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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】鳩首(きゅうしゅ)

この物語はフィクションです。

逸彦が実穂高に呼ばれたので、期せずして玉記と天鷲は二人きりになった

玉記は顔を寄せ気になって仕方ない事を聞く

「狩に加わらぬから、おかしいと思うたら、口説いておったのか。実穂高と二人きりで何ぞかあったのか」

天鷲は眉をひそめる

「麻呂に今聞くか。恋破れたばかりぞ」

「本当か、汝が女と二人きりで何も無かった訳はあるまい」

「うう、抱き締めた」

「何だと」

「友として泣かせる胸を貸す為だ」

そして天鷲は薬草採りの様子を話した

「それだけか」

「それだけだ」

「接吻もせずか」

「できぬだろう、目の前で他の男への想いに苦しんでいるのに」

「天鷲ならどんな女でも靡きそうなのに」

「汝、どう言う目で麻呂を見ている」

天鷲はしかめっ面をして玉記を睨んでみせた

「で、最後はそれか、そのまま薬草採りを続けるだと」

「ああ、もう無理だろ」

「ううむ、実穂高は並ではないな。それを謀らずにやるか」

「な、敵わぬだろう」

「ああ、色んな面で強敵だな」

二人同時に溜息をつく


「逸彦殿に託すしか無さそうだな」

「ああ」

実穂高に幸せになって欲しいのはこの二人も同じであったが、逸彦も手強そうだ

二人はもう一度溜息をついた





逸彦は実穂高と水師と共に、実穂高の部屋にいた


実穂高の先程までの占いと霊視の結果を伝えた。(おん)と芙伽なる女の関わり、それを知りたいのだった

逸彦は母の龍は木だったと聞いた。少し混乱する。実穂高も宿世木だったと言ったではないか。同一のものか、違うのか。結論は出ない


「それで、津根鹿殿の奪われた角の力が戻れば、津根鹿殿はそれを光の龍に返すと」

「まだ龍は、風と火がある。何処かに居る筈だ。全てが揃わねば世の歪みは戻らぬだろう」

「後知りたき事は、宿世にも登場する西渡殿は何故その女の知り合いなのだ。逸彦殿、思い出すのは辛かろうが、何か宿世の事で思い当たらぬか」

逸彦は目を閉じた。宿世で己をあやめたあの女。少し距離を置いて深呼吸する。その時の事を思い出す。背に刺さった短剣。胸が苦しくなる

「大丈夫か」

心配する実穂高を制し、続きを見る。己の身体から離れて立ち上がった女の手首に朱いものが…それを見て己は言う「生きていたのか」


この出来事の前にこの女の何を知っていた。朱いのは、編んだ草の緒で結んだ瑪瑙の玉だ。これの事を聞いたのだ、死んだと思っていた。だが男は確かに死んだとは口にしていない。「もう妻には会うことはあらぬ」と言ったのだ。誰が言ったのだ。太刀をくれた男だ。今の西渡(さえど)


「その女は宿世の西渡の妻だったのだ。初めて男に会った時、妻を探していると言った。特徴は朱い瑪瑙を着けていると。我を刺した手首に朱い瑪瑙があった」

「逸彦殿、その女に焦点を当てて考えてくれぬか」

逸彦がそうすると、実穂高はその女に焦点をあて、影を掴んだ。


(なむち)吾が夫だった男にその太刀を譲り受けたか。言うていた。先楽しみな童に出会うたと」

実穂高が言う。その女が吐いた言葉だ。二度と聞きたくないが知らねばなるまい

「会えたのか」

逸彦は言った

()を見て去った。

病に伏した吾を死から逃れさせようと願うたのは彼の男だ。吾が生くるは彼の望み。そもそも、吾を一人きりにして防人して長く帰って来ぬから吾は患ったのだ」

実穂高は言葉を続けるが少し苦しそうだ

「浜の黒岩に吾を触れさせた。神気(かみげ)ある言うてな。それで知ったのだ。全てを知るようになった。己が命の道に囚われているとわかり、そこからの解放され死から逃れるを求めた」


()に触れた者は変化(へんげ)する。それは命の定めからの解放。命の定めを疑う者が増えれば吾が力も増す。吾は神のようではあらぬか」

実穂高の声を通してこれらの言葉を聞かされるのは辛い

「汝は神であろう、桃木の毘古。汝亡ければ神に成り変われよう」

()は神ではあらぬ…」

逸彦は言った。その目から涙が溢れた


「モノ共は()の言う事を聞く。此処にもモノを向かわせて、汝の帰りを歓迎しておいたぞ」

それで爺と婆は鬼に襲われ亡くなったのだ

「毘古よ。その光る太刀貰って行く」


逸彦は床に伏した。涙と脱力で身体を支えるもままならなかった。悔しさと失意が蘇る


「済まぬ…」

実穂高は崩れている逸彦を見て言った

いずれ知らなければ前に進めぬ事だ。逸彦もわかっている。身体を丸め、泣きながら頷く。水師も黙って見ていたが、やはり無言で涙を流していた


だが実穂高は静かに諭した

「逸彦殿、くれぐれも言うが、その女への憎悪は最終的に捨てねばならぬ。怒りや憎しみは相手に力を与えるのだ。汝の目を怒りで曇らせてはならぬ。だから今のうちにその気持ちを終わらせてくれ」

