表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘鬼の謂れ〜鬼と戦い続けた男  作者: 吾瑠多萬
55/96

【決戦】分かれ道

この物語はフィクションです。


翌朝、二手に分かれて出立する。逸彦の目はずっと実穂高を追っていた。だが実穂高がこちらを向くと、目を逸らした。顔をまともに見る事が出来なかった。実穂高と水師は何時もと変わりなく皆と暫しの別れの挨拶をしていた。

逸彦は実穂高が居ない事を気にしていないし、むしろ平安だと己では思っていたが、いざ姿がなくなると心に穴が空いたように感じていた。居ないとわかっても、目はいつも実穂高を探していた。目の届くところに居るのが当たり前で、居ない事を不自然に感じた。逸彦は己のその感情をどのように受け止めてよいのか分からなかった。


一方、実穂高も、別れてからずっと独り言を洩らしていた。逸彦が己と目を合わせようとしない別れの態度に、つい気を取られた。

「実穂様、もうすぐ子不知(こしらず)です。少し休憩されますか」

実穂高は我に帰り

「ああ、いやこのまま行く。時が惜しい」

「少し甘いものなど口にされると良いと思いまする」

水師は歩きながら腰の袋から乾燥した無花果(いちじく)を取り出し実穂高に渡す

「何か気になる事でもおありか」

「すまぬ。考え事をしていた」

実穂高は無花果を口に入れると竹水筒から水を飲む

「逸彦殿も何か考え事でもされていたのでしょうな」

「水師にもそう見えたか」

「実穂様と離れることが寂しいのでしょう」

「左様か」

「然り」

実穂高の機嫌は途端に良くなった

「では子不知を抜けましょうぞ」

「承知した」

実穂高は目の前の歩みに集中した。側付きたる水師も只者ではない



逸彦達の一行は、大きな峠をいくつも越えていた。人が通るにはあまりに細く、いくつもの崖を踏み外さぬよう気をつけながら進んでいく。足元の石が転げ落ちるのを見る度に冷や汗をかく。まるで森は人が入るのを拒むような雰囲気があった。


やっと少し開けた場所につき、此処で野宿する事にした。夜の帳が下りると、火を囲み休む

「逸彦殿はこの辺りを通った事はあるのか」

西渡(さえど)は火に薪をくべながら問う

「何度かある。この道は通っていないが」

「他に道があるのか」

細方(さざかた)は知っているなら是非教えて欲しいと目を輝かせている

「いや、道と言うか木を伝って…」

一同ああ、そうだったと少し遠い目をした


「一人の時、野宿はどうするのだ」

太方が聞く

「木の上で眠る。地だと夜の一人は邪魔される事が多い」

「危険ではなく邪魔か。やはり格が違うの」

大きな声で笑う。逸彦は木の上で生活する事は快適だと説明したが、皆は益々逸彦の凄さを認識しただけだった


「西渡殿は何故参加された」

逸彦は皆の事をもっと知りたいと思い聞いた

「妻が亡くなった時、実穂高殿に世話になったのだ。供養して貰った。妻にはもっと生きていて欲しいと思ったのだがな」

「そうか、それは辛かったな」

西渡はもっと何か話そうとしていたが、それ以上何も言わなかった。逸彦は何かあったのだろうが、言いたくないのなら無理に聞き出す必要もないだろうと思った


「逸彦殿、諸国をまわられて何か面白い話はありませぬか」

目を輝やかせ童のように津根鹿が聞いてくる。旅の話をしながら、彼が那津の子であった頃の事を思い出す

「津根鹿殿、鳩笛をご存知か」

「いや、知らぬ」

逸彦が両手を組んで息をふきこむと鳩の声のような音が鳴る。津根鹿も真似して手を組んで吹いてみる。最初は上手くいかなかったが、直ぐに出来る様になり、皆でその音を聞いた。逸彦は宿世の記憶がなくとも受け継いでいるものがあるのではないかと思った。津根鹿が調子に乗って吹いていると、それに応える様に森で声が聞こえる。耳を澄ますと、(ふくろう)

