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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】封切

この物語はフィクションです。



女が持ち去る太刀の鞘の金具が触れ合って鳴る音が耳に届く

女に爺も婆も、太刀も奪われてしまった

ああ、己は(めい)成し遂げ得ず

愛しき声よ、()は汝との約束を果たせぬ…



涙がとめどなく流れる。仰向けになっていたので頰から耳まで濡れている。それが拭われる感触に我に返る。拭っているのは枕元に座って覗き込む実穂高だ。宿世での細方(さざかた)に殴り倒された時、那津に世話された事を思い出し、また涙が流れる。

目を開けると周囲には実穂高の他には誰も居らず、さっきの津根鹿を寝かせていた大部屋とは違う。六畳程なので、実穂高の一人部屋と思われた


「那津でも、那由でも無いのか、本当に」

「わからぬ。己は、木だった事以外は覚えて居らぬ。今はそれより…」

また涙を拭う手を逸彦は掴んだ。その時、夢の中で木に触れた時の感覚が蘇った。二人は驚いて手を離した

「…夢にその木が出て来た。我はその木肌に触れたぞ」

実穂高は驚いて目を丸くして逸彦を見た。

「宿世か。今まで見えなかった宿世か。先程は何を感じて気を失ったのだ」

「酷い頭痛があった。少し思い出したが、とても嫌なのだ、見たくない」

また涙が溢れる。実穂高はそれを拭い、己の事を問わずとも語った


「先の黒岩の結界を張ったのが那由なら、もしや麻呂は…」

逸彦は実穂高を見上げた

「その情報をもたらした声があった。我が結界張ったと声は言うたが、その声は外からではなく、内からかも知れぬと思うた。そうなら…」

実穂高は那由なのか。もしそうなら、やはり実穂高を女としては見る事できぬ。それはそれとして、あの木は何だ。何故木を愛しく思うのだ


「見たくない宿世を、話してもらうのはまだ辛かろうか」

逸彦は黙っていた。だが話さなければ。これは皆の(いのち)が関わる重要な件だ

「あの女だ…我を拾い育ててくれた愛情深い爺と婆を、鬼を誘い襲わせ、遂には我をも…」

実穂高は沈黙した。かける声も無かった。共鳴すればする程、心も引き裂かれそうだった

実穂高は逸彦の身体に己の身体を被せ、抱き締め、共に涙を流した

逸彦もその身体にすがりつき泣いた。その宿世の、やり遂げ得なかった後悔が、今の己の捨て身にも等しい(めい)への情熱だった


「佐織の翁はその時の爺だ。西渡(さえど)殿は、童の己が初めて彼の太刀を見て興味を示し、身体を鍛えるよう助言をくれた。その後太刀を貰い受けた。その太刀を女に奪われた」

実穂高は逸彦の上に伏したまま黙って頷いた。そして逸彦の頭を撫でた。逸彦はそれは母にされて居るようで心地良く落ち着いて来た。実穂高自身も、そうしてなだめている己が母のような気持ちであるのか、女としてなのかわからなかったが、母として見られているのならば己はやはり報われないだろうと思った。さっき手を掴まれてわかったが、確かに愛していると感じた。何とかして彼の心を暖め潤し自由にしてやりたいと思った。だがどうすれば良いのだ。彼の器は大きい故に、ちょっとやそっとでは癒し尽くせないのだ。果たして、(おん)を退治するまでに時間は足りるのだろうか


実穂高は身を起こした

「落ち着いたか」

「ああ、大分」

「天鷲だが、(まこと)であろう」

「そうだ、あの目を閉じ考える癖を見てわかった」

「少し気分転換に話してやろう」

実穂高は天鷲と会話した時に掴んだ龍の感触から、その後霊視を行った

地の龍金剛は、鷲として逸彦と瑞明と旅した事を、本当に楽しく思っていたようだ。信の命と角を回収し、大地に身を捧げ戻ったが、もう一度逸彦と友になりたかったそうだ


「左様か、再会でき誠に嬉しい」

「うむ、それでだな」

実穂高は信が帝となった場合には、天皇に託された神の力は、天下を安泰とした後に信が神に返す(めい)であった事を伝えた

「それは大きな器だな。宿世について、天鷲には言うたのか」

「いや、機が熟さぬ。彼は己でも思い出せるだろう」

「わかった。有り難う。一緒に泣いてくれた事も」

逸彦は素直に礼を言った。ただ、これは実穂高は母だから、という位置付けで逸彦が納得している雰囲気があり、実穂高は少し落ち込んだ


「那由は角を返し龍に還ったのか」

「おそらくな、性格としても、そうされるだろう」

「我もそう思う」

暫く黙す

「龍は残りその光のものだけで全部か」

「いや、まだ居るのでは」


陰陽師の間で当然のように信じ、それを元にしている陰陽五行。それがそのまま合っているとは実穂高には考え難かった。そもそも外国のものがそのままこの国で同じなのだろうかとか、誰も疑問に思わんのか。木火土金水。地と水はともかく、光は当てはまらないだろう。金の鉱物は、本当に他の元素と同列なのか。那由は何に属して居たのか。だがもし己が那由であるならば、内側を観ればそれもわかる。実穂高は片方の口端を上げた


