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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】転換点

この物語はフィクションです。


翌朝、一行はその旅籠を出立した。色々あって長居してしまった。旅籠の者も、この勇ましい一行が何をしようとしているのかは知らないが、何か大切な事なのだろうと思って、幾人かは見送りに表へ出た。給仕をしてくれた女子(めなご)もいた

宮立の細方(さざかた)は、椿の花を一輪手折ると、両の手で女子に差し出しながら言った

「昨夜は祝辞を頂戴して嬉しく思う」

「いえ、我などの言葉、大した事ありますまい」

「いや、心強く思う」

女子は細方を見つめ、笑んだ。そして受け取った椿を大層大事そうに胸元で握った

逸彦はそれを見て那津に(かんざし)の翡翠の玉を貰った事を思い出し、鼻を掻いた


実穂高、天鷲、玉記、津根鹿は馬に乗った。津根鹿は遠慮したが、暫く体調不良だったので、皆に勧められた。それで鍋などの重さがありかさばるものは馬に乗る津根鹿が持つ事にして、やっと承諾した


一行が出立する。逸彦は宿世に記憶がある事を告白したので、宿世の布師見から教えられた事を伏見に話しておきたかった

「伏見殿、少し良いか」

逸彦は歩きながら伏見に話しかける

「ああ、良いぞ」

逸彦は宿世の布師見から本来息子の元服の時に与える筈だった刀を、褒美として貰った事を話す。その後、別の地で古い刀を鍛冶屋に売ったら、鍛冶屋がそれを小さい鍋にして逸彦の元に返した


「鍛冶屋に刀を溶かして貰おうと売ったら、鍋になって戻ってきた。我が鍛冶屋に由を尋ねたら、この刀の地金が命を絶つものではなく、糧になるものなりたい、鍋になりたいという声が聞こえたと言うのだ。代金を払おうとしたら要らぬと言われた。それは先祖の礼だと」

「先祖の礼か。鍛冶屋の先祖は鬼になって逸彦殿に斬られたのだな」

伏見は逸彦を見る

「その地は以前に大量の鬼が出た。その中に鍛冶屋の先祖がいたのだろう。鍛冶屋はその時我が鬼を斬らねば都は全滅していたし、今鍛冶屋が此処にいるのも我のお陰だと」

逸彦は記憶を呼び起こすように暫く黙っていた


「我は人やものには役があり、それを全うする事こそ使命なのだと悟った。宿世の布師見殿は神の使命を持つ己を誇れとも言われた。それまでの我は鬼を斬るだけしか出来ぬ己を恥じていたが、それは違うのではないかと思い始める事が出来た。それから我はもっと周りを見てみようと知ろうと思うようになった。これまで宿世の記憶がある事を話さなかったので言わずにきたが、改めて礼を言いたく思ったのだ、伏見殿」

逸彦は頭を下げた


伏見が投げ掛けた事によって逸彦の視野が広がり、那津や篁や信に出会い、内なるコウの声が聞こえるようになった。彼との出会いが一つの転換点だったことは確かだ。彼に会う前は、己は誰にも心を開かなかった。出会いの一つずつに意味を見出そうともしなかった。あの夜を境に、周囲に対する見方が変わり、世はそれまでよりも(うつく)しく見えるようになった。その違いは振り返るとはっきりわかった


「それは良かった。宿世の我は良い事をしたようだ」

伏見は笑った。伏見の近くにいた木ノ山が話に入って来た

「ワレは宿世でお会いして居るか」

「その時、木ノ山殿は同じく伏見殿の家臣でやはりお話し上手であった。我に娘を嫁がせようと再三勧められ、毎度お断り申した」

そんな事も笑い話だ

「変わらぬな、木ノ山」

伏見は言って、逸彦を深く見つめた。目の前の逸彦だけではなく、その後ろに連なる記憶も含めて、その重荷と苦しみを思うと、口には出さないが心底報われて欲しいと願った

「また逸彦殿に出会う事が出来たのは、我への神のご褒美であったか」

逸彦はその言葉の意味を良く分からなかった。返事を求められていないのだろうと受け止め、黙って笑んだ


逸彦は一人歩きながら、宿世の布師見殿が話した漁師の話を思い出していた。漁師は命を落としたが、魚は使命を全うした。だが、漁師もまた魚の使命を全うさせる役によって使命を果たした事になる。逸彦はふと、先日伏見の木曽檜の話を聞いた後に、コウが舞を舞った時の唄を思い出した。我の弓や太刀は壊すものではなく命が光となって流れていく。鬼の命を奪っているように見えるが、元の命に戻していると言っていたのか。この二つは同じ事を言っているのだな、と逸彦は思った


