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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】起点

この物語はフィクションです。



最後の時がもうすぐ訪れようとしている

残った鬼が全て居なくなれば、もう鬼が発生する事は無い。そうとなればこれはいよいよ本当に最後となるのであろう

別行動していた間の話では、地域的に鬼化する事が起こっている。想像を超えた大人数が相手となる事もあり得る。奪った光の龍の角を芙伽(ふか)は何処まで使いこなし、何をしようとするのだろう

単なる獣のような群れでは無く、芙伽がその行動に意図を加えるとなると、鬼の性質を知っていても予期せぬ事も起こって来るだろう。しかも見えにくい状態だ


実穂高は先程願った時に思いついた事をやろうと思った。だが胸に何かが上がって来た。どうしても逸彦を守りたいと言う苦しい程の想いだった。その想いに涙が出た。このままもし命を落とす事があったら、彼は如何にしてその永い旅を、背負って来た使命を報われるのか。帝も民もその苦しみなど知りようも無い。彼はただ消え去るだろう。その功績は鬼の忌まわしい記憶と共に葬り去られるだろう。

己もまた、そうだ。賀茂の血も引いていない女の身で、表に立つには限界がある。今回がうまく行っても行かなくても、その誉れは巽の手に入り、己は存在も含めて史録にすら残らぬ。元よりそんな事は望んでいない。我が誉れは、神と己が心がどう思うかであり、他者の評価がそれを上回る事は決して無い。だがそうだと言って、全てを犠牲にして失って、利用されただけならば、やり切れない。何としても良い形で終わらせたい


実穂高は祈った。その純粋な想いのままに。

口をついて言葉が降りて来て、そのまま宣った

「愛の名において宣言する。逸彦が(いのち)、如何なるものも絶つこと出来ぬ。これを(ことわり)とす」

神と愛に愛され、その(めい)を帯びる者を、神も愛もみすみす死なせる気など無かった

実穂高は安堵した。


他の仕事に取り掛かる。逸彦以外の仲間も、自ら集めた以上、欠ける事なく無事に帰したかった。実穂高自身に何かあった時の為に、己の力に依存させず、各々の中の愛に繋がれるようにしようと思った。そう言う(のり)を作って、皆にも自らの愛と繋がれるようになってもらおうと思ったのだ


この愛に導かれ、我が愛と繫がる。

愛は我が(いのち)を照らし、その役を全うせしめん


そうだ。この言葉、この(のり)だ。全てを含め調和した目的だ。

自ら言葉にした時の感覚から言っても、最も善しと思えた


実穂高は一人頷いた。



目の前に女を思い出す。逸彦の目から見た猿女。それと天宇受売巫女。何故執拗に、神の力を狙うのだ。その影に焦点を合わせ、静かに心を観た


…神からも愛からも生まれて居らぬ

…過去の遺物

…人造された生命

…永遠から外れ決して生まれ変わらぬもの


想像もつかぬ遥か昔の、想像を超えた文明。見た事の無い建物、からくりと技術

命の秘密を解き明かし、命の目的を改変しようとする意志。それらに奴隷として作られた人造生命体

命の改編によって自ら人では無い姿に変じ、偏った能力を得たり、命の時から外れ生きる事のみに特化する事を選んだ者。そのただ生き長らえること、死なない事への執念

虫のような、生き物とも呼べない程の微細な生き物に身を変じ、他の命に寄生する様子が見えた


腹の奥から気持ち悪さがこみ上げ、吐き気をもよおす。思わず口を押さえた

ゆっくり呼吸を繰り返し己を浄化するうちに吐き気は治まったが、心地悪さは消えない


見た光景にある、神と愛への反感、命への悪意に、まだ胸が詰まる


部屋に居る事も耐えられなくなった。何か飲んだ方が良い、白湯とか。水師を呼ぼうと思ったが声が出なかった

よろめきながら立ち上がって、戸を開けた


するとそこには逸彦が盆を持って立っていた

逸彦は実穂高の顔を見て驚く

「どうした、酷い顔色ぞ」

実穂高も驚いた。いつもこういう時現れるのは水師だった


「汝も勘が良いの」

笑みを浮かべるがそのままへたり込んでしまった。少し安心したのだ

逸彦は盆に白湯と干し柿を持っていた。午前中からずっと部屋に篭り、占いや霊視を立て続けに行い、他の者は昼餉を食べている時間にも出て来なかった。と思っていた逸彦に即座に白湯と干し柿を渡して様子を見に来させたのは水師だった


