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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】いし

この物語はフィクションです。



食べ物を集めに行った皆は其々夕暮れの森を歩いた。暗い森はあまり広範囲に動けない。その代わり、警戒を解いている動物が居る。目を凝らし、星明かりで見ると意外と多くの獣が居る。茂みに隠れて、待ち伏せが良いのだ。獲物が来そうな待ち伏せ先を探す木ノ山の前に人影がある。

「伏見殿」

小声で呼ぶが返答は無い。一番近くにいたのは伏見の筈だった。人影は近づいて来る。小柄だ。

「誰だ」

「先程会うた者だ」

「何だと」

芙伽だった

「木ノ山殿、逸彦の噂気にならぬか」

「何だ、何故ワレの前に来た」

「話わかる知恵あるかと思うて…我も占いで観たぞえ」


知恵があると言われ悪い気はしなかった。気づくと前にいた芙伽は背後にいた

夜目が利く相手なのか。

「良いもの授けてやる、護符だ。二つやるから一番大事な者に着けてやれ。討伐上手く行くように祈ってやる」

突然手を掴まれ吃驚した。その手に何か握らせ、女は去った。離れて行くのもあまり気配を感じなかったので少々気味悪かったが、上手く行くように祈ってくれるのだから、悪い者でも無いのかも知れない。そこまで警戒せずとも良いだろう


焚き火の近くに戻り手の中を検めてみると、それは白い透明な水晶の結晶が赤い緒で結ばれているのが二つあった



やがて皆が帰り、佐織の翁が食事を作り始めた

二人の雰囲気から話はうまくいったようだ。水師は思った。まあ、それが実穂高が思う水準に届いたかは別としても。一言は添えておく

水師は椀を二つ持って逸彦と実穂高の間に割り込んだ

「今日あのように芙伽と新路が現れた事、我は向こうが焦っていると見たが逸彦殿はどう思われる」

椀を渡しながら逸彦に訊く。実穂高は先程の策の事を話そうとしていると察した。逸彦は返す

「焦っているのか」

「言うだけの事言うて、何もせずに去った。探り入れと此方の結束を揺さぶる意図と思うたが」

「成る程確かに」

「逸彦殿の心をわざと掻き乱すような事を言って。噂とか」


「噂って、今までも何か聞いていたか」

「巽がそのような事を言っていた。誰の入れ知恵かと思うたが、芙伽(ふか)が流したようだ」

逸彦は黙っていた

逸彦がこう言う風に黙っている時は、怒りを感じている時だ。水師は学習していた。水師は逸彦の背をかなり強く叩いた

「っ痛。何だ」

「逸彦殿、噂からは我らが守る故、外聞など気に留めるな。討伐終わったら逸彦の活躍ぶりを口伝に致そう」

「おお、それは良い案ぞ。覚えやすきよう唄にしても良いな」

実穂高も乗る

「良いな。己が節を付けようか」

いつから聞いていたのか、天鷲と玉記も話に入って来る

逸彦は恥ずかしいからしなくて良いと言いながら、皆の心遣いを嬉しく思い笑った。


「鬼討伐の我らに大群の鬼をぶつけたのに、逸彦が皆退治してしまった。逸彦がいかに凄まじと言って、そこまでできるとは思って居なかったのであろう」

「それが誤算」

「それと我等の結束」

皆は頷いた。一気に士気が上がり、崖で芙伽と新路に会った時の暗澹とした気分は吹き飛んだ



逸彦は夜、木の上で枝にもたれ目を閉じながら、実穂高に聞いた宿世の太方の事を考えた

一番思い出したく無い宿世の、村長(むらおさ)なる者の事を考え、感じてみた。確かに辛くて苦しい経験だった。そこから目を背けたくなる己がいた。だがその感情を味わい、少し軽くなってみると、命が命であろうとする強い意志に感じ入り、深い尊敬を抱いている事が分かって来た。もう少しだ。逸彦は少し安心した。その宿世でもただ辛いばかりではなく、知るべき事を知って、己は何かを学んでいたと言う事が嬉しかった。その気持ちのまま少しだけ眠った