津根鹿が馬に乗っていると実穂高と同じくらいの目線だった。実穂高は良い機会なので津根鹿と少し話をしようと思い、津根鹿の身の上を思い出していた


血の繋がらない義父に拾われた実穂高は津根鹿と共感するところがあった。津根鹿の母はさる高貴な者に仕えていた下級の女官だった。才はあったろうが、周囲のやっかみで芽は出なかった。津根鹿を身籠ったと同時に暇を出され、己が両親に身を寄せた。津根鹿の母はその血を引く津根鹿に充分な教養を身に付けさせた。だが再び女官に召し上げられる事となったとき母は迷った。我が子と離れて宮に上がる事が果たして良いのか。

それでも両親に息子を託して恋しい相手の側に近づける期待を抱いてそうしたが、結局周囲の女官の嫉妬と虐めで、気を病んでそのまま亡くなった。相手の男は津根鹿を知らない。祖父母は母の意図を汲み、津根鹿が生きて行く手段として武術を習わせ、本人も良くそれを修得したが、津根鹿の素直で謙虚な性格では、荒々しく目立って主人に取り立てられようとする他の武官には、どうしても気後れして、力を発揮できないのだった。

衛士として京の警備にあたっていたが、実力に対して与えられる役割の低さはどうしても本人の自信を削いだ。彼はいつも周りの役に立っていないと思っていたが、全くそう言う訳では無かった。揉め事を力づくで収めようとする他の者と違って、津根鹿は争いを争いではない風に収めるのが得意だったが、そういう能力は周囲の者にもあまり評価されなかった


妻の出産を機に実穂高と縁が繋がったが、実穂高は一目でこの青年が気に入った。おかれて居る立場も、それに対する葛藤も良く理解できた。


鬼討伐の話を持って行った時、正直この優し過ぎる青年に鬼を斬る事ができるかと迷いもあった。生まれて間も無い子を置いて引き離す事にも申し訳ないと思った。

だが彼は話を聞くうちに、次第に目を輝かせ、言ったのだった

「その話を聞くと、我が内にある何か芯のようなものが、立ち上がってくるのを感じます。このような感覚は我が妻と出会った時以来。我はその話を受けるべき運命と思います。どうか参加させて頂きたい」


その返事を聞いて実穂高は思った。この青年、何かまだ奥に秘めているな、討伐の道すがらそれが現れてくれると良いと。龍の角を継承するとわかって納得したのだ。彼の母親は父が誰なのかを決して明かさなかった。だが実穂高は霊視して知っていた。それに潔姫の後継なら、己の力を発揮せぬという業を受け継ぐ事から始まるので、母上共々そのような機会に恵まれぬというのも良く理解できた


実穂高は水師に己の位置を任せると、馬を止めて列の後ろの津根鹿を待った。馬を津根鹿の乗る馬に寄せると並び歩みながら実穂高は声をかける

「津根鹿殿、調子はどうだ」

(すこぶ)る元気で居ります」

「それは良かった。それで参加してどうだ。何か思うことはあったか」

津根鹿は実穂高を見て明るく興奮したように話す

「本当に良かったと思っております。実穂高殿、お誘い頂き御礼申し上げる」

「おお、何か知り得た事があったか」

津根鹿は前を向くと考えを纏めるように少し黙したのち話し出した

「其々敬うべき人々に囲まれ、我は多くを知る事が出来た。我の浅い考えをもっと深い視点で見るべきだと諭された。どんな事も深い意味が隠されていて、それを知る事で我は成長できるのだと悟った」


「それと逸彦殿に出会えた事は我の宝だ。己の使命を全うしようとされるあの姿勢こそ、我が憧れていたものだと。己の内の芯なるものが感動で震え輝くように感じるのだ」

今にも感動で涙しそうな表情で話す。実穂高は逸彦を随分と慕っているのだなと思った

「そうか。幼子が居るのに家を離れさせてしまった事を少し憂いていたのだ。心細くはないか」

津根鹿は首を横に振る

「我はずっと世に役立たない、駄目なものだと思っていた。仕事では何時も役立たずと罵られ、周囲もそのような目で我を見た。だが此処では誰も我を罵しらず一人の仲間として見られる。敬うような凄い方々が我を否定せず受け入れてくれる。なら我は皆に力及ばずとしても己のすべき事を全うする事に全霊を尽くすのみ。それしかないと悟った」

