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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】遠征

この物語はフィクションです。


獅子吼(ししく)は仲間と別行動を取り、京で会った女の簡単な依頼を終えて、四の月の巡りぶりに、故郷の甲斐国へ戻る旅路にいた

そこへ向かうまでに少しいつもと違う感じがした。甲斐国から外へ向かう方角に道をすれ違う者は誰も居なかった。商人すら居なかった。周辺の街もいつもよりも人が少なかった。獅子吼は通常旅籠には泊まらないが、旅籠に泊まる客も少なく見えた。いくら何でも人が少ないと思った。甲斐国へ入る道を行こうとすると、街の者に声を掛けられた

「旅の方、その先へ行くんか」

「そりゃ当たり前だ、うちに帰るんだから」

すると憐れむように首を振りながら、何も言わずに通り過ぎて行った


何かおかしいと感じながら、獅子吼は家路を急ぐ

だが山を越えて降り坂に入って眼下の光景を見た途端に全てを悟った


故郷はまるまる消えていた。そこにあるのは鬼だったと思しき骸が点在する死の都だった。鬼の亡骸を見ると、刀傷で死んでいた

その先へ訪れずともわかった。家に残した妻はもう居ないだろう。先に故郷に帰った仲間はもう居ないだろう。彼らもそこそこ腕はあった筈だが、見る限り、規模が違った。

この広い甲斐国のどこをどう歩いても、似たような感じだった。どこまで行っても動いているのは啄ばむ烏とその騒がしい声だけだった。


己の家があった集落に着いたが、確認するまでも無かった。建物だけが元のように建っていたが、人の姿は無く、やはり鬼の骸があった。着物を検めればわかるかも知れないが、そんな気力も残っていなかったし、知りたくも無かった

茫然自失しながら、とぼとぼと歩いた。これからどうしたら良いのかわからなかった


甲斐国にいても仕方ない。獅子吼はその地域を出て、精進海で滅多に泊まらぬ旅籠に泊まった。気が滅入る光景ばかり見たので、人が居ると安堵した。旅籠の番頭はぼんやりした様子の男が甲斐の方からやって来たのを見て、事情を察した

「甲斐国、(おん)にやられたと聞いたが、汝は大丈夫か」

「俺の留守中に全部やられたようだ。何か知っている事はあるか」

「伝説の(おん)退治の逸彦が、(おん)を皆斬ったと聞いたぞ。有り難い事だ」

(おん)退治の逸彦?」

確か京の都で、そんな名前を聞いた覚えがある


ーーーーーー

「汝ら、(おん)退治に行くんだろう。俺も一緒に連れて行ってくれんか」

そう呼びかけた男は薄汚れた衣を着て、袴はかなり擦り切れていた。手荒に刈り込まれた髭は茫々で、髪も簡単に後ろに束ね垂らしているだけだ。二刀の刀を腰に差し、その他の荷を片肩に担いでいた


実はその男は富士宮の旅籠を出た後から、距離は離れていたがずっと後ろを着いて来ていた。男は獅子吼(ししく)と名告った


獅子吼(ししく)は言う

「俺の故郷は留守中に鬼に襲われた。何も残って居ない。妻も仲間も死んだ。もう俺のやる事は(おん)をやっつける他に残って居ない」

「汝の故郷は何処ぞ」

水師が尋ねると獅子吼は答える

「甲斐国だ」

一行は全員が甲斐国の悲惨な様子を知って居たから、男の身上はわからぬでも無かった

実穂高は言った

「気の毒には思うが、此の先、(おん)は集団で控えているかも知れぬ。鬼に戦い臨むは自殺行為だ」

「だが汝らは見たところ、その(おん)に戦い臨む気なのだろう。俺は役に立つぞ。今までだって傭われ兵をやって来た。それなりの腕前だ」

男は袖をまくって見せる。筋肉をまとった太い腕が見える。


「まあ、駄目と言われれば一人でも行くが」

男の目は見るからに強そうな太方を見ている。つまり男が言う強さはそう言う基準なのだ。

実穂高は迷った。そう言う事ではないのだ。だが此処でこの者を断ると彼は必ずや死ぬだろう

「わかった。着いて来るが良い。一人では危な過ぎる」

獅子吼は一行に加わった


次の野宿場所に着き、皆は炊事の準備をした。無論、獅子吼もその食事の輪に加わる事になった。各自名告って自己紹介した。逸彦の名を聞いた時、獅子吼は反応を示した。だが何も言わなかった。獅子吼は色んな戦さ場を渡り歩いた事、そこでの己の手柄を自慢げに語った。多くの者は、若干胡散臭いと思って聞いていたが、年若い津根鹿と木ノ山は聞き入っていた。

