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忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
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【決戦】発生

この物語はフィクションです。



その頃、逸彦は森の中を駆け抜けていた。筑摩郡は大きな盆地だ。周囲に抜けるには険しい山道を行く必要がある為、(おん)の大方はその中に留まっていたようだ。その代わり中の村や都は鬼によりほぼ全滅している。深瀬郷は交易の要所、そこに多くの人がいたはずだ

「ピィー」

(とんび)は次はこっちだとばかり右へ旋回する。逸彦は木の枝を伝って抜けていく。周りは闇で何も見えないが、逸彦に迷いはなかった


周囲が少し明るくなると、鳶は逸彦の前に降りた。終わったようだ

「終わりか」

逸彦が玄米と肉を地面に置くと鳶は食べる。逸彦も干し無花果を食べながら、鳶の食べる姿を眺めていた

「今回は多かったな。この辺りは全滅か」

鳶は食べ終わると満足したのか羽を繕い始める。それが一通り済むと空へと羽ばたいた。空が薄っすら白み始める。逸彦も皆がいる場所へと移動する



逸彦が一行がいる場所へ戻る頃には夜はすっかり明けていた。周囲は明るく、抜けるような青空だった

「おお、逸彦殿、戻られたか」

佐織の翁が声を掛ける。津根鹿、西渡の三名が火を囲み座っていた。逸彦がその中に加わると鍋から白湯を差し出され逸彦は飲む。これから食い物を作ると西渡は煮込み始める。津根鹿は何があったのか逸彦に聞こうとするが佐織の翁に遮られる

「待ち為され。夜通し働かれたのだ。まずは飯が先」

「いや、先に話そう」


逸彦はこの盆地全体が(おん)によって全滅しているようだ、と語ると皆おし黙る

「筑摩郡全体がか。かなり広いが…」

「見た限りは。導きは見逃したりはしない。我らがこの地に入ってから人の気配がなく、今頃になって大群に出会った。我が行っていない所には人がいるとは思うが」

逸彦は記憶からこの地の村や都は全て知っていた。それを見ても殆どの地が鬼になっていることがわかる。ほぼ全滅と言えた

「そんな」

津根鹿は絶句している。もし逸彦がいなかったら、己も襲われていたのは確実だろうと思うと身の毛がよだつ思いだった


「逸彦殿は怖くないのか」

西渡が聞く

「我の使命は(おん)を退治すること。神に誓いし使命、怖いと思ったことはない。色々皆に助けられている故に」

三人は逸彦が背負っている使命と責任はどれ程のものか計り知れないと思った。彼の研ぎ澄まされた眼差しの奥に神がいると、思ったのだった


逸彦はここに実穂高がいなかった事に安堵していた。二人が京へと行く道はもう鬼が居ないと確認済みだ。安全に戻れるだろう。


「此処に実穂高様が居られず良かったわ。我等このような有様では守り切れたかどうか…」

逸彦の心中を察したように、佐織の翁が言った

「だがあの方はこの事をお話ししても、己は討伐に加わる事をやめて我等にだけ任すとは言わぬであろう。あの方は己が行う事の全てに責任を取り、命をかけて我等を守ろうとするだろう。参加するなとも言えん」

逸彦は佐織の翁の顔を見た。只の人では無いだろうと思って居たが、並の洞察ではない。そのように実穂高を思って居たのか。普段の様子とは違う内面を見た


「我等もあの方があって心強い。実穂高様あっての我等。我等の中心だ。居ないと何か寂しく心元ない感じがするのう」

逸彦は、実穂高が居なくて何かが足りないように感じていたのは己だけでは無かったのだと思った

「我等の中心…。その言葉相応しい。我もそのように思っておりました。今までのように、上に命じられて仕事をするのとは違う感じがしておりました。何というか、実穂高様の御意志でありながら、その思いが誠である故に、我が心にも同じ思いが引き出されて来るというか…」

津根鹿が言った

「これがあの巽殿の依頼であったらこうはいかんな、集めた者共、皆逃げてしまうわ」

声を立て佐織は笑う。佐織の翁も謁見した事があるらしい。津根鹿が言う

「我もやはり、恐ろしかった。今思い出しても背筋が凍る」


逸彦は尋ねた

「汝らはやめたいとは思わぬのか」

「我は怖いと思う反面、これを超えたら、己は何か変われる気がします」

津根鹿の言葉に、西渡も続けて言った

「妻を失ってから生きる気力が無かった所にこの話を頂いた。即座に参加すると言ったが、実穂高様は自暴自棄はいけないと随分と我に話した。死ぬ為ではなく、生きる為に参加せよと。それを聞いて我も変わろうと思った」

「実穂高様の誠実さと逸彦殿の(めい)へのひたむきな思い見て、やめられるものかの、この爺いも、最期に一花咲かせるのだ。そう婆にも言うてある。婆にはまた言うてる、毎回ぬしはそう言っては帰って来るの、と返されたが」

また佐織は笑った。この翁は普通の人生を送って居ない、多くの死線をくぐり抜けて来たのだろうなと逸彦は思った


この、常人なら逃げ帰っておかしくない状況にも、むしろ結束は固くなっているように見える。其々の中に、確かに芯のようなものが芽生え始めている


逸彦は実穂高の人選を改めて感心した。たまに占いなどをしているのは知っている。其々の一体何を観て、彼等を討伐の人員に決めたのだろう。実穂高自身との信頼関係は勿論だが、彼等は身体を鍛えているかどうか以上に、己を己とする事に誠実で、何が本当に大切なのかを良くわかっている。だから彼等の中に居ると居心地が良い