「梟に惚れられたな」

皆笑った


彼等に囲まれていると、己には家族は居ないが、家族といるような気がする

この大切な人達を、何としても最後まで守りたいと思った。一人も欠ける事なく討伐が終われば良いと思った。皆は口にしないし、避けているのかも知れないが(おん)の討伐に参加すると言う事は死ぬ可能性があると言うことだ。無論それは実穂高にもそうであろう。もしそういうことがあったら、命をかけて彼女を守ろうと逸彦は思った



峠を抜け筑摩郡に入ると移動が楽になる。厳しい道は越えたようだ。但しどの村にも人がいる気配が無い。何かおかしいと感じながら一行は速度を上げ二日、三日と過ぎて四日目になった。

なだらかな丘を越えて深瀬郷が見えるのではないかと思っていたところで、こちらへ逃げる様に走ってくる(おん)の集団に遭遇してしまった。大人数だ

咄嗟に最初の三人は太方と伏見、細方(さざかた)が斬ったが、数が多過ぎて対処が追いつかない


「皆下がれ。背を合わせて纏まれ」

逸彦は叫び剣を抜いて前に出た。皆の纏まりを中心にその周囲を周りながら斬っていく


「ピーヒュロロロ」

導きの(とんび)が合流する。小鳥では無く大きい鳥が導きになるのは、この集団は数が多くて分散しているのだろう

「我は導きと共に行く。皆は此処にいてくれ」

逸彦が叫ぶと鳥を追いかける。いつになく疾い。相当な数のようだ。逸彦は目の前に来る(おん)を斬って走る


逸彦が去ると残された一行は背を合わせ荒い息をしていた

覚悟はしていたが、これ程の(おん)に遭遇するとは思っておらず一瞬にして頭の中が白くなった。だが逸彦の声で我に返り、言われた通りに背合わせで鬼に対峙する。周囲を周り鬼を斬る姿は疾風の如くで、瞬く間に鬼が斬り倒された。それを唖然と眺めていると鳥が合流し、更に早く鬼を斬りながら視界から消えた。残されたものは沈黙した鬼の亡骸と一行の荒い息遣いだけだった


「凄まじい」

誰かが呟いたが、皆同じ気持ちだった。いつの間にか息を詰めていた。ふうと息を吐く

「とにかく周囲を見てみよう」

佐織の翁が動き出した。皆辺りを見回し鬼が見えない事を確認すると、各々動き出す。周りに生きている鬼はいない様だ。あちらこちらに鬼の亡骸があり、移動させることもままならない。逸彦は此処で待てと言ったので待つ事にした

「少し休める場所を作ろう。火を焚くぞ」


太方は剣を鞘に戻そうとしたが、手が固まって剣を離せなかった

「誰か我の手を剣から解いてくれぬか。手が固まって動かん」

佐織の翁が近づき太方の手を解く。佐織の翁以外は皆同じく手が強張って柄に貼り付けていた。翁が順次周って手を解いてやる

「いやかたじけない。お恥ずかしい限り」

「我も同じ。まだ手が震えている」

津根鹿が両手を差し出すと、微かに震えている

「翁は凄いな。良く解けたな」

「亀の甲より年の功よ。チビって解いてだけだ」

確かに翁の袴は濡れていたが、誰もそれを笑う気にはなれなかった。解けるだけ凄いと思ったからだ。


火を焚くと少し落ち着く。途端に周囲が死臭で凄い臭いが漂っている事に気づく

「凄い臭いだ。亡骸を遠ざけんと、飯も食えんぞ」

皆これはたまらないと思い周囲に散って亡骸をその場所から遠ざける。なるべく風下へ移動させると、亡骸は直ぐに小高い山になった。幸い川に亡骸はなかったので近くの小川から水を汲み沸かす。皆で火の周りで白湯を飲み始めた時には既に日が落ちる寸前だった


