【城】面会
俺は屋敷へ戻った。小間使いの男の伝言で、当主が家族が揃ったので、今宵は夕餉を共にと誘われた。その後に話が出来る機会があろうと承知した
小間使いが呼びに来たので、俺は天児を懐に入れて後についていく
「逸彦殿をお連れしました」
小間使いが声をかけると、返事が返ってきた。俺は部屋の中に入る
「おお、逸彦殿。さあこちらへ」
当主に勧められた席に着く。同席しているのは元服していくらか過ぎた若者と、驚いた事に小間使いの男も並んで座った
「これが長男と、次男だ」
二人はそれぞれ挨拶をした
小間使いと勝手に思っていたが、次男だったのか。失礼致していた。口に出さず良かった
すると廊下から声がかかる
「開けます」
戸板を開けたのは細いがきりっと芯の強そうな女だった。手に盆を持っており丁度温まった汁物を持ってきたところのようだった。
「これが我が自慢の愛妻である」
少しは照れ臭そうに紹介された。女は言った
「お初にお目にかかります。当主の妻、与袮にございます。用事にて館を離れており、ご挨拶が遅れました事お詫びいたします」
「与祢と長男は、牛の件で、隣の領地へ赴いておって、喧嘩にならぬよううまく女同士で話をつけて来てくれたのだ」
辺り触りない世話話、ご子息らにせがまれた旅の話、そのうちに置いてあった甕の中の酒は空になった
与祢は酒を取りに台所へ向かった
俺は当主の方にいざり寄って、懐から天児を当主にだけ見えるように出した。
「これについて話しをしたい」
それを見た当主の顔色が変わる。天児は俺の身体に遮られ、他の家族からは見えぬ筈だ
当主は俺の顔をじっと見ていたが、やがて我に返る
「場所を変えましょう。逸彦殿」
当主は席を立ち、ご子息らにすぐ戻ると言い残して歩き始める。おれはその後をついていく。
部屋を出ようとすると、与祢が丁度酒を持って来たところだった
「何か御用でございますか」
「逸彦殿に刀を見せてくれるよう、口説こうと思うてな、ちょっと連れ出すところだ」
「まだ諦めておりませなんだ。神に叱られたのではありませんか」
「いや叱られたい訳ではないぞ」
「同じ事です。云われを信じよと申されたとお聞きしましたが」
与祢は当主に呆れていた。
「お酒は置いておきます。逸彦殿、無理な願いを聞き入れて甘やかさずとも良いのですよ」
俺は軽く頭を下げ、部屋を出た
「失礼ながら、逸彦殿の部屋に参っても良いか」
俺は頷く。
部屋に入ると、当主と向かい合わせに座った
俺は神の啓示でお美代の方様の本当の墓に行ったこと、近くの祠は封印が解けていて鬼がいたこと、風穴の中には牛の骨が散乱していて奥に玩具があったこと、風穴の岩は元に戻し祠を再度封印したこと、お美代の御墓に手を合わせた時、当主の事を気にかけているように思ったので立派に勤めを果たしていると話すと、喜んでいるように感じたこと、を話した。それ以外の事は必要ないと感じ、話さなかった。当主は何も言わず俺の話を最後まで聞いていた
「そうであったか。この天児は弟の身を案じた母が作ったもの。母上が弟と一緒に風穴へ入れ申した。当時は父上、母上、儂とその腹心の部下の四名で風穴を岩で閉めた。後にそこへ祠を建て封印士が封印したと聞かされた」
当主は天児を手に取り、懐かしそうに眺めている
「封印が解けた風穴をしこが寝ぐらにしていたようだ。昨日申されていた牛が居なくなる件はそれが原因と思う」
「確かにそうやもしれん。領内だけでなく近隣の他領地も被害が出ていて、お互い他領地の者が牛を盗んだと思ったようだ。それが理由で以前から余り仲が良くない他領地が戦さを仕掛けてきたのだ。それが一昨日の合戦だ」
成る程、それならあの様子は合点がいく。人数も少ないし刀や槍を持ったものが少なくて、棒や農具のような物を持つ者が殆どだった。小競り合いから発展した喧嘩のようなものだったようだ
「これで牛の被害がなくなれば、誰も文句は言うまいて」
当主は少し安堵したように呟く
「しこは一人だと思う。複数で行動する事は殆どない」
俺はこれまでの経験から鬼は複数になると鬼同士で争いを始めると話す
それから柿について聞いてみた。当主はお美代の方が柿渋を使って色々試していた事を知っており、特に防水効果が高い事から雨が当たりやすい戸板や家の外壁、外套に塗る事を領民に勧めていたようだ。また薄めたものを飲むと身体に良いと言われて飲まされていた
「母上から飲みなさいと言われ、嫌々飲んだ事を良く覚えておるよ。物凄く苦うてな。ある時飲んだふりをして後で吐き出したら、後で見つかってのう。そりゃあ、もう烈火の如く叱られた」
「それからは母上の前で飲まされ、飲んだ後は口を開けて中を確認され申した」
当主は懐かしそうに話した
「柿渋を薄めたものはしこになるのを遅らせる効果があると聞いた事がある。お美代の方様にとって我が子大事だったのではないか」
まさか神がお美代に伝えたとは言えないので、さもどこかで聞いたかのように話した
「おお、まことであるか。成る程、今にして思えば母上は薬草にも通じていたし、親心だな。ありがたいことよ。我も女房を貰い子供を二人授かった。親になって初めて親心が沁みるの。元服を見る直前に母上は亡くなられたから、気にかけて頂いていたのだな・・・」
当主は感じ入った表情で、感慨深げに俺を見た
夜、横になると、やはり美代と子供のことを考えた
戦さの場に最初に現れた鬼がどんな様子なのか、木之下殿に尋ねてみる事にした