母である那由も、(まこと)殿もそう言った。己に復讐や憎悪をけして背負わせなかった。それによって神の(めい)を汚してはならぬと

「わかった」

逸彦は袖で涙を拭きながら身を起こし言った


「その女は猿女と名告っていたな」

暫くして落ち着くと逸彦は言った

実穂高は女を見た時の人格が三つあると思ったうちの、一つが猿女であるとわかった。残りは西渡の妻の生前である早萌(はやも)、そして芙伽であろう。芙伽は宿世に登場する病にかかったと言う妻の名であろうと思われた。巽が芙伽の名で尋ねると知らぬと答え反応無かったのは、早萌と聞いていた可能性もある。しかし、黒岩から乗り移った反命の大元は、何故猿女と名告ったのだ

「猿女と言えば、あれですな、天孫降臨の際、邇邇芸と共に行く一行を遮った猿田彦を問いただした天宇受売巫女の後の別名でありますな」

「天照大神を天の岩戸から出るように踊って誘った神だな」

「神に成り代わりたいと思って居ったのか」

「考えられるな」


「芙伽は(おん)を集められ、我等が鬼退治ならば当然それから逃げたりはしないとわかって居る…」

三人の間に重い空気が流れた


「これからもし鬼が一人二人では無く、大軍として遭遇した場合の対処だが、それについては何か考えて居るのか」

「うむ、以前言った方法だが、麻呂の方法は大人数だと此方の心が負けてしまう。ところで、水師の結界だが、汝ら宿世で体験しておろう、愛する女子を守る結界が京全体を守り、鬼を退けたと聞いた」

逸彦は頷いた

「水師の心からの愛は純粋で、強い力が及ぶだろう。だが絶対とは言い難い。水師が純粋に守りたいと思い切れない相手が入っていた時と、水師の気持ちが削がれた時だ」

逸彦は言う

「今のところ見ていて、水師は皆に慕われていて心配はあらぬだろう」

「もう一つは麻呂の(のり)と術だ。今はこれを全体に張って居るが、一人ずつに対するところまで落とし込んで行こうと思う。祈は言葉でできている。その言葉の組み方次第で、如何様にも変わる。目的が大事なのだ。調和する目的、矛盾の無い目的、鬼も含めた調和だ」

内容が大分難しく理解が追いつかないが、何か凄い事だと逸彦は思う

「うまく説明できぬ。まあ、良い。それともう一つだ。各自の心を守らねばならぬ。

皆の話を聞いてわかった。逸彦殿も知っておろう、命に届く愛の光が遮られ、翳に覆い尽くされると鬼化するのだ。皆を鬼化から守るにはどうしたら良いのか」


「それで麻呂は鬼の心に共鳴するのをやめ、皆の心に共鳴してそれに光を与え続けようと思う。どうだ」

逸彦は素晴らしいと思う反面、実穂高自身を守る事はどうするのだと尋ねた

実穂高は答える

「水師の結界に守られておる…」

実穂高自身は本当は逸彦が最も心配なのだった

だが逸彦が一番心配なのは実穂高の事を守り切れるかどうかなのだ。


“己が願えば良い”


突然コウの声が聞こえる

久しぶりでは無いか。今までどうしていたのだ


“全ては順調だ”


そうか、願えば良いのか。確かにそうだ

「どうされた」

水師が尋ねる。逸彦は答えた

「久しぶりにコウが話しかけて来た。願えば良いと」

「左様か。確かにそうだ、何故か自力でやろうとした。煮詰まるの」

実穂高は気持ちが解けたようだった。咄嗟に三人は願った

逸彦は願った。実穂高の身の安全を。実穂高も逸彦の身の安全とこの使命が成し遂げられる事を。水師は友と再び相見(あいまみ)える事を。


それを願った事で其々に今何をすべきかと言うことに考えが及ぶようになった


実穂高は己を過信せずに、皆も愛に自ら繋がれるようにした方が良いと思った。逸彦はもっと皆と話をして信頼を深めた方が良いと思った。水師も違う意味で逸彦と同じ事を考えた

鳩首(きゅうしゅ):顔寄せ合い相談すること


人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼する (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

芙伽(ふか)… 榮に霊障し、角を狙った女。


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