「大層ご活躍であるな。ワレなど及びもつかない」

「そうとも、連戦連勝だ」


佐織翁はその話が言葉通りでは無いか、或いは他人の行いを自分がしたかのように話しているのではと思った。経験豊富な翁には、この男の言動と服装が合っていないと感じていた。身形(みなり)が野盗のようだ。同じ傭われでも、武勲を挙げ、功績を評価される程の誇りを持った傭兵ならば、身形も礼儀もその場限りとは言え主人に恥をかかせぬよう気を使うが、この男はそうではない。その場凌ぎに数合わせで傭われているように見えた。傭われていない期間は野盗をしていたのかも知れない


殆どの者はこの者の話に飽きて、各自隣の者と他の話を始めた。やがて周囲はその声で騒々しくなった。その声に紛れて獅子吼は隣の木ノ山と津根鹿に言った

「あの逸彦と言う奴は、大丈夫なのか」

「その由は如何なるものか」

木ノ山は尋ねる

「あれは、鬼退治の逸彦だろう、奴の訪れる所に(おん)が湧くと言う…」


津根鹿は激怒した

「何を言われる。逸彦殿は(めい)に順い(おん)の出る所に導かれるだけです」

「されど、(おん)になったとして家族を斬られた者も多数おるぞ。皆逸彦を恨んでいる」

「あの方はとてもお優しく、元は人だった(おん)を斬る事に苦しまれて居るのです。それを会ったばかりの其方にはわかりますまい。むしろ命を救う為に剣を振るって居られるのです」

「ほう、鬼化は感染る病でその大元は逸彦と聞いたぞ」

「誰からだ」

「噂だがな、この頃あちこちで流れている」

津根鹿は遂に立ち上がった

皆は温厚で優しい津根鹿が怒りを表して居るのを初めて見た。其々の口閉じて津根鹿を見た

「尊敬する方を中傷される事不快です。失礼します」

津根鹿は軽く頭を下げると立ち去った。己の寝床をこしらえると早々に横になった


木ノ山は津根鹿の無礼を詫びた

「若い故、失礼した。気にされる事はあらぬ」

「沢山人が集まると大小色々あるものだ」



「どうした、何ぞ言われたか」

細方(さざかた)は横になった津根鹿に声を掛けた。宿世で息子だったと逸彦に道々聞いた。そうでなくても弟のように思っていたので、勿論様子は気掛かりだった

津根鹿は先程言われた事を話した

「初めて会う方をそのような態度するのは礼に反するとは思いますが、この一団は逸彦殿あってのもの。知らぬ者が割り込んでそのような事を言うなど…」


「されど、そのような噂、一体どうして流れているのでしょうか。逸彦殿があまりに気の毒です」

津根鹿は逸彦の為に心を痛め、涙を流した


細方は横に座って聞いていたが、その噂は他の者に話さないよう諭した。士気が落ちるし逸彦の耳に入れたくない。己はそれを実穂高に報告しようと思った

津根鹿が落ち着いて寝息立て始めると、細方は実穂高の所に行った


「お耳に入れたき件がある」

細方は実穂高に獅子吼が言ったと言う噂について話した


「そのような噂、聞いた事はあったか」

「されど、巽と新路も似たような事言うて居りました」

水師も言った。あれか。あの時激怒し過ぎて、また我が恋心に気づいたので、内容が頭から飛んでいた

「そうすると、噂は誰かが故意に流して居るのか。従者の新路のただの入れ知恵では無いと言う訳だな」

実穂高も心を痛めた。全てを尽くし鬼退治をして、この評価ではやり切れない


実穂高はその噂は我等全体には聞こえさせぬように細方に言った。細方も、津根鹿にはそう言ったと伝えた。

「ただ、見た所獅子吼がその話をしたのは、木ノ山と津根鹿の両名のようだ。木ノ山にも口留めをした方が宜しいか」

実穂高は考え込む

「口留めと言うと逆に噂の信憑性を強めてしまうな。木ノ山の主人(あるじ)は伏見殿故、大丈夫であろう」

一度言葉を切って、続ける

「どちらかと言うと、逸彦に聞かせたくない。傷つくだろう」

水師も細方も同意した




食事が終わり、皆は夜の火の番を交代でしながら、当番以外の者は休んだ

逸彦は火から離れて木の上にいた。いつも木の上で眠っていたので、そこは逸彦にとって外のものに影響を受けずに己の内を観るに良い場所でもあった。道を行きながら太方と細方(さざかた)と話した事を思い出し、皆が憧れてくれる己の強さというものに、そのまま受け入れる事に戸惑う己を観ていた


