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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】火の粉

この物語はフィクションです。



野宿場所として目指していた場所に着いた。随分と時間が掛かってしまった。日が落ち始めている。逸彦は急いで拠点を定めた

皆は荷を降ろし、各自分担を決め、狩をする者は早めに散った。明るさが残っているうちに集めようと薪を探す者も去った。水師は逸彦に火起こしと竃作りを頼み、実穂高を置いて自分も草を集めに行った



それが水師の配慮であり、実穂高と話した方が良いのだと逸彦もわかっていた。手頃な石を寄せて竃を作り、火打ち石を打って乾いた草に火を付ける。もうすっかり冬だ。そろそろ実穂高も野宿は寒いのではないかと逸彦は思った


実穂高も思う。逸彦と二人きりになれた。話をできる。あの時の誤解を解ける

実穂高は思うがなかなか言葉にならなかった。二人の間には沈黙が流れていた。ほう、と溜息をつく

「実穂高殿、寒くないか。火の側に寄ると良い」

逸彦は実穂高を見ないままに一番良く暖まれる場所を示した


実穂高はそこに座ると言った

「己自身の事が一番難しいの。他者の心の事ならすべき事は直ぐにわかるのに、我が心が絡むと何を言ったら良いのかわからぬ」

逸彦は今まで一度も実穂高の方を見なかったが、その言葉に実穂高を見た。焚き火の揺らめきが実穂高の顔に映って顔立ちを浮かび上がらせている。顔を見ると愛しさが募る。愛を感じるからこそ、近づきたく無い。出会って間も無い頃、最初からそう感じていた通りだ。そう、近づき過ぎてはいけない


実穂高は逸彦が張っている見えない壁を感じた

少し困っていた。時間は幾らでもある訳では無い


「我は幸いだった。孤児だが拾われた家の童部をしていた頃に、訪れた賀茂の当主に見つけられた。彼は我を引き取って、邸で育てた。更に幸いだったのは、最初から、男として扱ってくれた事だ」

実穂高の身の上だった

「もし女だとわかっていたら、我が年頃になったら他の兄弟の慰み者になったかも知れぬ」

逸彦は少し驚き実穂高を見た

「我の才に賀茂家の復活を夢見て、野心あれど大事に育ててくれた。我が実名(じつみょう)菫青(きんせい)という」

「菫青…良い名だな」

「我を霊視すると、そういう色が見えると義父は言う。義父は麻呂が元服した後、間も無く亡くなった」


「亡くなるまでにありったけの陰陽師の術の伝授と資料のある場所を教えられた。教えられた内容は全部己で試しては、もっと簡潔で早く結果が出る方法は無いか模索した。薬草も全部己自身に試した。それで寝込んだ事もあった」

「危ない事はするな」

実穂高は笑う

「今はせぬ。わかれば良いだけだ。そろそろ元服という頃、身体の変化で女と見破られてしまう危惧を持った頃、水師と出会うた」

逸彦は話をじっと聞いていた

「商家の後継の筈だが、純粋故何でも思うた事全部口にする童を親は莫迦と思いよってな。我が声掛けて側付きにと所望したら厄介払いできると思い譲られた」

少し遠い目をして、懐かしそうに実穂高は続けた

「我は初めて心から信頼できる友を得た。向こうもそう思うたようだ。それで彼は無意識に結界を張って我を護った。教える前からだ」

二人の絆の話を訊くと嬉しい反面、心が騒ぐ。それは嫉妬というものだが、逸彦はその気持ちを抑えた

「逸彦殿が現れて我は今までのように男として居られなくなった。それで水師に我の事気付いて居ったかと尋ねたら、七年仕えているから知っていたが、彼は我が男でも女でもどっちでも良いと。人として尊敬してるからと」

