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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】思惑

この物語はフィクションです。


水師が大部屋に来て、天鷲と玉記も実穂高の部屋に来るよう伝えた

実穂高は別行動していた間の出来事も踏まえて、今後の作戦を立てたかったのだ

実穂高は四人に現在起こっている事を整理して確認した


まず、深瀬郷のある盆地が全域鬼(おん)化して、そこから諏訪の人がおかしく、甲斐国に入ると皆鬼になっていた。逸彦のコウの話では、地域全体の光を遮り、人々の感性が鈍り、そこにきっかけがあると一気に鬼化は進むようだ。ただ、それは一日やそこらでできる事ではない。

更に、芙伽に榮の角を取られた事で、光に関する力が芙伽に渡った。榮が亡くなった後には、もっと早く鬼化が進む事が考えられた


逸彦自身も尋ねたい事があった

「別行動の時の(おん)の大量発生の間は、実穂高の体調は如何だったのだ」

「ああ、それな。考えたらその日程の頃多少熱っぽくはなったが、旅に差し支える程でも無かったのだ。だから会うてその規模を聞いて驚いた。今までの麻呂は倒れていた筈だ。何故かの」

そこのところの霊視は忘れていたのだ。実穂高らしいと逸彦は思う。

水師は頭の隅で逸彦と出会ったおかげなのではと思っていたが、黙っていた


芙伽は故意にこの地域を鬼化したかった、という結論から考えてみる。どう言う動機なのだ

この盆地を一行が通ると予想していたのでは、と思われた

更に甲斐国の方は、合流しようと戻る実穂高と水師の遭遇が考えられた。もしもこの二つの鬼の群れが、逸彦によって食い止められなかった場合、群は富士川沿いに南下し駿河国の沿岸沿いに西へ登れば尾張、京へ、東に降れば伊豆国又は箱根を越えて足柄国へと行くことになる。西に登れば当然その途上にある国々の人々を巻き込みながら、京へと向かう事になる


「何故深瀬郷や甲斐国なのだ」

天鷲は目を瞑り考えていたが

「京に近ければ陰陽師や高野山に悟られる。甲斐辺りであれば、気づくのに時間がかかる。集団が富士川から駿河に入った時に陰陽師や高野山が気付いたとしても、集団が大きすぎてもはや対処不能だ。芙伽がその集団を操る事が出来るなら、京を包囲して天下を取れる」

重い沈黙が流れる

「それが芙伽の狙いだったか」

「そう思った方が良いな。京があんなものに襲われたら壊滅だ」

「全く、食い止められたのは逸彦殿のおかげだ」


今後の芙伽が何をするのかに話が移る

「この先考えられるのは、我らが行く所に鬼の群を襲わせる事だな」

「そうなると、向こうにその時間を与えぬように、また滞在する地域に被害が及ばぬよう、なるべく迅速に動く事だ」

「それで我らは何処へ向かへば良い」

一同考え込む

(ひがし)の方角が良いかと」

「何故だ」

水師の答えに天鷲が問う

「芙伽が我らに鬼を当てるなら卯の方角を鬼にして我らを襲い、そのまま京のある(にし)へと移動するでしょう。ならば我らも卯へと移動すべきでしょう」

「然り。ならば伊豆国と駿河国に境へ行くのはどうか。逸彦殿はこの辺りの地はご存知か」

「知っている。案内できる」

「その辺りで少し動向を伺いながら箱根へ登るか決めよう」

一同頷く



話が一段落したところで、逸彦は気になっていた事を天鷲に尋ねた

「結局、宿世で(まこと)殿を謀したのは誰だったのだ。赤珊瑚の数珠の持ち主だ」

「赤珊瑚の数珠?」

水師は返す

「厩に牛の乳酒の壺とその数珠が落ちていたのだ」

「それは十四歳下の弟、(つとむ)だな。出世が遅いのを気に病んでた。だが、彼奴一人で考えたりはしないだろうから、やはり誰か背後に居るな。良房あたりか。まあ麻呂含め皆とっくに死んでいる、昔の話だがな」

天鷲は笑った


「それ気になるな、赤珊瑚の数珠」

水師は口にした。逸彦は訊く

「赤珊瑚がか」

「いや、巽殿に芙伽を知るかと訪ねた時、巽の手首にも朱い数珠があるのが見えた」

「それか。麻呂も気にならぬ訳ではなかった。その前に巽に会うた時には着けて居らぬ」

実穂高が言うと、逸彦も

「猿女も朱い瑪瑙を持っていたな」

「色の方が由があるのだろうか。朱い玉に」

皆は考え込んだ。玉記は言う

「この件は実穂高殿に霊視していただくしかあらぬ」


「わかった」

実穂高は朱い玉を霊視した。何か意味があるようだが、ぼやける。

「見る角度を変えては如何だろう」

天鷲が言う。実穂高は頷いて天宇受売命と朱い玉、と言う視点で観る。

「あれだな、天の岩戸から天照大神を引き出した時に、一方的に宣った」

「新しき神が生まれた、か」

水師が答えた。逸彦はこう言う事は詳しくなかった。誰でも知っている程度の知識しかない。実穂高は言った

「天照大神に貸し出されていた神の力が、契約により、更に天宇受売命に使われる事になった。思金神の知恵や、手力男や、皆で出したが、他の者の助力によってしか神ではないと言う事にされ、天照の行う神事には、天宇受売命の刻印が付与されるようになった。その印として朱い玉を使う。つまり神の力を勝手に使う権利があると言う印として朱い玉を持つ」