夢の中で、またあの木が出てきた。己は木肌に手を当て何かを言うのだが、その言葉は思い出せなかった



皆が眠った事を見計らい、木ノ山は眠っている逸彦の、地面に置いてある荷に近づいた。幸い、腰袋を解いて荷に乗せてあったので、そこに先程貰った透明な石の護符を結んだ。この隊で大事な人と言えば実穂高と逸彦だ。実穂高は己で呪術を出来るだろうから、護りが必要なのは逸彦だろう。要らぬ親切心で木ノ山は思った


ーーーーーーーーーー


逸彦は微睡(まどろ)みながら、太方に最も辛い宿世の話をせねばと思った。実穂高が以前言ったように、その過去を過去として成仏させる為には必要だと感じた

その夜、太方が火の番に着いた時、逸彦は木から降りてその側に座った。逸彦は村長(むらおさ)の事を思い出す

「逸彦殿、如何した。眠れぬか」

「いや、太方、汝に聞いてほしい話があるのだ。だが大分辛い話かも知れぬ。その時は我の独り言だと思ってくれ」

太方は我が宿世の話かと察した


遥か昔、太方がある村の村長をしていた時、その村が鬼に襲われた。幸い撃退できたが、鬼を退治した者の中に鬼化の兆候がある者が出始めた。その時の鬼は今と違いもっとゆっくりと数日かけて鬼化した。村長は村人全てと話し確認して、鬼化の兆候がある者を連れてある日突然姿を消した。その後、占い師が村長が拐かして連れ去ったと言い、逃げた島を教えた

その地へ行くと丁度数名の鬼が現れ、追いかけ来た村長が斬った。そして鬼の亡骸を葬った


「斬った鬼が元村人が鬼化した者だとわかると、我と一緒に来た村人はそれを非難した。だが我は村人を思う汝の気持ちがその辛い責を負っているのだと思い尊敬した。その斬った鬼の中に汝の息子もいたのだ。どんなに辛かろうかと。村長は、島に移した村人の顔と声を毎朝毎夕確認し、其々に人としての最後の時間を過ごさせ、その者が鬼化する時にだけ斬って行った。我もその手伝いをし、共に鬼となった村人を弔い続けた」

逸彦は太方の顔を見る。太方は黙って火を見つめ続けていた。その表情は話を始めた時と変わっていなかった


「我はこれまで多くの鬼を斬った故わかる。(えにし)ある者を斬るのは、知らない人を斬るよりもずっと辛い。村長(むらおさ)としてその責を負い、残りの村人の命を守る為のその決断は誰にでも出来る事ではない」

逸彦は涙が流れて止まらなくなり、己の意志を超える激しい感情に嗚咽した。村長を斬った時、当主を斬った時、どちらも辛かった。逸彦は気持ちが落ち着くまで待ち、続ける

「それから、島には誰も居なくなり村長と我の二人だけが残った。我は村長から我が鬼化する時は完全にそうなる前に斬ってくれと頼まれていた。人として死なせてくれと言われた。我は斬りたくなかった。だが内なる声の啓示は斬れと言い、刀を抜いて意識が戻った時には村長の亡骸があった」


逸彦はその時の毘古の思いを完全に思い出した。吐きそうだった。喘鳴で、言葉もうまく声にならない。己よりも辛い筈の村長に対し申し訳なく思いながら、耐えられない己をも嘆いて手で顔を覆った

