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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】奉納

この物語はフィクションです。


水師は龍笛を取り出した。それを口に当て、吹き始める。実穂高は扇を手に持ち、立ち上がる。扇を開きながら舞を始めた。調子に混ざる掠れた音が風の吹くように耳に届いた

実穂高の扇は高くなり、低くなり、閃き、あたかもそれは花の香りが立つ様とも思われた

逸彦は見惚れた


それを見ていた天鷲は篳篥(ひちりき)を取り出すと吹き始めた。先の奏に深い音が加わる。玉記はそれに差し(いら)えるように膝を打って拍子をつけた

突然始まった合奏は実穂高の表情を緩ませた

(とよ)む音は皆の心を鎮め、また奥底の神聖な気持ちを呼び起こした

実穂高の舞は風に踊らされるように、回り、巡り、広がり、天へと差し伸べられた。逸彦は共に舞っているような気持ちがした。やがて舞は静かに収束し、実穂高は扇を畳むと座り、目を閉じた

「皆の道に捧げる」


各自頷いた。

玉記は今までにも実穂高が儀の折に舞うのを見た事があった。だが今日のはかつて無く素晴らしいものだった。玉記は実穂高がどのように本当は得意ではないであろう剣術を習得したのかを思い当たった。実穂高は剣術の所作を舞いに置き換えていたのだ。だからその動きはいつも見目良かったし、流れるようで自然だった

そのまま、皆はあまり口を開かず厳かに座っていた。そこへ夕餉を知らせに来た旅籠の女子(めなご)は、部屋の戸を開けて少し驚いた。男衆がこんなに集まっているのに静かな事など滅多に無い

「わかり申した。酒を一杯ずつ付けて貰えぬか」

直ぐに部屋に膳が運ばれて来て並べた。銚子を持った給仕の女子が各席を回って順に杯に酒を注いだ


細方(さざかた)の杯に注ぐ時、女子は言った

「ご事情は存じませぬが、ご武運お祈り申し上げます」

「礼を言う。騒がしくして申し訳あらぬ」

細方が言うと女子は控えめながら言った

「我は此処でずっと勤めて居りますが、この様な出で立ちの男衆がこれ程品位ある様子でいらしたのを見た事がありませぬ」

「左様なのか」

細方がその女子を見つめたので、女子ははにかみ目を伏せ杯を渡した

受け取る細方の手がその指先に触れた


その時何かが生まれたのを見た

両隣に居たのは太方と西渡(さえど)だったが、二人は気づいた

女子は直ぐに次の席に杯に酒を注ぐ為移動したが、西渡は細方の肩を掌で軽く(はた)いた

最初細方は気づいていなかったが、己の胸に手を当てるとそこに何か温かいものが広がって行くのを感じた


酒が行き渡り、実穂高は声を挙げた

(めい)に導きあれ」

皆は杯を干した


余韻に浸って静かに始まった食事であったが、各自次第にいつもの調子を取り戻して行く。しかし交わされる言葉は互いに対する敬意を表するものばかりだった。


逸彦は天鷲に言った

「凄いな、そのようなものを吹けるなんて」

「吹いてみるか」

天鷲は懐にしまった篳篥を再び取り出した

口に咥え、助言を貰い、一音、二音、指を抑える位置を替えて鳴らした

それだけでも他の皆は拍手してくれたが、全く(がく)の様では無い事を逸彦は不思議に思った

「そんなに直ぐ楽になったら我等立つ瀬あらぬぞ。修練するのだからな」

「修練なのか」

「そうだ。気に入ったように吹けるまで、何度も鳴らすのだ」

逸彦は感心する。

「同じ曲でも、その時の心で全く違う奏になるのだ」

「玉記も何か楽器をやるのか」

「己は琵琶を好むな。荷になるだろうし、そんな暇あらぬと思っておったが、流石天鷲」

「むしろこう言うもので心鎮めたい時もあろう」

天鷲は弁解した

逸彦は笑う


逸彦の様子を遠くから見て実穂高も微笑む


逸彦は琵琶の話が出たのは琵琶湖の事だろうかと思った。玉記の宿世の龍は琵琶湖に棲んでいた。龍の話をしたかった。水師の方を向いて手招きした

水師が近寄ると、逸彦は言った

「水師は宿世で一緒に旅をした。それで、龍に会うたのだ」

水師は頷いた。逸彦は続ける

「当時は僧で、浜で(おん)に襲われそうになったところで助けた。気が合ってな。しばらく着いて来たのだが、それも巡り合わせで、二人で龍に会う事がその時の(めい)だったのだ」