実穂高は津根鹿の目に大きな光が宿るのを見て、龍の角を継承するものの凄みを感じる

「津根鹿殿、汝は充分に汝の言う凄い人だぞ。だから皆汝を見下したりしない。己の使命を全霊を持って尽くそうとする覚悟があるのだからな」


津根鹿は逸彦に教えて貰ったという鳩笛を、嬉しそうに披露した。その音が隊の後尾から聞こえ、皆は振り返り、津根鹿が鳴らしたと知って笑った。


実穂高は津根鹿が己の力を発揮したいと思う衝動によって、津根鹿のこれまでの境遇を変え始めていることに気づいた。その衝動こそが再生を促すきっかけであり始まりだ。もしや鬼の終わりとは、命が命であらんとする衝動によりそうなるのではないか、と思った。破壊と再生、即ち死と生は生きたいという衝動によって死が閉じられる


実穂高の気づきに、コウは道の封印を解いた



逸彦は宮立の太方と細方(さざかた)とも話しをしたいと思った。太方は宿世で那津の才を見出した当主であり、細方は那津の夫だった

「太方殿、細方殿少し話したいが良いか」

「ああ」

「良いぞ」

二人が返事をする

「宿世で何を仕出かしたのか。良い話だけにしてくれよ」

太方は笑いながら逸彦に近づいてくる。先程の伏見との話が少し聴こえていたのだろう

「然り、然り。我も」

細方も笑う


逸彦は宿世で太方は商家の主人であり、(おん)が大量に発生した際に家を守り鬼を斬った。しかし鬼化の兆候が出たので、自らの体を戸板に縛りつけさせ、最後に逸彦が斬ると人の姿に戻り導きの鳥と共に愛へ還った事を話した。

「あの地はいずれ鬼が大量に出ると解っていたにもかかわらず、放置した事を詫びたい」

逸彦は頭を下げる

「来れない理由があったのだろう」

太方が尋ねると、逸彦は少し困った顔をしたが

「それは細方の妻であった那津に会いづらかったからだ」

逸彦は那津は母であった那由の生まれかわりであり、逸彦と同じ様に宿世の記憶を持っていた事を話す

「度々訪れる様に言われていたのだが、どうしても行きにくかった。神の啓示でその地に着いた時は、多くの鬼に都が襲われていた」

太方と細方はそうなのかと頷く


「詫びを受け入れる。それまで神の啓示がなかったのは、必要がなかったからだ。我には鬼と対峙する体験が必要だったからだろう。神の思惑は我らには計り知れぬよ」

太方は逸彦を見て言った。


「して我はどうだ」

細方が聞いてくる

「当主を斬った直後に我を殴り倒した。そして那津に二人で叱られた」

太方は大笑いし、細方はそれは済まなかったと詫びた

「それは我を斬った恩人に仇を成した此奴と、わざと殴られた逸彦殿の事だな。那津殿は才女だな。その方が此奴の妻ならその家は安泰だったろう」

「その通りだ。何故わかる」

逸彦は不思議そうに太方に聞く


「人の姿に戻って死んだのだ。宿世の己は鬼を斬って人として生きる事を最後まで諦めなかった。鬼化してもそれは己が責を持つべきもの。それを逸彦殿が我を斬ってその責を負ってくれた。それが恩義でなく何とする。こちらこそ逸彦殿に礼をすべき事だ。逸彦殿、礼を申し上げる。我を斬るのは辛かったであろう」

太方は頭を下げる。逸彦はまた困惑していた

「そして宿世の此奴はそれも分からず逆上して殴り掛かったのであろう。逸彦殿は親を殺された子の想いを受け止める為に、わざと逃げずそれを受けた。実に逸彦殿らしい」

「だがそれを見た那津殿は何も考えない此奴と己を大切にしない逸彦殿を叱った。そんなところだろう」

余りにもその通りで何も言えない。逸彦は黙って頷くしかなかった


「宿世の我はやりたい事を最後までやり通し悔いはなかった。家族を守ろうとそうなったのなら、鬼として死んでもそれは己の責として受け入れただろう。だが逸彦殿が我を鬼から人へ戻してくれた事で、今此処に居られる。これは神の褒美だ。汝は我をただ斬ったのではなく業を終わらせ、また新たな命を与えたのだ。それに報いる為我は汝に尽くそう」

逸彦は込み上げてくる熱い思いに涙を浮かべる。己の為してきた事が、これ程までに受け入れられ美しいと思う程に輝いていることに感動した。そうか、愛に尽くすとはこの様な事なのか、と逸彦は思った。多くの辛き思いを抱えてきたが、それは愛に尽くしてきた事であり美しいものなのだとわかった


“その誉は全て汝のものである

愛に尽くし全うしたすべては

愛の名の下において幸となる

それは理であり在である”



コウは愛の言葉をそのまま伝えた。逸彦は半ば呆然としながらも、それが最上の幸せである事を噛みしめた


人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼する (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の(さおり)…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


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