実穂高は火の番をする佐織の翁に近づいた。佐織の翁は木の棒にを焚き火にかざしてはそれを吹き消していた

「何をして居るのだ、佐織殿」

「これは実穂高様。我もちょいと占いを」

実穂高は面白そうに笑った。どこまで本気かわからない。佐織の翁と嫗と初めて会った時に、己はこの人達を大好きだと思った。それはこの茶目っ気ある翁と、たとえ寝込んでも翁にいちいちもの申さずに居れぬ嫗の掛け合いが面白くて面白くて、訪れるといつも腹を抱えて笑うのだった。何をどう表現しても、怒っても愚痴言っても、二人の間には愛と信頼と愉しむ姿勢が溢れていた。

「どんな占いだ」

隣に座ってどんな答えが出て来るのか興味深々で訊くと、翁は勿体ぶり如何にもいんちき臭そうに言った

「我が占いは木の枝の皮に付いた炎が何処まで枝を焦がすのかにて占うもの。火の意志を確かめて居りまする」

実穂高は意外と意味深長だと思いながら、続きを訊く

「そうか。なら我の事を何か占ってみてくれ。何でも構わんぞ」

「承知致した」

物々しく翁は言って木の枝を火にかざし、火が移ると暫しそれをじっと見る。口の中でもごもごと何か唱え、ふっと息を吹きかけた。そして焦げ跡を意味ありげに見つめる

「出ましたぞ」

「何だ、何とある」

実穂高は期待して枝と翁の顔を見比べる

「実穂高様は悩んでおられますな、とある方の事で」

実穂高は胸がどきりと跳ねた

「その方は力の強い男」


実穂高は佐織の翁が逸彦の事をわかって居るのかと一瞬思ったが、一寸呆れて言った

「のう、佐織殿。今麻呂の周りには強い男しか居らぬ。当て推量か」

はっはっはと声を立て翁は笑った

「流石実穂高様。この翁の戯れに気づきましたか」

そして声を抑えて素早く言った

「されど獅子吼の噂を気になさって居るのは本当でありましょう」


その時には実穂高の後ろに逸彦が立っていた。翁の笑い声と焚き火に照らされる実穂高を見て、木から降りて来たところだった


「何やら楽しげだな」

実穂高は驚きながらも嬉しそうにする

「寝ていたのに起こしたか。悪かったな。佐織殿と話していたのだ」

「逸彦殿も聞きますか。では我が母の話を致しましょう」


翁が幼き頃、母は時間のある限り機を織っていた

童の翁は織り機が動き布が少しずつ出来上がるのを眺めるのを好んでいた

ずっと見ていても飽く事が無かった

母は童に言った


布が織られる様は物語に似ている

どのような糸を使い、どのような気持ちで織るのかで、その物語は違うものとなる

それは人生のようであり、己がどのような物語を織り成したいのかを考えることは大切だ

だが神がその織物を見てどう思うかはもっと重要だ

神が満足される織物となろうと思うならば、己もきっと誇りに思える

神は綿に絹糸になれとか麻に錦になれとかは言わない

綿は綿の良さがあり、麻は麻の良さがある事知っている

その為に生み出されたのだ

人生にも織物にも始まりがあり、終わりがある

己が己である事をありのままにその時その時を紡いで織って行けば、必ずや(うつく)しい織物が完成するであろう


「何と佐織殿の母君は慧眼をお持ちだったのだな。素晴らしい話だ」

実穂高が言うと逸彦も言った

「誠に。佐織殿が今のような立派なお方になられた訳を知った」

「要するに、佐織殿の糸は愉しさで出来て居るのだな」

実穂高が言うと逸彦も言った

「我は翁を翁たらしめているのは翁そのものであるとわかった」

実穂高は吹き出した

(まま)だな」

「可笑しいか」

「いや、逸彦らしいと思うな。…逸彦も、誠に逸彦でできて居るな」

尚もくつくつと笑う実穂高を見て、逸彦は少し不思議そうな顔をする。二人を見て佐織の翁も微笑んだ

ーーーーーー

芙伽は怒りを感じていた

何故あの巽に渡しておいた数珠が切れたのだ

巽は無反応になった

遠隔でも操れるように渡したのに、だから京から離れて逸彦達の一行を追って来たのに、自分らも孤立した。


しかし、此方へ来なければこの状態を確認はできなかった


芙伽は西渡を憎んでいた

己を生かす事を望みながら、置き去りに棄てて行ってしまった男だ

我が生きているのは汝の所為だ。汝の望みだ

だからいくらでも生きてやる

他の何を犠牲にしようと今生きているならば、長らえる権利が己にもある筈だ

黒岩は斬られてもう新たな情報は取れないが、最初に我が身に落とし込んだ情報はそのままある

人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼する (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の(さおり)…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

巽 右大臣…討伐の依頼主だが乗り気でない。ちなみに巽は本名ではなく通称

新路(しんじ)…巽の従者

芙伽(ふか)… 榮に霊障し、角を狙った女。


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