「ほう」

「それはそれは」

相槌を打つ二人に逸彦は言う

「その龍の正体は、汝らだった」

二人は目丸くした。玉記が言う

「なぜ己?」

逸彦は頷いた

「二人にも、鹿のような角があった。それは龍の力の証しで、愛の役を持っているそうだ。二人はその力と角を龍に返した。その龍だ。二人は龍の化身なのだそうだ」

それが実穂高の言っていた角と龍の話か、まさか己が当事者とは


「おう、我等龍の化身らしいぞ」

「下世話な事言って居る場合ではあらぬな」

「げせ…?」

逸彦が首を傾げ聞き返すと二人は手を振って打ち消した


「龍の話か」

実穂高は察したのか、いつの間にか側に寄って来た

「そうだ。話した方が良いと思って」


逸彦と実穂高は龍が其々 水の龍天河が玉記、地の龍金剛が天鷲、榮が光の龍であった事を話した。奪われた角を榮の命を引き継ぐ津根鹿に取り戻し、残り二つ、火と風の龍が居るはずと話した。その龍も探さねばなるまい


彼等は更に津根鹿にそれを言うべきか迷った。だがまだ伝えるべき時には至っていないと感じた。


実穂高は水師に尋ねた

「汝の勘で、残りの龍の居所はわからぬのか」

「さあ、焦らずとも鬼討伐の使命を果たせば見つかると、我が勘は申してます」

水師は言いながら、目は笑むように細めていた

「探さずとも良いのだな」

水師は頷いた。神の計画は全くもって計り知れない。完璧なのだ。水師は心の中で呟く

この二人が出会うという事の本当の意味を、彼は先程の望みを願った時に知ったのだ


玉記は水師の表情が気になった。もしや此奴は死ぬ気ではあらぬかと思った

「水師殿は先程己が人生で最も愛を感じた時と言われて、どなたを想い描いたのだ」

「我は愛と神を想った」

水師は龍の金剛が最後の咆吼を思い出した。その時には咆吼に聞こえ、詳しい内容や言葉は分からず、だがその気持ちだけは伝わった。それが今は言葉として思い出せるのだった


「これぞ我が時 我が望み、今此処に我は己が本来の姿へとこの身をもって献じよう」

逸彦はそれを聞いて言った

「確かに、言葉ならばそうだ、金剛は天鷲殿の龍だ」

「麻呂か。麻呂が言った事になるのか。麻呂がそんな立派な事を言うのであろうか」

皆は笑った。水師は継いだ

「龍は己の道をそのままに生き、愛と神を心底愛しているのだな、と思う。我も愛と神を愛したい」

その愛と神とは、実穂高と逸彦の事ではないのか。と思ったが玉記は黙っていた。己も覚悟を決めねば。宿世の話を聞いて、己が政事に精を尽くせぬ訳をわかった。何処かで諦めがあるのだ。それでも、やるべき事はやりたいと思うが、鬼退治の話を聞いて、何故か心に喜びが湧いた。宿世で果たしきれなかったものを、遂げる機会を得たからなのだと今はわかる

今日はもっと彼等を知り、楽しもう、と思った。


「水師、汝は本当に凄いな。その気持ちの純粋さにおいて、宿世もそうだが、汝は我が師匠だ」

逸彦が言うと、天鷲と玉記は汝が一番そうであろうと心の中で呟いた




実穂高が己の部屋に戻り、他の皆が翌朝に備えて眠った後も、逸彦と水師と天鷲と玉記は、その晩遅くまで語り合っていた。庭が見える縁側で、酒が無くともいつまででも語らう事が出来た


実穂高は床につき、身体を横たえながら、逸彦に斬らせてみたいものを色々考えてみた

太陽にかかる雲を払えるのかとか、光を斬ったら見えにくいのが変わるのかとか、五行の封印も斬れるか、悪縁も断ち切れるのだろうかなど…。一番断ち切って欲しいのは我が心の見えない楔だ。何故いつも己は苦しいのだ。何が我が心を縛っているのか

己で苦笑する。遊び道具でもあるまいし。剣を使うべきは神と逸彦が決める事だ


それにしても、逸彦の剣を見ると心が熱くなる。彼の所作は風のようで、(うつく)しい。木々を伝って移動するのはまさしく突風のようで、自由だ。彼のその存在が、停滞していたものを励まし、動かす。彼がそうしようと思わなくても居るだけで周囲はその影響を受ける。生き様を見て、己を奮い起こさせる。

そう思って風のように、先程の奉納舞をしたのだが、彼は気づいていないのであろう。我がどれ程彼を愛し、恋しく思って居るのかも…


実穂高は膝枕された時の頭と肩に置かれた逸彦の手の温もりと、互いの命を感じた瞬間を想起した。その感触を胸に抱き締め、目を閉じた

人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼する (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の(さおり)…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

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