「逸彦殿はまだか」

「その様だな」

周囲に烏が集まって来た。(おん)が生きている時には近づいて来ない。もう安全になったと踏んで、啄ばみに来てるのだろう

烏の声に混じって、時折鳶(とんび)の鳴き声が聞こえる。皆はそれが導きの鳴き声なのだろうと思った。帳が降りても鬼を追うのは逸彦にとって普通だが、暗い中で鬼を追うなど、普通の人には理解しがたい事だ


「帰るまで待ちたいが、ここで空腹を堪えても逸彦殿には何の足しにもならん。我らは飯と休息を取り、逸彦殿が戻られたら、交代出来るようにするのが良かろうて」

佐織の翁が言うと皆我に返った様に動き出す。鍋を出して作り食べるものと休息するものに分かれて逸彦の帰り待ちながら周囲の警戒をする。


腹を満たすと、火の番を交代でする事にして、佐織、西渡(さえど)津根鹿(つねか)は先に眠り、残った四人が見張りしながら起きている事になった。

火を見ながら、太方と細方、伏見と木ノ山は今日の事を思い出していた

「我は間違っていた。多少剣の腕に自信があったから(おん)を斬れると思ったが、無理だ。一人二人ならまだしも、相手の人数が多いと対処できんし、恐怖で身体が動かん」

太方は呟やくように言った


(おん)退治と名告られる事はあるな。我らの想像を越えたお方だ。逸彦の名を受け継いで来た方は代々これをやってこられたのか。神の化身としか思えん」

「ワレなど到底及ばん」

木ノ山に続き、細方も呟いた。

「凄まじいの一言。言葉が見つからん。どれだけ背負われているのか。鬼を斬った時のあの心に響くような重い気持ちと沈むような罪悪感。鬼になってしまった怨念のような何かに引き摺り込まれるような感覚をどれだけ受けて立てるのか、我も自信がない。獣を斬ってもそのような気持ちになったことは一度もない」

「我等がのうのうと暮らしている間、あの方は見えぬところでこのような事を続けていたのか。何と強靭な精神なのだ」

伏見も言った

(おん)と戦うと見えて己が心中の鬼と戦わねばならん…」

太方は言った

その言葉の重さを四人は噛み締めた


人物紹介、決戦


逸彦…鬼退治を使命とし、鳥に導かれながら旅をする。宿世の記憶をずっと受け継いで生まれ変わりを繰り返している。移動は常に、山も崖も谷も直線距離で駆けるか木々を伝って行けば良いと思っている。寝る時は木の上

コウ…逸彦の心の中で逸彦の疑問に答えたり、導いたりする内なる声。コウは逸彦の命であり、鬼と戦う時刃(やいば)を動かしている。宿世「コウと共に」で登場

実穂高…鬼討伐の責任者。陰陽師。実穂高は実名ではなく通称

水師(みずし)…実穂高の側付きであり弟子。目指す相手の居所をわかる特技がある (宿世 和御坊、瑞明「コウと共に」に登場)


実穂高が集めた討伐の面々

宮立 父 太方(ふとかた)…亡き妻の口寄せを依頼して実穂高と知り合う。(宿世 宮地家の御当主で那津の義父「護衛」、村長(むらおさ)「桃語る」に登場)

宮立 倅 細方(さざかた)…(宿世 宮地家の息子でご当主、那津の夫「護衛」に登場)

津根鹿(つねか) …妻子出産の祈祷で実穂高と知り合う(宿世 宮地家の孫で那津の長男「護衛」の最後に登場)

西渡(さえど)… 妻の死体が蘇って歩き回ったという件で霊を鎮める祈祷を依頼し、実穂高と知り合う(宿世 男「桃語る」で登場)

佐織の翁…婆の病の相談で実穂高と知り合う (宿世 翁「桃語る」に登場)


伏見…親不知子不知の海沿いの難所を通り抜けるのに困っていたところ通りかかった討伐の一行と合流。自分達の領地周辺の鬼調査をしていたが、以降行動を共にする(宿世 布師見「城」に登場)

木ノ山…伏見に仕える。話しぶりが大袈裟(宿世 木之下「城」に登場)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