて徒歩で行くことにし、西渡にもそう指示した。二人は音を立てぬように、馬の手綱を引き茂みの間を移動した
その茂みの向こうに式神の気配がある。覗いて見ると、女の被衣を被って焚き火にあたる後ろ姿がある。思わず西渡の手は腰の刀に掛かる。芙伽一人か。だが式神は新路に着いている筈だと実穂高は訝しんだ
目を凝らしていると、その者の呟きが聞こえてきた
「あの女、一体何なのだ。何故総攻撃を仕掛けぬ。待ってどうと言うのだ。何考えて居るのやらさっぱりわからぬ。あの男の恐ろしい殺気、鬼でなければ太刀打ちできまい」
一人で焚き火にあたって座っていたのは芙伽の被衣を羽織った新路のようだ。他には誰も居なかった。新路は独り言を漏らしていた
二人の考えは全く合っていないようだ。それがわかっただけでも良い。此方が近い事も知らぬようだ。だが別行動か。芙伽は何処に居るのだ
「だが何だ。何故我は今此処に座って居らねばならぬのだ。何故動くななどと…」
しまった、罠か
実穂高と西渡に緊張が走った
背後に唸り声がする。鬼の気配だ
咄嗟に馬の尻を叩き、手綱を離した。馬は吃驚して嘶き、走り出した。
その声に鬼の注意は馬に注がれる
実穂高は振り向いて後ろに迫っていた鬼の心に共鳴し、光を注ぎ動きを封じながら、己の脇差を抜いた。だが、背後の新路も馬の嘶きと茂みの動きで此方に気づいた
「誰だ」
新路の声だ
西渡に早口で新路を任すと伝える。西渡は頷き、己の刀を静かに抜いた。
二人は背中合わせでそれぞれの敵の方を向いた
二人は同時に斬りかかる。実穂高は鬼に、西渡は新路に。実穂高は動きの鈍くなった鬼の急所を狙い、一発で仕留めた。西渡が斬りかかると、新路は被衣を抜け殻のように置き去りにして全速力で焚き火の前から逃げ出した。西渡は呆気に取られた。新路は逃げ惑い、少しも戦って来ようともしない。逆方向に予想を裏切られ、西渡は一瞬戸惑った。
実穂高は周囲を素早く確認した。鬼は他に居ないのか
背後で新路の叫ぶ声が聞こえて来る
「其の方等、覚えて居れよ。我は神をあやめて神と成り代わってやるのだから。芙伽がそう約束したのだ」
思わず振り返って反論を叫んだ
「あの女が約束など守ると何故思う。今だって只の囮だろうが。この鬼に汝が喰われても構わぬから襲わせたのだろう」
すると新路は逆上した
「そんな事ある訳ない、そもそも何だ、実穂高。汝は何故いつも聞き知り顔で。偉そうに見下しよって。最初からいけ好かない奴だと思ったぞ」
ようやく腰の刀を鞘から抜くと、無茶苦茶な振りで向かって来た。そうしながら、もはやそれは新路ではなかった。みるみる鬼と化した
西渡は驚いた。目の前で人が鬼になるのを見るのは初めてだ
実穂高は叫んだ
「もう鬼だ、人ではないのだ。遠慮は要らん!」
西渡も頷き、刀を構え直すと、もう一切の躊躇なく斬りかかった
その刀は新路だった鬼の喉を切り裂いた。あっけなく倒れる。芙伽と共に居た為に、鬼化が進んでいたのだ
まだ何か居る。他にも鬼が居る。数は十、いや二十超えるくらいか…
二人は再び背を合わせ、次の襲撃に備える
その時上空に鳥が鳴いた
上を見ると、腕程もある白い鳥が実穂高の前に降り立った。愛しく精悍だ。白隼だった
西渡の所にも降りて来た。雨燕だった。導きの鳥だ。鳥は其々担当となる者を見上げた。それが己の鳥だとわかった。そこにはお互いに何らかの絆があると感じた。一瞬で信頼関係は結ばれ、二人は己の鳥に順った
鳥は実穂高に必要な行く先を示した。鳥の飛ぶ先には先程離した馬が居た
此処は西渡に任せ、帰れという事か
「西渡!後は任す。我は隊に戻る!」
西渡の応じる声が聞こえた。西渡は鳥の飛ぶ下をなぞって鬼に斬りかかる。最適なる身の動かし方を教えるのだ。戦える。西渡は手応えを感じた
実穂高は愛馬に駆け寄ながら、その途上にいた鬼を二人斬り倒した。
馬に乗り、手綱で操り掛け声を掛けると馬は走り出す
実穂高も逸彦を見て憧れた導きの鳥が着いてくれた事を嬉しく思った。だが次の瞬間、気づいた。さっき新路は総攻撃と言っていた。そしてこの鳥が現れたという事は逸彦達が襲われている事を意味するのでは無いか
しまった、罠に掛かってしまったのか。
あの鬼の大群に遭った時も、今回も、何故我を彼等に役立てさせてくれぬのだ。何故我は肝心な時に居ないのだ…