逸彦も、その表情は実穂高の気持ちの何を意味するのかを多少わかって来た。全く己の興味の為ならば何でもやる御方なのだからな


「麻呂の何を見て笑うてる」

しまった、顔に出てしまったようだ。逸彦は身を起こす

「もう大丈夫だ。実穂高殿の事も段々とわかるようになって我も嬉しい」

少し複雑な顔をしているが、実穂高も安心したようだった。

「麻呂の事をわかるか」

「ああ、わかるわかる」

「やはりわかっては居らぬな」

若干拗ねている。実穂高は何を指しているのだろう。だが離れてわかった事はあった

実穂高が居ないと寂しい。側に居たいと思っている。ただそれだけはわかった。逸彦は実穂高を見つめた


二人は沈黙した。部屋全体が密な空気で満たされ、溺れてしまいそうだ。逸彦と目を合わせ続けられず、目を伏せたのは実穂高の方だった。

「わかって居らぬだろう」

独り言を繰り返した。

逸彦を残し、部屋を出た


逸彦が寝ている間に、皆から実穂高と別行動を取った間の出来事をひと通り聞いた。(おん)の地域的大量発生。どう捉えて良いのかわからないが、鬼について新しい事態が起こっているという事だった。だがそれだけ大量の鬼が出て己の体調不良があの程度というのも不思議である

他の皆は不在である。その後皆は折角なのでと実穂高に逸彦を任せ、狩に出たのだった。皆は獲物をどれだけ獲れるか、競争しようなどと言い合っていたので、結構本気で狩りに取り組みそうだ


まだ暫く、日が高いうちは誰も帰って来なさそうだ。今まで通った地域が土地も人も怪しげだったので、皆も少し気分を変えたかった。津根鹿も参加すると言って聞かなかった。無理しないよう念を押し、送り出した。こういう休息も必要だ。実穂高は森の方へ向かって行った。薬草に使えそうな野草を見つけるとしゃがみ込んだ。薬草を物色する



西渡(さえど)は狩に参加しながら、亡くなった妻を思い出していた。早萌(はやも)と一緒になって六年経っても、子はできなかった。西渡はそんな事もあろうと思っただけだが、妻は気にしている様子だった。そんな時、地方に赴任した付き合いのある公家から呼ばれた。住み込みで息子に剣術を指南して欲しいと言う依頼だった。二年という契約だ。早萌に相談すると、快く送り出してくれた。だがその仕事の期間が過ぎて家に帰ると、早萌は床についていた。西渡が家から出た直ぐ後に、妊娠している事が判明したが間もなく流産したと聞いた。それを気に病んで、一気に心を衰えたと言う


西渡はそれを早萌の両親から聞いた

何故我に言わぬのだ。離れている二年、文のやり取りをしていたのだが、そんな事は一言も書かれて居なかった。いつも愛夫の活躍を楽しみにしているとあったのに…それは偽りなのか。本心を文では書けなかったのか。西渡には心残りがあった。早萌にそんな寂しい思いをさせて、後悔と自責で立ち上がれぬと思った。流産した子などよりも、早萌が大事だったのだ

西渡はもう伏せっている早萌にそれを尋ねるのも忍びなく、早萌は会うと程なく亡くなった。だが葬儀の翌日、埋葬した筈の早萌と会ったと早萌の両親は言った。数日のうちに親戚の幾人かもそう言った。皆は気味悪がったが、西渡は喜びを感じずには居れなかった。もう一度会って、我が気持ちを言えるかもしれない…


だが、夜彷徨う早萌を見つけた時、早萌は言った

「汝は我を妻と思うか。我を棄てたは汝だ。だからこの女の怨念諸共拾うてやる。我は芙伽(ふか)だ。よく思い出せ。我をこのような我にしたは汝だ。礼を言うぞ」

そして早萌は姿を消した

西渡は早萌は死んだと思う事にし、忘れようと努力した。だが己の生きる由も早萌と共に死んでいたのだった

人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


玉記…実穂高の京での信頼できる友であり、実穂高と水師の剣術の師 (宿世 小野篁「流刑」。水の龍 天河「コウと共に」にて登場)

天鷲(あまわし)…玉記の友人。従妹 (さかえ)の病の事を実穂高に依頼する (宿世 源信(みなもとのまこと)「上京」。地の龍 金剛「コウと共に」にて登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)


(さかえ) …天鷲の従妹で幼馴染み。頭に鹿のように枝分かれした龍角を持つ。霊障による病で亡くなる (宿世 源信の妹、潔姫の生まれ変わり)

芙伽(ふか)… 榮に霊障し、角を狙った女。


那由…逸彦の母役、育ての親の人格。宿世で何度も母だったが、隠岐の島で逸彦が黒岩を斬って以来生まれ変わっても巡り合わない。鹿のような枝分かれした角があるが、霊眼が開かないと見えない。愛の化身。「流刑」に登場

那津…那由の子供として暫く生まれて来ない時に、同じくらいの年齢で生まれた人格。商家の娘那津を嫁ぎ先まで護衛する「護衛」に登場

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