【決戦】予言(かねごと)
この物語はフィクションです。
翌朝、逸彦が起きると、天鷲は逸彦に言った
「朝餉の後、蹴鞠をしないか、玉記と三人で」
逸彦は昨日の天鷲への怒りが湧いて来て、その申し出を受けた
玉記は天鷲が何を気負っているのかよくわからなかった
「天鷲、汝どうしたのだ。らしくないぞ」
「好いた女の為だ」
玉記はいつの間に友に女と出会う機会があったろうかと思ったが、逸彦とも話をしたいと思っていたので、一緒に臨む事にした
天鷲は乾いた砂を集め袋に入れた。それを芯に幾重にも布を巻き、蹴鞠位の大きさにする。軽く蹴ってみると、なかなか良い具合である
逸彦に決まりを説明する。鞠を受けたら、一回己で蹴って、残り二人のどちらかに、受けやすいよう蹴り返す。それでいつまで続くか、という遊びだ
逸彦はそれを聞きながら、何か思い出す気がした。そう言えば、篁が化身だった龍の天河は今度会ったら蹴鞠をしようと言っていたな
天鷲が鞠を蹴って始める
逸彦が受ける。己の足で一回蹴って受け、それを玉記に蹴り渡す。何度か繰り返すうちに、逸彦はその競技に慣れて来た
「おお、なかなか面白いな」
天鷲が鞠を蹴り渡して言う
「汝、実穂高殿をどう思う」
「何だって」逸彦は蹴り返す
「実穂高殿の気持ちを知っておろうが」
「天鷲、昨日実穂高と二人で何してた」
天鷲は鞠を蹴り損ねた
「見たのか」
「帰って来たところを見たぞ」
天鷲は落とした鞠を拾い、また蹴った
「実穂高は薬草採りだ」
「手出したら許さん」蹴り返す
天鷲はにやりと笑った
「ほう、手出したら如何にする」蹴り返す
「絶対駄目だ」蹴り返す
「麻呂は実穂高に恋した」
今度は逸彦が鞠を受け損ね、鞠が落ちる
「麻呂ははっきりと実穂高に言ったぞ、気持ちを伝えた」
鞠を拾い、逸彦は怒りに震える
「汝は気持ち言わぬのなら、何故怒る。麻呂はこのまま実穂高殿に受け入れてもらうまで言い寄るぞ」
逸彦ははっとした。このまま己が引けば、天鷲となら、きっと幸せになれるだろう。それで丸く収まるではないか
「ではそうするが良し」鞠を蹴る
「良いのか、もろうても」蹴り返す
「……」逸彦は無言で蹴り返す
玉記は己には全然鞠が回って来ないが、何やら面白い事になっているのだなと内心可笑しかった
そうか、実穂高殿は女だったのか。己は七年付き合いあって気づかなかったのか。流石実穂高だ、してやられた。水師の奴知っていたか知らぬ振りか…。女として見たなら絶対己も惚れるな、あんなに聡明で趣きあって気高い人物は居らぬ。まあ、今更だな。玉記は己の髭の根をさすりながらにやけた
「己にもくれ」玉記が言うと天鷲は鞠を玉記に蹴った
「実穂高が女なら、己も参加する」天鷲に蹴る
「汝もか」天鷲は笑って玉記に蹴った
逸彦は間に割り入って鞠を奪った
「駄目だ、信は成敗されると言ったぞ」己で蹴る
「誰に」
「宿世で那由に言い寄って我に篁共々成敗されると言った」己で蹴った
天鷲は何かが繋がるのを感じた。
天鷲は鞠を横から奪った
「だから言うたではないか、その通りだ」天鷲は己で蹴る
「魅力あるはあるのだから仕方ない」
逸彦もその鞠を空中で蹴って奪い取る
「那由も実穂高も渡さん」己で蹴る
「篁もだぞ」玉記に向かって言う
「ギョク、鞠渡せ」玉記の言葉に逸彦はつい玉記に鞠を蹴った
「ギョクって言った」逸彦は言う。宿世の童だった時の名だ。思い出されたのか
その間にも鞠は天鷲と玉記の間を往復している
「ギョクは母様が好きなんだ」逸彦は鞠を奪う
「誰にも渡さん」
その鞠を天鷲が狙う
「それは童の頃だろう」鞠を取られる
「然り然り」玉記が蹴る
「実穂高は母ではなかろう」天鷲が蹴る
「いや、実穂高は那由だ」逸彦が蹴る
「何故那由だと駄目なのだ」天鷲が蹴る
「母を女には見えぬ」逸彦が蹴った
「汝本当に那由から生まれたのか」天鷲は言う
「え?」鞠は落ちた
「本当に那由の腹から生まれたのか?父の話を聞いた事がないぞ」
そう言えばそうだった。那由が母の時にはいつも独り身だった。那由ではない母の時には父はいた。あまり縁は深くは無かったが
逸彦は考え込む。天鷲はその逸彦に近寄って言う
「実穂高は汝を想うておるぞ、どうするのだ逸彦殿。受け入れぬのか」
「どうって…」