「如何すれば良いのか」

逸彦が尋ねると実穂高は言った

「朱い玉を逸彦殿が斬れば、消えるのではないか。猿女が持つものが本体で、他の者が持つのは皆複製のようなものだ」

「何故我が斬ればなのだ」

逸彦の質問に答える

「逸彦殿の剣は普通の剣ではあらぬ。逸彦殿の命光を宿した(やいば)だ。よってそれは最強であり、斬る事できぬものはあらぬ…」

逸彦はその話を実穂高にした覚えはなかった。己自身も、コウがそう言っていた事を忘れていた位だ

「何故知っている」

実穂高もはっとした

「何故だろうな、口をついて出た」

考え込んでいる


「それは現物が無いと無理か」

天鷲が言った。実穂高が返す

「と言うと?」

「その物に焦点を当てて強く思い描いたらできぬのか」

「やってみよう。本体はともかく、複製だけでも」


逸彦は刀を部屋から持って来た。部屋の真ん中に立ち、周囲は距離を取った。実穂高はその背後に立ち、二人は目を閉じた。実穂高は逸彦の背に手を当てる

「麻呂が思い描く事共に観よ。これは巽の持っていた数珠だ」

逸彦は描いてみる

「それではない、もう少し汝の左にある」

何故わかるのだ。不思議だが少し左へと焦点をずらす

「そうそれだ。焦点を当てたまま、刀を抜け」

逸彦は目を閉じたまま刀を鞘から抜く。身体は自動で動いて、想像上の玉を斬る。手応えがあった


「斬れたぞ。消滅した」

良かった。己でもどうしてこのような事が出来たのか不思議だった。それも不思議だが斬った瞬間、刃の光が強く鋭く変わったように見えた


実穂高は巽に付けた式神を霊視して、巽の心の状態を知ろうと思った。だが何も無かった

何も無い?

巽は何も感じていなかった

「巽に付けた式神を観たが、何であろう。何も感じて居らぬようだな」

「眠っているのでしょうか」

実穂高と水師は首を傾げたが、何も無いなら遠方から此方へ影響もあるまいと思った


「本当に凄いな」

天鷲と玉記は後から合流したので、逸彦が剣を使うのを見るのは初めてだ

「これで琵琶湖の水も斬った、恐らく水の不浄を」

「汝は己を穢れた身だと言ったな」

実穂高は言った

「それは違うぞ。汝の命は崇高で貴いものだ。それ故に全てを斬る事が出来る。鬼の心を翳らせる雲を斬り、命に本来あらぬ業を断ち切っているのだ。だから鬼は逸彦が斬れば、命は再び愛へと還る事が出来る。鬼化した命にとって、それは救いなのだ。それが汝の(めい)なのだ」


他の者はそれを聞いて心底納得した

だが逸彦は暫し沈黙した後に、言った

「されど我は、刀に動かされ身体が動くのみだ。我がやっているのかわからぬ。我はただの神の憑代に過ぎぬ…」

「それは…」

実穂高は溜息を漏らした


実穂高はそれを説得する事はできなかった。実穂高自身、己が世の真中たる、しんなる木であり、愛であるかも知れないと言う事を、まだ完全には受け止められなかった。己にはまだ罪悪感があった。それが何かをよく分からず、内面を観る事を繰り返しているが、抵抗があってその感情の核に辿り着けないのだ

恐らく、逸彦を神と認める事は己を愛だと言う事と等しい。己を、愛そのものだなんて言い切れない。己はこれほど無力で、まだわかっていない事があり、見えていない事もある。

正直、仏教であれ何であれ、安易に器が小さいのに自分が神だとか悟っているとか言ってしまえる輩が羨ましいとすら思う。そしてそれを信じ込める大衆も。唖然とする。釈迦本人に会った事も無い者が、釈迦を信仰するなど。

それは良いのだ。己の道とは関係ない


実穂高は再度溜息をついた

「如何されましたか、実穂様」

水師が言う。その目は僅かに笑っている。この頃此奴はこういう目をする。己と逸彦の何をどう知っているのだ。一寸(ちょっと)水師を絞ってやりたい気分になったが、今は他にもやる事があるのでやめる事にする

「何でもあらぬ…。汝らももう出てろ。まだやる事がある」


「それから水師、夕餉前に儀を行うので、皆に大部屋に集まるように伝えてくれ」

「賜りました」

水師は答えた

四人は退室して大部屋へ移動した

人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼する (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の(さおり)…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

巽 右大臣…討伐の依頼主だが乗り気でない。ちなみに巽は本名ではなく通称

新路(しんじ)…巽の従者

芙伽(ふか)… 榮に霊障し、角を狙った女。


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