逸彦は実穂高に感心しているが、決して揺るがぬ逸彦の(めい)に献身する姿と彼自身への尊敬もまた、自ずと彼等を束ねて順わせている要因であった。本人は己の剣術は神の技であり、完全なる己の意志では剣を振るっていないと思っているので、自己評価が著しく低いのだが


四人が出来上がった食事を食べていると、眠って居た夜番の四人が起き始めた

他の者が食べていると、寝ていても腹が減っている事を気づくらしい。起きた者から順番に食事を摂る。先程の鬼の大群の話になる

「飯が不味くなるなあ。だが不味いと思えるのも生きている故。過ぎて思うと、誠に我等生きているのが不思議よ」

木ノ山が言う。伏見も言う

「この皆様の一行に巡り会わねば、我等だけでは親不知、子不知抜ける事も、飛騨に辿り着くも容易ではあらぬ。誠に礼言う」

「然りである」

二人は口々に言う

「伏見殿と木の山殿は飛騨へ戻られるのか。此処から(にし)に行けば近いと思うが」

西渡が尋ねる

「その事だが、もう暫く同行させては貰えぬか。此処でこれだけの(おん)が居たとなると、(みなみ)の方角から来ているやもしれん。どこから来ているのかを探るべきと思おて」

「然り。我は同意するが」

と言って周りのものを見回すと皆頷く

「皆も良いようだ」

「礼を言う。足手まといにならぬよう着いて行く」

伏見と木の山は頭を下げた


逸彦は皆に勧められ眠る事にした。木の上に登り、太い幹に身をもたせながら、実穂高は(おん)の発生と己の体調には関連があると言っていたのを思い出した。大丈夫だろうか、今頃調子崩してやいまいか。だがそれならば遠くにあっても役に立てるのだなとも思い、安心した



夢の中で逸彦は、美しい森の中を歩いていた。どんどん歩いて行くと森の奥に開けた空間がある。その真ん中に、巨木が立っている。古代からある木に見えるが、仄かに明るく内側から光っていて、幹が透けるかのようだ。枝が広く広がって、上は天蓋のようで空も見えない。根元には澄んだ湖が広がって、水はどこまでも透明だ。根まで光っているので、湖底まで良く見える。

己はその木に近づき、幹に絡む蔦を払い、その木に手を当てる。

その声は…


目が醒める

何だこの夢は

実穂高の宿世と言ってた木ではないか。その木に手を当てた青年とは己なのか

夢の中の己の気持ちを思い出す。あの木に触れた時、喜びと愛を感じた。時は永遠になった。その声の主にどうしてもまた逢いたいと思った。その青年の気持ちだ

ただその青年だった世代の記憶はどうしても思い出せなかった



翌朝、一行は(なんなんとう)の方角へ行く事にした

(なんなんせい)の方が行きやすいが、良いのか」

木の山が逸彦に問う

「いや、こちらで良い。未の方角から筑摩郡へ来ていた」

逸彦は昨夜討伐している時に未の方角からこちらへ来ていた集団を討伐していた。反対へ行くものがいなかったのだ。理由はわからないが

「それはまた面妖な。深瀬郷に何があるのやら。まるで何かに引き寄せられたいるようだ」

伏見は呟いた。


峠を越えると皆緊張し、身構える。だが、此処には鬼の姿はない。諏訪湖を越える。人は何時も通り生活している姿に安堵を覚えた。太方は市内の市場で食糧の買い出しながら、市場の人に聞いてみる

「深瀬郷の人?そういえば最近見かけんねぇ」

「いつ頃から見かけておらん」

「さあ、思い出せんな」

誰に聞いても同じような答えだった。中には深瀬郷へ嫁いだり、親類や妻子がいるものもいたが、誰も気にかけていないようだ

「面妖だな。見かけない事に誰も何も思わない」

「然り。妻子を気にしない事などないと思うが」

細方も同意する

逸彦もこの地の人に違和感を覚える。人として大切な何かを忘れてしまっているように感じる



“光が少しずつ遮ぎられている”


今まで黙っていたコウが返事をした事に驚きつつも、その答えに納得する

「此処の人々を見ていると、人として何か欠けているような、そんな感じがする。我は気分が悪くなってくる」

津根鹿は眉を潜め独り言のように呟く



“光が遮られると愛が届かなくなる

愛が届かなければ

小さなきっかけで鬼になる

それが先の地で鬼が大量にいた理由だ”


逸彦はどうすれば良いかコウに尋ねるが、返事はない。深瀬郷の人々は徐々に光が遮られ、誰かが何かのきっかけで鬼になると、連鎖的に鬼になるから一度に大量の鬼が発生する事になる。これまでとは異なった鬼のなり方に逸彦は危機感を覚えた


「今までとは違う方法で(おん)が生まれるようだ」

「それは何と」

「先程の地もそうだが、人々は徐々に心が命から離れていき、何か小さなきっかけで一人が鬼になると周囲も一斉に鬼化するらしい。だから広範囲で一気に広がる」

皆は蒼ざめた

「我は一刻も早く此処を去りたい」

津根鹿が言った

「此処で旅籠に泊まる気にはならんな」

細方が言うと、他の者も頷いた


逸彦は現時点で出来る事はないと思い、此処を去る事にした。実穂高達との合流を待ってから相談する事にした

人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)

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