後ろから声がかかる。実穂高本人だ
「楽しげだな、麻呂も混ぜよ」
三人は顔を赤くし、横向いた
「ん、何だ」
天鷲が鞠を拾い逸彦に蹴った
逸彦は玉記に蹴った
玉記は天鷲に蹴った。鞠はさっきまでの激しさは嘘のように、穏やかに三人の間を回る
「何だ、麻呂に渡さぬのか」
天鷲は仕方なく実穂高に蹴った
実穂高は受け損ねる
天鷲はそんなに難しく鞠を渡したつもりは無かったが、もう一度、かなりゆっくりで当てやすい鞠を蹴った
実穂高は蹴り返した。鞠は四人の間を回った
逸彦が実穂高に鞠を蹴ると、また実穂高は受け損ねた。
そうだった、玉記は思い出した。実穂高はこういう目的の良くわからない遊戯が苦手だった。
落ちた鞠を見て実穂高も言う
「やはりこう言うのは得意ではないか…気を使わせても面白うない。麻呂は外れるか」
少し残念そうに実穂高は言って、後ろに控え、木の根に腰掛ける
蹴鞠は再開し、鞠は三人の間を回った。いつまででも蹴り続けられそうに、気が合った
鞠を蹴りながら逸彦は笑った
「天鷲殿よ。我は宿世で信をみすみす死なせた事を後悔しておった」
「済んだ事だ。そう言う運命であろう」
「玉記殿、汝の親友の信を救えず悪かった」
「汝のせいではあらぬだろうよ」
「玉記殿、いや、篁よ、ギョクは、ギョクは…」
童のように涙が出て来た。
「ギョクは汝を父のように慕って居った。それを言えず、気づかず…」
鞠は止まった
「こんなにも長い時が経ってしまった。今約束の蹴鞠が出来て、我は心底嬉しい」
袖で涙を拭いながら、逸彦はやっと言えたと思った。
三人は笑った。玉記と天鷲とで逸彦の首に腕を回し肩を叩く
それを見て、実穂高も良かったと思った。こういう解決だったのか。己には到底考えもつかないと思う。
それにしても、遠くから見た時の蹴鞠の激戦は何であったのだ。首を傾げる
その後、三人は宿世の事も含め、種々(くさぐさ)話をした。逸彦は長年の宿意が取れて、心が晴れたような気がした。宿世の事を隠す事なく、心を許して己がありのままで居られる友が居るという喜びを噛み締めた。
予言…あらかじめ言っておく言葉、約束
人物紹介、決戦
逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上
コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃を動かしている。宿世「コウと共に」で登場
実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称
水師…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)
玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)
天鷲…玉記の友人。従妹 榮の病の事を実穂高に依頼する (宿世 源信「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)
実穂高が集めた討伐の面々
宮立 父 太方…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長「桃語る」に登場)
宮立 倅 細方…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)
津根鹿 …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)
西渡… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)
佐織の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)
伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)
木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)
榮 …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)