実穂高は笑った。逸彦も釣られて笑む。水師らしいと思った


「彼が男の立場として言うと、逸彦殿は我が大好きなんだそうだ。そうなのか」

実穂高が逸彦の顔を覗き込むと、逸彦はあからさまに顔を逸らした。実穂高は俯いた

「済まなかった、あんな事して。あの時どうしたら逸彦殿の心が収まるのかと思い、焦って…」

「実穂高殿があんな事せずとも。女を使って慰めようなど。我に媚びんでくれ。実穂高殿は気高く居てくれ。むしろ我の方こそ…」

「宿世知っていたのに無神経だった。だがあのような時、どうすれば」


「側に居てくれれば良い」

顔を向こうに向けたまま逸彦は言った

「何もしなくて良い。側に居たらそれだけで…」

「側に居ても良いのか」

実穂高は少し嬉しくなる。逸彦は此方を見ずに頷く

「母も、那由もそうしてくれた」


実穂高は息を吐いて肩を落とした

「また落ち込ませるような事を言う」

「何故落ち込むのだ」

雰囲気を察したのか、此方を向いた

「我は母ではあらぬ。人格が違う。そもそも那由もまた、母の役であって汝を生んで居らぬ」

「何だって?」

「霊視で観たが、汝はいつも木の根元で拾われている。桃の木の根から直接生まれた赤児のようだ」

逸彦は言葉を失う


「宮中では大晦日に追儺(ついな)の儀を行う。舎人(とねり)(おん)に扮し、殿上人が桃の木で作った弓と葦の矢でそれを追い払う」

何故か実穂高は怒りを声に含ませる。逸彦は不思議に思って実穂高を見詰める

「あれは逸彦殿の身体を使って(おん)を祓う儀式だ。全く失礼な奴等だ。本当には己の力を使わず、結局逸彦頼みではあらぬか。今回の件だってそうだ。誰のおかげで此処まで何とか国の(おん)が減ったと思って居るのだ」

随分とお怒りのようだ。逸彦は笑い吹き出す

「…何がおかしい」


この人は他人の為に、己の為に怒ってくれるのだ。自身の事よりも。それは恐らく嬉しい事だ。

とりあえず今は側に居る。同じ目的があるからだ。だが鬼討伐が終わったら?その先は?鬼退治の(めい)を遂げた先など想像もつかぬ。わからない


「我は汝と会えて心底嬉しい」

逸彦は言う

「汝が居てくれると己は安心する」

「我もだ」

実穂高も返す

静かな間を火の爆ぜる音だけが埋めた。暗闇の中を火の粉は煌めきながら舞っている。それを見ると思い出す。旅籠での儀で、実穂高が舞った奉納舞

「あの舞愛(うつく)しかったな、風のようだった。まるで一緒に舞って居るのかと思うた」

実穂高は驚いて無言で逸彦を見た。通じていたのか

「風と思うて舞った。わかったのか、あれは…」

汝を風と見立て舞ったのだ

声にならなかった。逸彦が此方を真っ直ぐに見ていた。鼓動が早くなり息が止まりそうだった

「龍の事を話す水師を見て、我は我が身を実穂高に捧げても良いと思うた」

「何を言い出すのだ、再三落ち込ませるような事言いよる」

「落ち込む事は無かろう。だからあの時も実穂高が止めたからせずに済んだ。さもなくば本当に崖を駆けあがり斬ろうと思っていた」

母子の次は主従関係になろうとするのか。いっそ宿世で求婚された件でも思い出してくれれば話が早いのに


宿世。思い出した事があった

「宮立の太方な」

「太方が何か」

「あれはその最初の宿世で、村長(むらおさ)だった。鬼化の兆候のある村人連れて島へと移って、鬼化する度に仲間だった者を当時の逸彦と一緒に斬って、最後村長が人であるうちに己を斬れと言ったのだ。その後の宮地家の当主とも生き様が似ている。それが相当に辛かったようだ」

「太方が…」

逸彦は遠くを見る。何も目に映らない。宿世の記憶を見ているのだろうか

「まだ思い出した方が良い事あるのか」

「恐らくは」

「横になった時に考えてみる」

「うむ」

ついでに求婚の事も思い出してくれると嬉しい、とは言わなかった


人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称。孤児で今は亡き賀茂の当主に才を期待されて跡取り候補として引き取られた

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。商人の子だったが、元服と同時に実穂高の側付きにと言われて実家から厄介払いされた。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師。途中から鬼討伐に参加。大柄で長身 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼し、途中から玉記と共に鬼討伐に参加 (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う。出世は訳ありで、誰が父なのかは実穂高だけが霊視で知っている(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 剣士。妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う。(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織(さおり)の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う。実穂高は彼と接すると笑いがあって愉しいと思うが、逸彦の見立てではいくつもの死線を潜り抜けて来た凄い人物なのに自然体なので表に凄さを見えない人(宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


獅子吼(ししく)…鬼大量発生で壊滅した甲斐国出身の者。久しぶりに帰郷したら里の妻も仲間も全滅していた。鬼をやっつける事しか思い浮かばず、鬼討伐に加わる


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で角を奪われて亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

巽 左大臣…討伐の依頼主だが乗り気でない。ちなみに巽は本名ではなく通称

新路(しんじ)…巽の従者

芙伽(ふか)… 榮に霊障し、角を狙った女。黒岩に触れ、反命の大元が乗り移っている


那由…逸彦の母役、育ての親の人格。宿世で何度も母だったが、隠岐の島で逸彦が黒岩を斬って以来生まれ変わっても巡り合わない。鹿のような枝分かれした角があるが、霊眼が開かないと見えない。慈愛の化身。「流刑」に登場

那津…那由の子供として暫く生まれて来ない時に、同じくらいの年齢で生まれた人格。商家の娘那津を嫁ぎ先まで護衛する「護衛」に登場

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