逸彦は実穂高の身体を支え座るのを助けた。実穂高は逸彦にもたれて干し柿を食べ白湯を飲むと少し落ち着いた

「大丈夫なのか」

「ああ、おかげで助かった」

「何ぞあったのか」

実穂高は黙った

逸彦はそのまま実穂高を抱き寄せ、身体を倒した

「何を…」

実穂高は均衡を保とうと両腕を開いたが、結局逸彦の膝の上に頭を乗せる形で仰向けに倒れた

「こうするのが良かろう。いつもこうしてくれるでは無いか、我が調子悪い時には」

それが実穂高を指して居るのか母である那由を指して居るのかわからなかったが、恥ずかしくもあり、嬉しくもあった。仰向けのままでは逸彦の顔が見えて流石に顔が火照りそうなので、身体を横向ける

安堵した。逸彦が側に居る事により起こる気は清らかで、先程の気持ち悪さを洗い流してくれるようだった


「何だ、(おん)関連の体調不良か」

「いや、違う、先程霊視したものが…」

逸彦も気分が悪くなるのではないかと思い、口をつぐんだ


「我は頭賢くは無い故、我にわかるように言葉を選ばずとも構わぬ。何かあったならばそのまま言うてみたら良かろう」

逸彦は充分賢いぞと思いながらも、その事は黙っていた。そして今猿女から見えたものをほつほつと話した


「左様な事もあるのか」

「あり得んと思うがあるのだな」

「猿女は元から命を持たぬから命や力に執着するのか」

「然りだな。我等に当たり前の感覚がかの女には感じられぬのやも知れぬ」

命を持たない者の感じているものが何なのか、命を持っている者にはわかりようも無かったし、わかりたくも無かった

ただ、我等は恵まれているのだと思った。当たり前を当たり前と受け止める事が出来るのはそれだけでも幸せだったのだ

命の無いものがある故に浮き彫りされた命を感じた。その貴さは人智で量るを超えているのだ。


逸彦は急に実穂高を愛おしく感じた。その肩にそっと優しく手を置き、もう一方の手で頭と髪を撫でた。目を閉じて、その感触が己の内に生じさせる感覚を感じた。命に触れているのだ。そうすると、またあの木肌に触れた宿世が思い起こる。実穂高との間に何も無く、空気と身体の内側の密度は同じで、全てはひとつなのでは無いかと思われた。僅かに肌がそれを隔てている。それは何か圧倒されるような存在が存在しているという事実の裏付けに思え、歓喜を呼び起こす


実穂高も感じた。逸彦の心に共鳴して、己の心も同じ事を感じているとわかった。何か不思議だった。他人に共鳴している時と少し違う。逸彦と己の心は元々ひとつで、便宜上別れているかのように思った。

この者との深い(えにし)は、実のところ何であろう。宿世で会ったから?木に求婚したから?そういう事が起点でも無いように思われた。もっと奥の…


実穂高は突然、あの木の声の言う結ばれる証しとして授けたものが何かを悟った


心の臓が入れ替わっている?


実穂高は飛び起きた。それは心を惹かれる訳だ。愛してしまう訳だ。互いを求めてしまうだろう。そして同時に、逸彦の心に注がれる愛の光を何者も遮る事が出来ず、それ故に鬼と会っても彼は決してそれに流されて鬼化しない秘密でもあった


「一体どうしたのだ」

逸彦は茫然と己を見つめる実穂高に尋ねた

「ああ、いずれ話す時が来たならば話そう。戦いが終わったらな」

「何だ、それは良き事か悪しき事か」

「うむ、どちらかと言うと良き事、と言うかとても良き事だ」

逸彦は笑った

「それは楽しみだな」


「実穂様、大部屋に集まりましたが如何致しますか」

丁度良い具合に水師の声が部屋の外からかかる

「わかった。間も無く行く」

流石は水師、と実穂高は思った。逸彦も同様に思い、二人は顔を見合わせて笑む



だが、先程からずっと水師はそこにいた。盆を逸彦に持たせた後を、主人が心配でやはり着いて来たのだが、もはや部屋には入りようも無かった。そして、更に後を着いて来た玉記と天鷲もそこに居た。三人は戸に張り付いて中の気配を伺っていたが、水師が声を掛けると二人は何事も無かったようにそっと足を忍ばせ皆の集まる間に戻った


「何だあれは」

「実穂高は逸彦の前でだけ女に戻るのだな」

「あんなに良い雰囲気で、何事も起こらぬのか」

「起こらぬのだな」

二人は溜息をつき、この戦いを終えぬと無理かと、どちらともなく呟いた


人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼する (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の(さおり)…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

巽 右大臣…討伐の依頼主だが乗り気でない。ちなみに巽は本名ではなく通称

新路(しんじ)…巽の従者

芙伽(ふか)… 榮に霊障し、角を狙った女。


那由…逸彦の母役、育ての親の人格。宿世で何度も母だったが、隠岐の島で逸彦が黒岩を斬って以来生まれ変わっても巡り合わない。鹿のような枝分かれした角があるが、霊眼が開かないと見えない。愛の化身。「流刑」に登場

那津…那由の子供として暫く生まれて来ない時に、同じくらいの年齢で生まれた人格。商家の娘那津を嫁ぎ先まで護衛する「護衛」に登場

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