実穂高はわかっていなかったが、実穂高自身が愛でありその化身ならば、その身に本当に危なき事は降りかかりようが無いのだ。それが調和であり、彼女の性質であった
馬を走らせながら、新路が実は逸彦の宿世での灰狗だったと気づいた。吐いた台詞が一緒だ。島で毘古に斬り掛かって鬼化していた。続いて、サカシナと久支も居たのだろうかと思い観ると、サカシナは巽、久支は獅子吼だった
実穂高は悔しくて堪らなかった。もっと早く気付けば…
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その時、決戦は既に始まってしまっていた
鬼討伐の皆の周囲に不穏な空気が漂っていた。複数の唸り声、重い足音。
それも相当な数だ。覚悟を決める
皆は集まった。いよいよ、襲撃を始めたようだ
逸彦はその中に聞いた。今までの鬼には有り得ない音。下げた太刀のぶつかって鳴る音。まさかとは思うが武装している鬼か。侍や野盗の集団を鬼化すればそう言う事も有り得る
その時、複数の鳥の声が聞こえた。その声は様々な種類で、しかも大きい鳥と思われた
各自の元へ導きの鳥は降り立った
宮立の太方には鳶
細方には都鳥
佐織の翁には雁が
津根鹿には隼
伏見には犬鷲
木ノ山には千鳥
玉記には鷹
天鷲には大鷲が
水師には鳥は居なかった。それは彼がそもそも導きであり、それを知る者だったからだ
そして逸彦の前には燕
逸彦は燕を見ると微笑んだ。馴染みの奴ではないか。腰の袋から玄米を取り出すと、燕の方へ差し出して地面に置いた
「宜しくな」
皆はそれを見ていつも逸彦が導きの鳥にそう声を掛けている気持ちがわかった
己の前に降り立った鳥に何らかの愛着を感じた。それが己の為に来た事を不思議と理解できた。其々己の導きの前に干し肉や米やひえを差し出した。
玉記と天鷲は鷹狩に慣れていたが、玉記の鷹はそれよりも一回りは大きく、天鷲の目の前の地面に降りた大鷲は更に桁違いに大きかった。
天鷲は大鷲を見つめた。
「ケケケケケケ」
大鷲は笑う。確かに笑ったな。再会を喜んでいるのか。宿世に出てきた奴だろう。
天鷲は胸の奥に熱いものが溢れて広がるのを感じた。もう己を出し惜しみするのはやめだ。我は我が命を尽くして出し切るのだ。己で思いながら、そうか出し惜しみしていたのか、と納得した。何だ、榮と変わらぬ。似ていたのだ、我等は。
榮の為にも思い残す事なく力を尽くそうと思った
玉記は天鷲の目が今までに見た事もない程に意欲に輝くのを見た
己とて同じだ
篁だった時、高潔で聡明な那由がそれに相応しくない慎ましく質素な生活をしているのが心苦しかった。余計なお節介かも知れないが、連れ出したいと思った。だが那由は、神の啓示の如き導きを示し、人生の目標を思い起こさせた。己はいつもそれを知りたかったのだ。己は遣唐使など行って海の藻屑となることがやるべき事とは思わなかった。我が生まれた由を知りたいと言う我が心の内の真の願いを我に見せてくれた。
いつもそれを知りたかった。それを知るべく人生を駆けた。そして今、鬼退治などと言う他者の嫌がりそうな危うき事に、生まれた由を感じ高揚している。玉記は口端を大きく上げ笑う。如何にも己らしい
右手に弓具の掛けを着けるとその手を挙げた。鷹は応じるようにその手に止まった。ずっしりと重い。あたかも我が命の重さを感じているかのようだった。玉記は腰袋から干し肉を出すと鷹に差し出した
「玉記、弓を使うのか」
天鷲は尋ねた。玉記は剣より弓が得意だった。だが玉記は首を振って言った
「いや、道具には頼らん。我が命を剣に賭けよう」
実穂高がかつて言ったように、これから絶たねばならぬ命への礼儀として我も命を賭けよう
鷹がその手から飛び立つと玉記は掛けを手から外した
もう時の矢は放たれた。誰にも止められぬ
津根鹿は再度会った隼が干し肉を食べるのを見て思った。そう言う事か。佐織の翁の言う通りだった。我が願いを叶える為に、逸彦殿と共に戦いたいと言った己の為に、あの岩室の時に導きの鳥として現れたのだ。それにしても、何と勇ましい姿なのだろう。これが我が相棒と思うと津根鹿は誇らしかった。
「ほら、言ったでは無いか」
佐織の翁は言った
この爺さん、何処までわかってんだ、と皆は思った