「それが宿世の我なのだな」

太方は呟いた。逸彦は泣きながら頷いた

「再三辛い思いをさせて済まなかった。如何にも我のやりそうな事だ。我が人としての尊厳を守る為に剣を抜いてくれたのだな。礼を言わねばならぬ」

逸彦は、必死に言葉にした

「いや、我より汝が辛かろう…。このような事聞かせて申し訳あらぬ。だがこの時、我は汝を、いやその命を、心より尊敬申した…。本当はそれを一番伝えたかった」

嗚咽の合間にどうにか言葉にできたが、また号泣する


「逸彦殿。我の気持ち思いやる事はない。汝に責はない。我の為に泣かんでくれ」

太方は逸彦の肩を力強く抱きかかえた

「我は幸せだ。もう己を責めないでくれ逸彦殿。その方が我は辛いぞ」

太方も泣いていた。逸彦だからこそ己以上にその辛さを知っている。逸彦がこれまでどれ程傷つき、悩み、辛さを乗り越えて来たのか、太方には想像もつかなかった

「我は二回も逸彦殿に救われたか。我が命逸彦殿のおかげで此処に有りだ。どう報いれば良いのやら」


太方はその豪快な笑い声で吹き飛ばしながら、逸彦の背中を音を立てて、だが思いやりを込めて叩いた

「これが終わったら、一晩中飲み明かそう」

「それは良いな」

逸彦もまだ涙顔のままに笑う。二人は互いの絆の深さを感じた。


気持ちが落ち着き、逸彦は再び木の上に登って身体を横たえた

胸の奥にいつもあった重苦しさ、痼りのようなものが、ずっと小さく軽くなっていた。心はその抱え込んでいた痛みを吐き出した分だけ広がったように感じた。嬉しくなる。己が僅かながら成長したような気分になる。

その記憶を再度思い返すが、太方と直接話す前とは印象が違っていた。己のもっと深い部分は、村長の姿勢に強く感銘を受け、人々の細やかな日々の営みを守る為に鬼を斬るという意味を、我が内にも持つようになったのだ。村長の志はそのまま我が志と混じり、また人々の冷たい目に晒された時には、己の味方となった

逸彦は、己が守っているつもりが守られていたのだと気づいた。今言葉を交わし、直に感謝を言われ労われ、その気持ちを知ったが、今までもずっと彼はそう思ってくれていたのだろう

彼によって我が行いの穢れが祓われ、美へと昇華するのを感じた。そう思える事に感謝し、眠った。コウは眠る逸彦の心を包み、細かい感情を整理し、清めた。胸の痼りは更に小さくなった

いし…(石、遺志、意志、礎)芙伽が渡した護符の水晶、村長が残した遺志、逸彦の志し、逸彦の現在の礎となるもの


詳しい人物紹介、決戦 遠征以降


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称。孤児で今は亡き賀茂の当主に才を期待されて跡取り候補として引き取られた

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。商人の子だったが、元服と同時に実穂高の側付きにと言われて実家から厄介払いされた。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師。途中から鬼討伐に参加。大柄で長身 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼し、途中から玉記と共に鬼討伐に参加 (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う。出世は訳ありで、誰が父なのかは実穂高だけが霊視で知っている(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 剣士。妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う。(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織(さおり)の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う。実穂高は彼と接すると笑いがあって愉しいと思うが、逸彦の見立てではいくつもの死線を潜り抜けて来た凄い人物なのに自然体なので表に凄さを見えない人(宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


獅子吼(ししく)…鬼大量発生で壊滅した甲斐国出身の者。久しぶりに帰郷したら里の妻も仲間も全滅していた。鬼をやっつける事しか思い浮かばず、鬼討伐に加わる


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で角を奪われて亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

巽 左大臣…討伐の依頼主だが乗り気でない。ちなみに巽は本名ではなく通称

新路(しんじ)…巽の従者

芙伽(ふか)… 榮に霊障し、角を狙った女。黒岩に触れ、反命の大元が乗り移っている


那由…逸彦の母役、育ての親の人格。宿世で何度も母だったが、隠岐の島で逸彦が黒岩を斬って以来生まれ変わっても巡り合わない。鹿のような枝分かれした角があるが、霊眼が開かないと見えない。慈愛の化身。「流刑」に登場

那津…那由の子供として暫く生まれて来ない時に、同じくらいの年齢で生まれた人格。商家の娘那津を嫁ぎ先まで護衛する「護衛」に登場

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