佐織の翁は我が導きの雁を見て言った
「やはり狩は我が勝ちだのう」
皆は笑った
「最期に一花咲かせて、婆に自慢してやるのだ!」
翁が叫ぶと皆も応じた
それを聞いて獅子吼は信じられない、と思っていた。この状況下で笑ってるだと。此奴らおかしいだろう。分が悪過ぎる。何としても生き残るために頭を巡らせた
人物紹介
逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上
コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃を動かしている。宿世「コウと共に」で登場
実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称。孤児で今は亡き賀茂の当主に才を期待されて跡取り候補として引き取られた
水師…実穂高の側付きであり弟子。商人の子だったが、元服と同時に実穂高の側付きにと言われて実家から厄介払いされた。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)
玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師。途中から鬼討伐に参加。大柄で長身 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)
天鷲…玉記の友人。従妹 榮の病の事を実穂高に依頼し、途中から玉記と共に鬼討伐に参加 (宿世 源信「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)
実穂高が集めた討伐の面々
宮立 父 太方…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長「桃語る」に登場)
宮立 倅 細方…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)
津根鹿 …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う。出世は訳ありで、誰が父なのかは実穂高だけが霊視で知っている(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)
西渡… 剣士。妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う。(宿世 男「桃語る」で登場)
佐織の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う。実穂高は彼と接すると笑いがあって愉しいと思うが、逸彦の見立てではいくつもの死線を潜り抜けて来た凄い人物なのに自然体なので表に凄さを見えない人(宿世 翁「桃語る」に登場)
伏見…海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)
木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)
獅子吼…鬼大量発生で壊滅した甲斐国出身の者。久しぶりに帰郷したら里の妻も仲間も全滅していた。鬼をやっつける事しか思い浮かばず、鬼討伐に加わる
榮 …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で角を奪われて亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)
巽 左大臣…討伐の依頼主だが乗り気でない。ちなみに巽は本名ではなく通称
新路…巽の従者
芙伽… 榮に霊障し、角を狙った女。黒岩に触れ、反命の大元が乗り移っている
那由…逸彦の母役、育ての親の人格。宿世で何度も母だったが、隠岐の島で逸彦が黒岩を斬って以来生まれ変わっても巡り合わない。鹿のような枝分かれした角があるが、霊眼が開かないと見えない。慈愛の化身。「流刑」に登場
那津…那由の子供として暫く生まれて来ない時に、同じくらいの年齢で生まれた人格。商家の娘那津を嫁ぎ先まで護衛する「護衛」に登場